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イーグル・サミットワゴン

イーグル
04 /07 2017
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イーグル・サミットワゴンは、クライスラーのイーグル部門から販売された三菱RVRのバッジエンジニアリングです。

製造は、三菱とクライスラーの合弁会社「ダイヤモンドスター・モータース」によるものでした。

80年代当時のアメリカは、急速にシェアを拡大する日本車への対策として、輸入規制を初めており、各社共、アメリカ現地生産に力を入れ始めて時期でした。

そんな中で特に小型車のランナップを三菱に依存していたクライスラーにとって、ダイヤモンドスターは大変に重要なプロジェクトだったのです。

シカゴの郊外、イリノイ州ブルーミントンで1988年に操業を開始したダイアモンドスター・モータースですが、その当時、私もその巨大な工場を見たことがあります。

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イリノイ州の延々と続くトウモロコシ畑の中に、忽然と姿を表したその巨大な工場の姿には、その規模もさることながら、アメリカ中を買い漁る…と、日本の脅威が騒がれていた当時、実際に、こんなアメリカの片田舎にまで日本が進出しているという事実に驚いたのものでした。

確か実家に、ココで撮った写真があるはずですが・・・。

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90年代に入ると、クライスラーも自社ラインナップを強化すると共に、三菱の関係は次第に弱まっていき、当初50:50であったクライスラーの保有株も三菱に譲渡されました。

その後も2004年頃まで、クライスラー向けの車種を製造していましたが、その後は三菱車に専念することになったものの、生産台数は目標を下回り続け、2016年には、あの時の最新鋭工場も閉鎖されてしまいました。

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 - イリノイ州ブルーミントン…正に陸の孤島です。

さて、話をイーグル・サミットに戻しますが、このサミットという名前は、元々三菱ミラージュ系のセダン、クーペだったのですが、ワゴンはアメリカでは初代RVRの兄弟車で、カナダでは、シャリオの兄弟車になっていました。

…という事は、写真のこの車は、アメリカ仕様ということになります。

日本仕様との違いは、左ハンドルになっている関係で、スライドドアも日本とは逆の右側に取り付けられていることが目に付きます。

この車の販売期間は92~96年の4年間ですが、イーグルというブランドが廃止になって既に20年も経っており、イーグルの車を見かけること自体、非常に珍しくなりましたし、更にカナダで販売されなかった車種だけに、実物を見たのは、恐らく初めてだと思います。

元々クライスラーのAMC買収によって手に入れたイーグルという名前でしたが、それを部門名に昇格したものの、販売した車の殆どが三菱やルノーのバッジエンジニアリングであったこと、その上三菱車も、ダッジやプリマスといった、より知名度の高い部門から同様の車が販売されていた事もあり、地味な存在に終始しました。

今は亡きダイヤモンドスターモータース…それは即ち、80年代に於ける日米自動車摩擦の象徴に他なりませんでした。そして、その閉鎖は、日本経済の衰退の象徴に見えなくもありません。

それか、北米市場で苦戦し続ける三菱の象徴と言った方が、より正確かも知れませんが…。

その反面、トランプ大統領による日米自動車摩擦発言…何とも皮肉なものです。
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イーグル・ヴィジョン

イーグル
12 /31 2012
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イーグル・ヴィジョンは、92年に発売された、当時(も)経営危機にあったクライスラーの最終兵器として登場したLHカーの一台でした。

クライスラー・コンコルド、ダッジ・イントレピッド、そして、このイーグル・ヴィジョンの3種類が用意されていました。

イーグルというブランドは、元々AMCの乗用車?の名前だったのですが、クライスラーがAMCを買収した後、AMCイーグル自体は直ぐに生産中止になったものの、名前だけが新たなブランド名として生き残ることになりました。

ところがその実態は、三菱や、AMC時代の親会社であったルノーの車のOEM販売が主で、この車が、同ブランド唯一の「アメリカ車」ということになります。

まあ、厳密に言えば、LHカー自体、ルノーベースのイーグル・プレミアの影響を大いに受けているので、純アメリカデザインとも言い難いのですが・・・。

クライスラーは高級志向、ダッジは若者向け、イーグルは・・・ヨーロッパ志向・・・という事であった様ですが・・・。

因みに日本で販売されたのは、このイーグル・ビジョンだったのですが、名前はクライスラー・ビジョンと呼ばれ、内装もクライスラーに準じた木目パネルを使用したものになっていました。

