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トライアンフ・ボンネビルT140

海外メーカー
07 /25 2016
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60年代、市販車最速と言われ、人気を博したトライアンフ・ボンネビルですが、1969年にホンダCB750が発売されると、その地位を脅かされる様になりました。

実はトライアンフは、60年代初頭より、ボンネビルを超える次期モデルの開発に着手しており、65年頃には、新型の並列3気筒モデルは、かなりの完成度を見せていたにも関わらず、会社の都合から、その開発は一時棚上げされてしまい、結局市販されたのは、68年になってからでした。

その新型トライアンフ・トライデントの最大の悲劇は、翌年、あのホンダCB750が発売された事に尽きます。

もう数年早く発売出来て、CB750のモデルチェンジに合わせて、第二世代目にバトンタッチできていれば、或いは歴史は違っていたのかも知れません。

軽量な車体と操縦性を持ったトライデントは、レースでの活躍とは裏腹に、並列4気筒、ディスクブレーキ、セルスターター等、目新しさの固まりのホンダに比べ、OHV3気筒とセールスポイントに欠け、しかも割高な価格も手伝って、市販車としては不振を極めました。

そんな中で、トライアンフが行ったのは、従来のボンネビルの改良?でした。

先ずは71年、フレームが一新されています。フレーム内にオイルタンクを内蔵したこの新型フレームは、ソレまでのトライアンフの精悍なプロポーションを、完膚なきまでに破壊しました。

更に73年には、排気量を750ccまでアップしています。
これは、日本製のナナハンに対抗したものなのでしょうが・・・。

トライアンフといえば、軽快な吹け上がりが売りのバイクであったものの、排気量の拡大は、その軽快さをスポイルし、ユッタリ走るバイクへと変貌したのです。

元々500ccがベースであったボンネビルのエンジンですが、それを650、最終的には750へと拡大していった訳ですが、同時に強度不足を心配して、圧縮比も下げられており、馬力でも650を下回っています。

写真のソレは、前後ディスクブレーキが装着されているので、76年以降のモデルでしょう。

このディスクブレーキも、余り良い評価は無く、更に80年にはセルスターターが付きますが、コレも悪名高いモノとして有名です。

70年代のトライアンフは、ブリティッシュ・レイランドと同様、合併による経営の混乱もあり、必要な製品を、必要な時期に投入する力は既に無く、60年代、アレだけ人気を得たボンネビルを改悪し続けました。

そして、1983年には倒産し、一旦姿を消すことになりました。

現在バンクーバーで見かけるバイクで、特に目に付くのが、新型のトライアンフ・ボンネビルです。ここ数年で急激に数が増えた様で、コチラでもレトロスタイルが人気を得る様になったのでしょう。

ソレに比べると、旧ボンネビルを目にする事は非常に稀で、それは、高速走行で120キロ以上でのクルージングを考えると、やはりムリがある…という所なのかも知れません。

この750は、正直余り良い印象が無いのですが、現行トライアンフの巨大さからすると、むしろ良い雰囲気に見えますね・・・。
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64ハーレー・ダビッドソン デュオグライド

海外メーカー
11 /01 2014
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写真は、64年型のデュオグライドです。

デュオグライドとは、58年以降、前後2系統のサスペンションが装備されたモデルに付けられた名前で、それ以前はリアサスペンションが無く、サドルに付けられたクッションのみでした。

そう言うと、ハーレーが物凄く遅れていた様に聞こえるかも知れませんが、オートバイに現在の様なスイングアーム式のサスペンションが付いたのは意外と遅く、50年代も半ば以降の事だったのです。

それでもハーレーは、他より数年遅かったことになりますが、コレは、アメリカの道路が他の国に比べて良好で、しかも直線が多かったこととも関係があります。

エンジンは、パンヘッドと呼ばれるもので、OHVになってからは2世代目に当たります。
64年はデュオグライドの最終モデルとなり、翌65年には、スターターモーター付きのエレクトラグライドが登場しています。

