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日本=英語の通じない国

日本の話
02 /01 2023
今度、私の同僚がシンガポールと東京に旅行に行きます。
バンクーバー〜シンガポール〜東京〜バンクーバーで600ドルという格安だったそうですが、話しをしていて気になったのが、彼にとって初めて「コミュニケーションの取れない国」への旅行…という事なのです。

彼は英語とスペイン語ができるので、私よりも遥かに色々なところに行ってコミュニケーションが取れる訳ですが、シンガポールはその中に入っていて、日本は入らない…コレは如何なものでしょうか?

確かにシンガポールは旧イギリス植民地ですが、そんなのは大昔の話しです。現在まで英語力を維持して、教育も維持しているというのは、やはりその国としてのシステムが優秀であることに他ありません。

対して日本は国際化といい、小学校で英語教育を始め、学校に外国人の英語補助教員なんかを配置し始めて随分と時間が経ちますが、相変わらずサッパリ効果が現れていません。

やはり英語を話せない、受験英語しか知らない教師による、受験のための英語しかやっていない以上、幾ら補助教員なんか付けた所でムダなのでしょう。更には英語を話せる生徒に「日本的発音」を強要するクソ教師、英語を話せる生徒に嫉妬してイジメるクソ生徒…要するに、この世の並びの「出る杭は打たれる」的国民性が、それを助長していると言えます。

街のアチコチに英語表記が増え、電車のアナウンスも英語が流れる様になる等、確実に進化している面はあるものの、同時に街で出会う一般人は…というと、まだまだですね…。

かつて英語が通じないと言われたパリですら、今や英語で全く問題なく通じるんですから。
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「シーナ&ロケッツ」鮎川誠さん、膵臓がんのため死去 ロック魂貫き74歳まで現役…俳優としても存在感

映画・音楽
01 /30 2023


 ロックバンド「シーナ&ロケッツ」のボーカルでギターの鮎川誠(あゆかわ・まこと)さんが29日5時47分、膵臓がんのため亡くなった。30日、公式サイトで発表された。74歳。福岡県久留米市出身。「めんたいロック」草分けの1人として1970年代から活躍し、「ユー・メイ・ドリーム」などのヒット曲も飛ばした。2015年に最愛の妻シーナさんに先立たれたが、遺志を継いで「シナロケ」の活動を続けた。通夜は2月4日、葬儀・告別式は同5日、長年暮らした東京・下北沢の森巌寺・開山堂で、15年に亡くなった妻・シーナさんと同じ「ロック葬」で執り行われる。

【写真】08年8月、ライブで熱唱するシーナ&ロケッツのシーナさんと鮎川誠さん

 公式サイトの発表によると、鮎川さんは昨年5月に膵臓がんが判明。医師から「余命5カ月程」という宣告を受けた。それでも「みんなに心配をかけたくないという強い希望から一切病気を公表せず」に全国ツアーを続行。「昨年末激しい腹痛により一時入院となるも、この1ヶ月間は医師の治療の下、ライブ復帰を目指して自宅で懸命に家族と回復に努めておりました」と伝えた。

 内田裕也さんが始めた恒例の年越しライブ「ニューイヤー・ロックフェスティバル」への出演をキャンセルし、1月8日に予定した京都のライブハウス「磔磔(タクタク)」での公演も取りやめてファンを心配させていた鮎川さん。関係者によれば、高熱が続き、22年末から重篤な状態が続いていた。最期は娘たち家族に見守られ、眠るように息を引き取った。

 1970年に篠山哲雄や柴山俊之らとサンハウスを結成。74年に九州大を卒業して翌75年にメジャーデビューを果たした。リードギタリスト兼作曲家を78年のバンド解散まで担当した。

 サンハウス時代に演奏を聴きに来たシーナ(悦子さん)と出会い、シーナの妊娠を機に76年に結婚。双子の女児のパパとなった。78年に夫婦で上京し、シーナ&ロケッツを結成。79年にイエロー・マジック・オーケストラ(YMO)メンバーのサポートを受けてアルバム「真空パック」を発表し、シングル「ユー・メイ・ドリーム」が日本航空のCMに起用され、一躍ブレークを果たした。

