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オールズモビル・オーロラ最終型

オールズモビル
09 /02 2019
オールズモビル・オーロラ

1995年に登場したオールズモビル・オーロラは、熟年ブランド化したオールズモビルのテコ入れを目標とした全く新しい高級車で、登場時に明確に、従来の市場は無視したと発表された程でした。 

かつて、高性能を売りにしたオールズモビルも、その地位をポンティアックに奪われ、ビュイックの兄弟車に成り下がってからは熟年ブランドと化しており、それからの脱却が至上命令でした。しかし、その試みは成功したとは言えず、同時期に兄弟車として登場したビュイック・リビエラも同じことでした。 

2000年に登場したのが、この新型オーロラでした。
当初は次期リビエラも共同開発される予定だったものが凍結されたことで、開発資金が大幅に減り、当初予定されていた88の次期モデルも同時に開発される予定だったのも却下され、オーロラのみが発売に漕ぎ着けました。 

オールズモビル・オーロラ リア

この世代の特徴は、従来と同じ4リッターV8の他に、3.5リッターV6が設定されたことですが、コレは元々、88の次期モデルの為のモノでした。 

このエンジンは、ノーススターから2気筒取り去ったDOHCエンジンで、従来のビュイック3.8リッターとは異なります。 

単なるマイナーチェンジにしか見えないモノの、当初の計画はかなりの規模だったのです。ソレが縮小されて単なるマイナーチェンジになった…といった所です。 

デザイン的にも、個人的に先代のソレは楕円トーラスに通じるものがあって好きでなく、こちらの方がバランスは良いと思うのですが…同時に個性も薄れた様な気がします。  正直、下級モデルのイントリーグと大差ない様に見えてしまうのです。 

発売とほぼ同時期にオールズモビルの閉鎖が発表されたことも、この車の販売にマイナスだったことでしょう。実際に販売面でも振るわず、2003年モデルを最後に生産中止になり、翌2004年には、オールズモビル部門が閉鎖されました。 

オーロラを一言で言うと、全てに於いて空回り… ということなのかも知れません。

従来の顧客を無視した所で、その代わりのマーケットは既に他者に抑えられていて、オールズモビルである必然性が無かったのです。結局残ったのは、誰からも支持されない中途半端な車… 911以降の原油高傾向も、大いに影響があったことでしょう。

ノーススターエンジンの耐久性の問題もあり、現存数は多くない様です。
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オールズモビル・デルタ88・ロイヤル

オールズモビル
10 /30 2018
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 - こうやって見ると、オールズモビルなんですが…

写真は80年代初頭のオールズモビル・デルタ88・ロイアルです。

77年モデルとして登場したGMフルサイズ車は、皆大幅なダウンサイジングを受けており、この車もホイールベースで200mm、重量で410キロという大幅な減量が施されています。

当時のオールズモビルのフルサイズには、Cボディーの98とBボディーの88がありました。

両者の違いは、ホイールベースの長さ(=全長)の違い、装備の差、グリルとテールランプの形状の違いといった所なのですが、正直違う車両と言うのは余りに無理があります。

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 - こうやって見ると、どう見てもシボレーと同じ車です…

そしてこの車の特徴は、ベースエンジンがビュイックの3.8リッタV8となり、V8エンジンも、オールズモビル独自のモノの他にもシボレーのV8も搭載されており、その事が後に「シェビー・モビル事件」として知られる様になりました。

結局この件で、GMは該当のユーザーに対して保証を延長するか、車の交換をするか…という対応をしました。尤も車の交換の場合は、走行距離に応じて支払い金額が発生する為、殆どの人が延長保証を選択したということです。

この世代では、見た目もシボレーと何処が違うの?という位に似通っていますし、更にシェビー・モビル事件によって、GMに車が全て一緒だということを世間に知らしめる結果にもなったのです。