それだけの大改造が行われたのだから、もう少しパンヘッドの時代が続くと思われたところ、66年には、早くも次世代のショベルヘッドが登場しています。

ハーレーは、昔から余り明確に馬力を表示しない傾向にありますが、この手は、後のショベルヘッドと同等のパワーがありました。
そして、この時代は、非常に上質で生産台数も少なく、長いこと、最も完成されたハーレーと言われてきました。

後にAMF傘下に入り、旧来の経営陣が会社を去ると、元々バイクに対する知識の皆無な者が経営に携わる様になると、無理な大量生産が始まり、部品も粗悪な安物が使われる様になり、段々と品質を落としていき、ハーレー=壊れるというイメージが定着してしまいました。

現在、アメリカで、この手のクラシックハーレーを見かけるのは、極めて稀なことです。写真のものは、3週間のアメリカツーリング中に見かけた唯一のパンヘッドでしたが、ジョージアナンバー…正直、この手は西海岸には殆ど残っていないのかも知れません。

特に西海岸の場合、日本のバイヤーによる買い付けの影響もあるでしょうが、やはり、現在のアメリカの高速が120キロ程で流れているという事実…この事が、クラシックハーレーを楽しめる環境を破壊してしまったと言えます。

別にハーレーが120キロ出ないと言っている訳では無く、この手のエンジン特有の美味しい回転域を味わうには、もう少し低いスピードの方が良いという事なのです。

逆に日本の高速は、今でも100キロ以下で流れている所が多く、この手を楽しむには、より快適な環境なのかも知れません。

かつてはアメリカのフリーウェイをユッタリとクルージングしていたハーレーですが、今のツインカムエンジンは、120キロを余裕で越えるスピードで、誰よりも速くすっ飛んでいくイメージがあります。

現在、車でも、かつてのアメ車は実用的とは言えずに廃れてしまいましたが、クラシックハーレーの様な極めて趣味性の高いバイクまで廃れてしまったのは、残念な話しです。

ロイヤル・エンフィールド

海外メーカー
05 /21 2013
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この、見るからにクラシカルなオートバイ・・・れっきとした現行モデルです。

ロイヤル・エンフィールドというメーカーは、元々イギリスの数多くあるメーカーの一つでした。イギリスのバイクーメーカーは、車と同様、政府の過剰介入により、合併を繰り返した末、全てが消え去ってしまいましたが、ロイヤル・エンフィールドも、例外ではありませんでした。

ところが、このブランドが今でも生き残っている理由は、1949年より、かつての英国植民地、インドでの生産が行われていたからで、このインド製のソレが、現在のロイヤル・エンフィールドなのです。

本国のイギリスでは、遠の昔に消え去ったソレが、植民地では、延々と生産され続けていたのです。

日本のSR,カワサキW650といったバイクに比べ、全く隙の無いクラシカルなスタイルは、当時のスタイルを、そのまま生産しているからに他有りません。

ただ、時代に合わせて、ディスクブレーキや、フューエルインジェクション化といった近代化も行われています。

イギリス統治時代のインドというと、間違っても良い時代とは言えません。現在のインド人を評して、「イギリス人の狡猾さのみを受け継いだ」と言われていますが、事実、それは搾取の歴史でしかありませんでした。

それが今日、このロイヤル・エンフィールドばかりで無く、ジャガー、ランド・ローバー、ローバー、ディムラーといった、かつての英国ブランドが、全てタタ財閥によって所有されています。

インド人は、イギリスに対して郷愁を感じているのか、それとも、かつての主に対しての復讐心からなのか・・・恐らく後者だと思いますが・・・。

1985年型 ハーレー・ダビッドソン スーパーグライド

海外メーカー
12 /19 2012
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85年型スーパーグライド・・・かなり弄ってありますが、コンパクトなFL系フレームが、極めて良い味を出しています。

85年型ハーレーというのは、知る人ぞ知る、極めて特殊な存在なのです。

それまでハーレーのビッグツイン系というと、旧式のFL系エンジンリジットマウント、ツアーグライド系のラバーマウント、そしてFXR系のプレスフレーム・・・という風になっていました。