 80年のYMO初の国内ツアーにはゲスト・ギタリストとして参加し、81年の武道館公演ではYMOとシーナ&ロケッツの共演が実現した。88年には米ニューヨークのCBGBでライブデビューを果たすなど、海外にもその名をとどろかせた。90年代、2000年代に入っても、シナロケだけでなくソロとしても精力的に活動を展開。シナロケは13年に結成35周年を迎え、全国25カ所でツアーを実施。翌14年5月には「鮎川誠生誕66年祭2デイズ」を開催した。

 15年2月にはシーナさんが子宮頸(けい)がんのため61歳で急逝。喪失感の消えないまま、シーナさんの遺志でバンド活動の継続を明言。鮎川さんがボーカルを務め、オリジナルメンバーの奈良敏博、川嶋一秀とトリオで全国を回った。

 音楽だけでなく、俳優としても存在感を発揮。フジテレビ「愛情物語」(93年)、NHK朝の連続テレビ小説「ちゅらさん」(01年)には那覇在住のロックの師匠役で出演。08年には「ジャージの二人」で堺雅人(49)の父親役を演じた。

 長女はモデルの鮎川陽子(46)、次女の鮎川純子(46、JUNK THE RIPPER)と三女の知慧子(LUCY MIRROR)はロックバンド「DARKSIDE MIRRORS」で活躍中。私生活では優しいパパの顔をのぞかせていた鮎川さん。今ごろは天国でシーナさんと再会し、娘達の活躍を祈っているに違いない。




数年前に…と思ったら既に8年も前でしたか…奥さんのシーナさんの訃報を耳にしましたが、今度は鮎川さんまで…。
私がシーナ&ロケッツを知ったのは、他でもないYMOつながりでした。前期YMOのバックバンドとしての活躍が知られており、ベストアルバム「YMOファミリー」にも数曲収録されていて、そこで初めてシーナ&ロケッツに接したのです。

1984年だったと思います。私の住んでいた関西の某地方都市て開催されたポップフェスティバルで鮎川さんを目にしたことがあります。5組程のバンドが登場したのですが、その中でもダントツの存在感であったのは忘れられません。その時はシーナさんは来ておらず、「ザ・ロケッツ」としての登場でした。

そして、その時のバンドの中で印象が最悪だったのが、あの「ハウンド・ドッグ」だったのです!
とにかく喧しいだけのクソだとしか思いませんでした。それが翌年ffで大ヒットした時には驚いたものでした。

何れにしても、あの時のあの茹だるような暑い夏の炎天下で目にした鮎川さんの強烈な存在感は忘れることができません。あれから既に40年近く経ち、高校生だった私も初老と言われる様になりました。
そして私が子供の頃に活躍していた方々の訃報を多く耳にする様になりました。まだ74歳…と思うと同時に、74歳にもなっていたんだ…とも思います。

私の中では永遠にあの84年当時の姿が目に焼き付いていますし、それは今後も変わりません。

先日の高橋幸宏さんの訃報といい、残念で仕方有りません。何れ訃報のカテゴリーが必要になりそうな感じですが、そんな事は考えたくもないですね・・・。

「YMO」で活躍・高橋幸宏さん死去 70歳 『RYDEEN』を作曲 2020年には脳腫瘍の手術

映画・音楽
01 /15 2023


YELLOW MAGIC ORCHESTRA(イエロー・マジック・オーケストラ)、通称"YMO”のメンバーとして活躍した、高橋幸宏さんが、亡くなったことがわかりました。70歳でした。

高橋さんは1952年6月6日生まれ。ドラムを担当したサディスティック・ミカ・バンドの解散後、サディスティックスを経て、1978年に細野晴臣さんの呼びかけに応じて坂本龍一さんとともにYMOを結成しました。

コンピューターやシンセサイザーといった当時の最新テクノロジーを使って、様々なジャンルの音楽を発信。『RYDEEN』や『君に、胸キュン。』など、誰もが一度は耳にしたことのあるヒット曲を発表し、海外へも進出。世界的に活躍しました。YMOは1983年12月をもって"散開”(解散の意味)し、高橋さんはソロなどで活動していました。