LHカーは98年にモデルチェンジを受けましたが、ニューモデルにはイーグルの名前が無く、近々イーグルのブランドが消滅するであろうことは、誰の目にも明らかでした。

結局98年一杯でイーグルブランドは廃止されています。

このLHカー自体、ホンダ・アコードよりも遥かに大きい車体、大きいエンジンが同程度の価格で買えるということで、大変に人気が有ったのですが、同時に耐久性には大いに疑問の有る車で、北米の整備業界では、故障の多さ、整備性の悪さで大変に嫌われたものですが、流石に近年、その姿を見かけるのは、少なくなりました。オマケにイーグルとなると、ほぼ絶滅状態とも思える位です。

写真は薄暗い所を携帯で撮ったので、画質が悪いですが、殆ど携帯のカメラを使わない私でさえ、撮ろうと思う位、珍しい存在なのです。

フロント周りが同時代のホンダ・プレリュード、リア周りも、オレンジ色のウィンカーレンズのせいか、何処と無く日本車的に見えなくもありません。

北米でのルノー

イーグル
09 /19 2011
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イーグルのカタログ・・・・手前からプレミア、メダリオン、サミット・・・ルノーと三菱のバッジエンジニアリング・・・・恐ろしく主体性の無いブランドでした。


北米でルノーの販売が終了したのは、1992年と、意外と最近の事なのです。
では、一般の人にルノーと言ったところで・・・・恐らく何の事だか理解する人は、ヨーロッパ出身の人か、若しくは余程車が好きな人に限られていることでしょう。

ルノーと言うブランドが北米から撤退したのは、1950年代と古く、まだ日本車が北米に上陸する以前の話しでした。

そして、ルノーの販売が再開されたのは、80年代に入ってからで、当時、ルノーの子会社であった、アメリカ最後の独立系メーカー、AMCとの共同で生産された、ルノー・アライアンスからでした。

最初はルノーのブランドで販売されていたのもが、後にAMCのブランドに切り替わり、1987年にAMCがクライスラーに買収されると、クライスラーがイーグルという新たなブランドが立ち上げ、主にそこから、ルノーの車が販売されることになりました。

イーグル・プレミア/ダッジ・モナコ、イーグル・メダリオン等の車が、クライスラーから販売されましたが、どれも販売面では苦戦し、92年には、全ての販売を終了し、そこでルノーの北米での歴史に終止符が打たれました。

現在の目で見ると、破綻の無い、非常にしっかりとしたヨーロッパ的なデザインだと思いますが、私個人の当時の印象では、アメリカ的なデザインを強く残した同時代のニューヨーカー等と比べて、淡白に見えたものでした。

1992年、クライスラーから完全な新型車として、LHカー(クライスラー・コンコルド、ダッジ・イントレピッド、イーグル・ビジョン)の3兄弟が発売されました。
従来の横置きFFのKカーベースの車と比べると、新型車はエンジンが縦置きになっており、全くの新設計の車・・・と思ったものですが、実はコレ、イーグル・プレミア、即ちルノーの影響だったのです。

それは、AMCの副社長であった人物が、クライスラーの副社長に就任した事とも、無関係とは言えないでしょう。

昔から、ヨーロッパではそれなりに売れている車でも、北米に持ってきた途端に全く話しにならない位の品質であった・・・・という話しは珍しくないのですが、ルノーの車も、その一例でした。
そして、LHカーもその伝統をしっかりと受け継いで、貧弱な品質の上に、悪夢の様な整備性で、整備現場でも大いに嫌われたものでした。

AMCイーグル 

イーグル
04 /21 2010

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現在4WDのステーションワゴンといえば、スバルのレガシーが定番として、高い人気を誇っています。

90年代にSUVが一大ブームを引き起こし、特にアメリカでは、それらが高級車として裕福層にも受け入れられる様になっていったのですが、それ以前では4WD車というのは極めて特殊な物という見方が一般的でした。