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1981年には、全てのエンジンにコンピューター・コマンド・コントロール・エンジン・マネージメント・システムが搭載され、現在のOBDⅡの原型として知られています。

この車は、私が最初にバンクーバーに来た96年当時、結構タクシーとして走り回っていたものです。バンクーバーのタクシーは、昔からアメリカに比べていろいろな車種が走っています。
アメリカでは、それこそカプリスかクラウンビクトリアばかりであったのに対して、バンクーバーでは、GMでもカプリス、88、アストロといったバリエーションが見て取れました。

しかし当時、既にオールズモビルがシボレーよりも高級と信じている人は皆無で、オールズモビルのタクシーを喜ぶ人が果たしてどの程度いた事やら・・・?

そして現在、こうやって残っているのも圧倒的にシボレーが多く、オールズモビルは本当に珍しいですね…。

オールズモビル98

オールズモビル
10 /21 2018
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今日、オールズモビル98を運転する機会がありました。

前回運転したのは何時だったか…恐らく20年前だと思います。
兄弟車のビュイック・パークアベニューに比べて当初から著しく販売台数の少ない98ですが、今回の車両は、95年モデルのレージェンシー・エリートでした。

当初から売上が低迷していたことから、95年には大幅にグレード数も整理され、シリーズ1とシリーズ2の僅か二種類でした。そして翌96年モデルを最後に生産中止となっています。

室内に入り、非常にソフトかつ幅の広いベンチシートに腰掛けます。センターコンソールが無いのも、足廻りが広々としていい物ですね… 非常に大きく遠いフロントガラスが、開放的な雰囲気を演出しています。

ただ、開放的というだけでなく、適度な包まれ感も併せ持っており、その具合が絶妙なものでした。少なくとも今日のやたら小さいくて額の前に迫るフロントガラスとは大違いです。

幅の広いダッシュボードもクラシカルな雰囲気とデジタル表示の先進性が上手くミックスされています。

ドッシリとした重厚なドアを閉めてエンジンをかけると…当時のGM車特有の軽いヒューヒュー音が懐かしいですね。
コラムシフトをドライブに入れて走り出すと…本当に全ての音が遠くに有る…そんな印象です。

その不思議な静けさは、音の遠さから来るものなのでしょう。とにかくスムーズでユッタリとしたトルク、ハンドリングなんかとは別次元の軽快かつスムーズな操縦性…。

全てに於いて安楽でいて、レクサスの様に運転感覚が希薄になることも無く、不思議と心地よい音に包まれているのです。

ブレーキも巨大なブースターによるあくまでもソフトで快適なタッチです。

やはりこの時代のCボディー車は、先代からのサイズアップも有り、室内空間から操縦性から、アメ車の良さを最大限に打ち出した、実にいい雰囲気に仕上がっているのです。

久々に運転したCボディー車ですが、品質レベルはともかく、その走りといい、室内空間といい、当時のGMが非常に高いレベルにあったことが分かります。

当時と比べて今日の感覚だと、随分と大きな車に感じましたが、クラウン・ビクトリア等FRのフルサイズに比べると遥かにコンパクトで洗練された走りだと言えます。

本当に久々に乗ったオールズモビル98ですが、正直今更ながら欲しくなりましたね…。

全てがドイツ的価値観で語られる今日の高級車に於いて、完全に忘れ去られた「高級感」がそこには確実に存在し、そして私には心地の良いモノだったのです。

現在この手の車のオーナーといえば、当時から乗っている年配者が多いのですが、やはり彼らが手放さないのも無理はないのかも知れません。

20年ぶりに昔の車に乗ると、「アレ、こんなんだっけ・・・???」と感じることも少なくありません。その20年の間の技術的進歩、そして経年変化に依る所が大きいのですが、今回はその20年という時を経ながら、今日忘れ去られた心地よさを改めて感じる事ができました。

近年、凄まじく運転マナーの悪くなったバンクーバー…移民が増えて皆好き勝手な運転をしているから・・・というのもありますが、攻撃的な車が増えて、こういう車が無くなったから・・・というのも有るのかも知れません。