高橋さんは2020年、脳腫瘍の手術を受けたことを公表。手術は成功し、治療に専念していることを明かしていました。自身のツイッターは2022年6月のツイートが最後で、誕生日の翌日に「みんな、本当にありがとう」と感謝の思いを伝えるメッセージを届けていました。




私もリアルタイムで熱心にYMOを聴いたので、このニュースは、ただたた残念です。
高橋幸宏さんといえば、YMOの真ん中でドラムを叩きながら歌っている姿が印象的です。先日亡くなったCCBの笠浩二さんも、YMOの影響を受けていることは有名な話しです。

YMOといえば、リーダーの細野晴臣と坂本龍一の確執が耳に入りましたが、その仲を取り持つ役を高橋さんが担っていたといいます。

細野晴臣は天才、坂本龍一は秀才、そして自らをただの人・・・その二人を取り持つ「太鼓持ち」と語っていたのが印象的です。

坂本龍一が療養中なのは知っていましたが、高橋さんに関しては今回はじめて知りました。
最近、どうも有名人の訃報が多い様な気がしますが、果たしてコレは偶然なのでしょうか?久々に名前を聞いたら訃報…というのがあまりにも多すぎる気がして残念です。

フォード・トランジット リアブレーキパッド交換

修理
01 /09 2023
フォード・トランジット

先日、2018年型フォード・トランジットのリアブレーキパッドの交換を行いました。
その車両は350HDというリアがダブルタイヤになった1t車でした。

タイヤを外して先ず驚いたのが、リアブレーキが結構小柄で、しかもキャリパーがパーキングブレーキ内蔵型という、かつて小型乗用車に多く採用されていたタイプだったのです。

最近は乗用車でも、パーキングブレーキはドラムになっているのが多いので、こんな大きな車でこのタイプを見たことに驚きました。

ford-transit-rear-caliper.jpg

そして交換時にピストンを押し戻してやるのは、ディスクブレーキには共通していますが、この手のパーキングブレーキ内蔵タイプは、ピストンを回しながら押し戻してやる必要があるのです。

この辺りはやはり日本車の出来が圧倒的で、日本車なら時計回りに回しさえすれば、勝手に押し込まれるのですが、欧米の車ではそうは行きません。

brake-piston-tool.jpg

そこで、こんな専用工具で回しながら押し込む作業を同時に行うのです。

この日は右側から作業を開始したのですが、その工具を使って回してやると・・・ロックしてしまってどうにもならなくなってしまったのです。少し力を入れて回しても、ウンともスンともいいません。ピストンが固着している?それとも壊してしまった?

こういう時は、ブリーダーを開いてブレーキフルードを抜いてやると動きやすくなるのですが、それでも全くダメ。
物が回らない時は、取り敢えず反対方向に回してみるのも大切なことです。そこで反時計回転に回してみると… 今までロックしてしまっていたものが緩みました!

更に回してやると、少しづつですが、中に入って行くじゃないですか!
フォードも変なことをやったもので、運転席側は通常の時計回りで押し込んで、助手席側は反時計回りで押し込む様になっているのです!

transit rear caliper2

よく見てみると、こんな風に矢印が付いているんですね!

私も今まで色んな車に関わってきましたが、こんなのは初めてでした。

しかし、ココで重要なのが、先程の工具は、通常の時計回りで押し込むタイプ専用で、今回の反時計回りの場合は逆ネジタイプの別の工具が必要になるのですが、そんなモノは当然有りません。

それでも、その工具を騙し騙し使って、何とか押し込むことに成功しました。
たかが1台の作業に二通りの工具が必要なんて、随分とムダなことをしている様に思いますが、こういう風にどこかでやらかすのがフォードですね・・・。

ラーメン屋バイトでも月給は約50万円。脱サラしてカナダに移住した30歳男性

カナダ情勢
01 /08 2023
30年ぶりの円安で海外へ出稼ぎに出る日本人が急増している。だが、高賃金を得られる一方で生活コストがかさむリスクもある。成功の鍵は何なのか? 今回はカナダの飲食店で月50万円ほど稼いでいる日本人男性のライトさんに話を聞いてきた。彼はどうやって今の収入を手に入れたのだろうか。その秘策に迫る。