AMCは、87年にクライスラーに買収されるまで、ジープの製造販売を行っていましたが、トラックベースの「特殊車両」のジープに対して、より一般向けの4WD車として発売したのが、1980年に登場した、今回紹介するイーグルです。

極一般的なステーションワゴンの車高を上げ、4WDを組み込んだ・・・言ってみれば、現在のスバル・アウトバックの様な存在なのです。
サイズ的には、幅が広いものの、全長4.5mとアメリカ車としては異例なほどコンパクトでしたが、ソレでもエンジンは4.2リッターという巨大な直6エンジンを搭載しています。

この手の4WDのパイオニアであるスバルですら、当時はパートタイム4WDであったのに対し、コチラはビスカス式のフルタイムと、より先進的なメカを備えており、日本のメーカーが同様のシステムを搭載するのは、更に数年後のことでした。

それでも、この手のコンセプトが余りに早すぎたのか、然程注目を浴びる事も無く、87年にAMCがクライスラーに買収された後、生産中止になってしまいました。

90年代起きた未曾有の4WDブーム、そしてスバル・アウトバックの人気を目の当たりにすると、如何にマーケットを読むのが難しいかを、改めて感じずには居られません。


写真上:AMCイーグル

せめてデザイン的にもう少し斬新さがあったら・・・とも思います。

写真下:スバル・アウトバック

人気の2代目レガシーを、よりオフロード志向に振ることで成功を収めました。

日本車の真似? ホンダ・プレリュード vs イーグル・ヴィジョン

イーグル
11 /12 2009

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プレリュードが登場したのは1978年、ホンダは70年代の一頃、フォードと提携関係にあり、74年式マスタングⅡの第一号が当時のフォード社長、リー・アイアコッカ氏より、本田宗一郎氏に贈答される様なこともありました。

そして以前の記事で、初代アコードのファーストバックスタイルが、マスタング2のハッチバックの影響があるのでは?という指摘をしましたが、初代プレリュードは、何処と無くマスタングⅡのクーペ版?という印象を持っていました。

前置きはさておき、プレリュードが日本で人気を博したのは、2代目、3代目のロー&ワイドボディーによるものでしたが、4代目になると、一変して、それまでの何処と無く上品な佇まいから、一変して筋肉質な雰囲気になりました。

写真上の4代目プレリュードは、そう言った意味で、かなり賛否両論が渦巻いていたものでした。

ところが、その後に発売されたクライスラーの新型車、LHカーの一つ「イーグル・ヴィジョン」のグリル周りが、ほぼプレリュードそのままで登場したのです。
発売は、4代目プレリュードから一年後でしたが。当時のデザインプロセスには、現在より遥かに時間が掛かっていたと思うだけに、他社のモデルを見て、デザインを真似して・・・販売に漕ぎ付けるまでの時間として、1年というのは、充分な時間だとは思えません。そして、他のクライスラー・コンコルド、ダッジ・イントレピッドは、特に日本車の影響を感じることもありませんでした。

偶然に似てしまったのでしょうか・・・?それにしては、あの特徴的にグリルが余りに似過ぎています。

何はともあれ、90年代初頭という時期は、日本車のデザインが急激に向上した時代でもあり、安いけどペラペラでデザインも何も無い・・・というソレに別れを告げた時代でもあり、以降、真似する側から、真似される側にもなったのです。


写真上:ホンダ・プレリュード

マイナーチェンジ後、若干ですがグリル廻りのデザインが変更されました。「日」の字の様に見える部分が、「目」の字に変更されたのは、ヴィジョン対策だったのでしょうか?

余談ですが、このタイプのプレリュードが登場した時、そう遠くない将来登場するであろう新型マスタングの何かを見た様な気がしたものでした。


写真下:イーグル・ヴィジョン

イーグルというブランドは、元々AMCから引き継いだブランドであり、クライスラー買収後は、元のオ親会社であるルノーの車をベースにしたものを販売しており、どちらかと言うと、ヨーロッパ的・・・という性格付けでした。

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アメ車のブログとして開設して11年目、車以外にも様々な身の回りの話題を取り扱っています。