オールズモビル・トロナード

オールズモビル
08 /26 2018
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先日、バンクーバーの治安の悪い地域を走っているときに発見しました。

このテールランプは間違いなく90年代初頭の最終型オールズモビル・トロナードです…。

この車は、最初に登場した86年当時、全長4.76m、全幅1.79mという大変にコンパクトなサイズで登場しましたが、ポンティアック・グランダムの2ドアと何処が違うの?と言って大変に不評を買い、売上は低迷しました。

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この車が開発されていた当時は、第二次オイルショックの影響でガソリン高が続いており、85年には1ガロン3ドルを超える様になるという予想であったものが、現実には1ドルを切っており、その事からも急速に大型車への回帰が起こっており、この時代のGMの急激なダウンサイズは、同時にどれも代わり映えのしないスタイルとあり、大いに不評を買ったのです。

そんな中で89年には全長が5.08m、全幅1.85mに大幅なサイズアップが施されています。

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リアガラスが直立したシビアノッチバックの寸詰まりが緩和され、随分とユッタリとしたスタイルになりましたが…実際には、居住性には変化がなく、若干トランクが大きくなって程度でした。

それでも時代的にクーペの市場が低迷していたこともあり、売上向上にはつながらず、1992年モデルを最後に生産中止になっています。

しかし不思議なことに、このトロナードとビュイック・リビエラはこうやってサイズアップしたのに対して、何故かキャデラック・エルドラードだけはそのままだったことです。

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   - 何故かチンチクリンのままの90年エルドラード

エンジンもオールズモビルのロケットエンジンではなく、ビュイックの3.8リッターV6一本で、しかも伝統的な縦置きFFではなく、一般的な横置きFFになっていました。

この車を最後に見たのは一体何時だったでしょうか?5年以上前に一度、電車の窓から見掛けたのが最後だったと思います。
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それにしても…こんな場所に停まっているだけあって、悲しいくらいに程度が悪い機体でした・・・。

販売されている当時ですら全く見掛けない車であっただけに、今となっては存在しているだけで貴重な車ですね…。

しかし、こんな所にバイク停めて、写真撮るってのも、余り気持ちのいいものではありませんね…背景に映っている人の殆どが麻薬中毒者ですから…。

それでも写真に収めたいと思うだけ貴重な車なのです。

アメ車ディーラーの今…東邦モーターズ

オールズモビル
07 /15 2018
東邦モータースと言えば、かつてオールズモビルやオペルのディーラーとして知られていましたが、現在はどうなっているのでしょうか…?

ネットで検索してみると…2008年に自動車業務から撤退し、現在はその跡地の不動産運営の会社になっているということです。

あの東邦モーターズが…。

GM車と言えば、ヤナセが有名ですが、オールズモビルに関しては、1950年の開業以来、東邦モーターズの扱いとなっていたのです。

その他にも、ドイツのオペルを輸入販売していたものの、同社の運命が暗転したのは70年代のオイルショックによるアメ車の販売の壊滅、そしてオペルも日本の排ガス規制に対応できずに撤退した辺りからでした。

その後、フィアットやランチアといったイタリア車を取り扱った後、再びオペルを始めたり、BMW、三菱(カープラザ)等色々と手を広げたものの、どれもイマイチという状態が続きました。

その後、オペルはヤナセが大々的に売る様になりましたし、BMWもやはり競争相手が多く、イマイチの状況が続きました。

そしてその後、一時は軌道に乗ったかに思えたオペルの販売も壊滅し、日本市場から撤退しました。

かつてのアメ車の名門ディーラーが、今や不動産管理会社…まあアメ車の販売事情を考えれば仕方ないとは言え、なんか寂しい話しですね…。

americancars4ever

アメ車のブログとして開設して11年目、車以外にも様々な身の回りの話題を取り扱っています。