⇒【写真】英語が喋れなくても十分生活できる充実の日々

▼ライトさん(30歳)
職業:飲食店のホール
月給:約50万円(約4800カナダドル。取材時のレートで換算)
お客さんは平均して会計の15%ほどのチップをくれる。髪色や髪形も自由

3年前に脱サラしてカナダに移住
 日本への将来の不安から、20代のうちに海外での生活を経験しておこうと思い立ったライトさん(30歳)。

「給料はなかなか上がらない、年金もいつ受給できるかわからない。それなら日本以外で生活できる選択肢をつくっておきたかった」と、3年前に脱サラした後、’20年末にカナダのバンクーバーを訪れた。

時給は1600円なのに月収は50万円近く、そのワケは…
 現地での仕事は、留学生向けの掲示板サイト「JPcanada」でリサーチし、日本人オーナーのラーメン店で働くことに。時給は1600円。フルタイムで働いても月給は25万円ほどの計算だが、ライトさんは月50万円近く稼いでいるという。

お店選び次第でチップが高額に
「バンクーバーでは、飲食店やバーだとチップを払うのが当たり前。チップは多い時で月25万円ほどもらえるので、時給と合わせて月収は50万円に。

 カナダのラーメン店はレストランのような高級な雰囲気の店もあり、富裕層のお客さんも多く、そのぶんチップの額も膨らみます。

 人気で客単価の高い飲食店で働くと効率よく稼げるでしょう。混雑時に英語で対応するのはとても苦労しますが、英語を勉強するチャンスだと思って頑張っています(笑)」

 住まいはシェアハウスでインフラとWi-Fi込みで月約5万円。外食するとランチでも最低1500円は超えるが、パスタなどの安い食材で自炊をして、食費は月3万円に抑えている。

 働き方と暮らし方次第では、月40万円近い貯金も実現できそうだ。

▼1か月の生活費
家賃:5万2000円
食費:3万円
交通費:1万円
交際費:2万円
カフェ代など雑費:2万円
合計:13万2000円

<取材・文/週刊SPA!編集部>

―[[海外出稼ぎ日本人]成功の法則]―




典型的な現地を知らない提灯記事ですね!
3年前にカナダに来たということは、ワーキングホリデーでラーメン屋に勤務して、現在就労ビザなのでしょうか?
ということは、英語も大してできない、手に職もない人だと言えます。

時給1600円というのは、現在のカナダでは最低賃金です。要は最低賃金で働いている最底辺ということです。そして、その仕事を続けざるを得ない就労ビザは、通称「奴隷ビザ」でもあります。

家賃52000円のシェアハウスって、どんな所でしょうか?今それなりのシェアハウスだと、バンクーバーでは月800ドルはします。恐らくダウンタウンで一部屋に二人住んでいて、しかもダイニングルームにも人が住んでいる様な所でしょう。

食費3万というのは、ラーメン屋勤務なので賄いで食費を安く抑えているのでしょう。
交通費1万円というのは、バスの定期の値段です。車を持っていたら、保険料だけで月150ドル近くなります。

要するに、日本ではあり得ない様な最底辺の生活な訳です。
これで人並みに一人暮らしをすれば、家賃だって1500ドル以上になりますし、車を買えば月350ドルほどの維持費はかかります。

しかもラーメン屋他日本食店はどこも日本以上の超ブラックで、こんな所に勤めていたら、スキルも身に付かず、英語も身に付かず、何時まで経ってもラーメン屋や日本食店しか勤務先がなくなるのです。
仮に今、少し日本より給料が良いかも知れないものの、10年先、20年先を考えた時、果たしてそれが良い話しなのでしょうか?

何か随分と景気のいい話しの様に書いていますが、その割には私が出会った日本食勤務の人って、皆車は持っていない、シェアハウス住まいで、本当に最低限の暮らしをしていますけど。

こういうカナダの事情を知らない、単純に金額でしか物事を測れない無知な記事って、本当に腹立ちますね。

americancars4ever

アメ車のブログとして開設して13年目、車以外にも様々な身の回りの話題を取り扱っています。