1984年モデルとして、そこにソフティルと呼ばれる、昔のノーサス風スタイルのフレームが登場していますが、これは、同時にエヴォリューションエンジンという新型エンジンを搭載していました。

84年モデルでは、ソフティル以外は、旧来のショベルヘッドエンジンが載っており、この年が最後のショベルヘッドとして、密かに人気があります。

そして85年には、全車エヴォリューションエンジンになるのですが、あの旧式のFL系フレームにエヴォリューションエンジンという組み合わせは、実はこの年にしか存在していないのです。

写真は。85年式スーパーグライドですが、他にもローラーダー、ワイドグライドといったモデルは、旧来のFL系フレームを使用していました。

翌年から、スーパーグライドとローライダーは、FXR系のラバーマウントに統合され、デザイン的にも大きく様変わりしてしまいました。

デザイン的にも、カスタムのし易さという面でも、FL系のフレームは大変に人気が有り、後に登場するダイナ系は、このFL系のデザインを手本にしていますが、同時に一回り大きくなっており、若干雰囲気をスポイルしています。

旧式のFL系フレームには、5速ミッションが載らないという欠点が有ったのも、生産が打ち切られた理由なのですが、1958年にハーレーにリアサスが装備されてから、生産中止になるまで、殆どその姿を変えていなかっただけあり、オリジナルのハーレーならではの風格が漂っています。

85年型とはいっても、今や完全に忘れ去られた存在ですが、個人的には、一番気になる年式だったりします。

ハーレー・ダビッドソン 883スポーツスター

海外メーカー
09 /11 2012
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最小限のメッキにシンプルな塗装に、シンプルなロゴ・・・やはり初期というのは良いものです。


スポーツスターというのは、ハーレーの中でもコンパクトで、スポーティーな車種で、エンジンも、ハーレーの主力の「ビッグツイン」とは異なる構造になっています。

本国では1957年以降長い歴史を持つものの、日本でこのスポーツスターがメジャーになったのは、86年に登場した883スポーツスターが88万円という、100万を切る価格で販売される様になってからでした。

80年代初頭、50万円台で買えた国産750ccも、パフォーマンス向上と共に急激に値段が上がり、80年代半ば頃には80万近くに達しており、その事から、883が相対的に割安に見える様になったのです。

写真のモデルの年式は不明ですが、タンクのグラフィックが883としては比較的初期のものになっています。

現在まで続くスポーツスターですが、やはりこの883の初期、若しくはその一つ前のXLX61辺りが一番デザイン的に完成度が高いと思います。

その後は、この特徴的な8.5リッターという小型タンクが大型タンクに変更され、更に塗装やグラフィックも何やら凝りすぎ・・・・という感じで、同時に性能的にも実用性も向上したものの、この写真のモデルの様な、シンプルでワイルドな雰囲気が消え失せてしまいました。

尚、スポーツスターには、1200ccも用意されており、走りの面では遥かに勝るものの、同時に値段も20万以上も高いとあって、このシリーズは883の方に人気が有ります。

そして、最初に883を買い、徐々に改造して、エンジンも1200にスケールアップする・・・・という方法も人気があります。これなら両方体験できる・・・という訳です。

因みに重量を見ると、883よりも1200の方が2キロ程軽くなっていました。その理由は、1200の方がピストンが大きい=シリンダの肉厚が薄いから・・・・というのが定説になっています。

このバイクを一言で例えるなら、正に「アメリカ料理」そのものでしょう。
最初は薄味のものを、ケチャップや塩、コショウをぶっ掛けながら、自分の味にして食べる・・・・正にそんなバイクです。

どうも最近のスポーツスターは、豪華になり過ぎた気がします。この派手なクロームも豪華なツートンカラーも何も無いシンプルないぶし銀の様な輝き・・・・現在ファッションブランドと化してしまったハーレーからは、消え失せてしまった様です。

americancars4ever

アメ車のブログとして開設して11年目、車以外にも様々な身の回りの話題を取り扱っています。