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1962プリマス・バリアント

プリマス
12 /09 2016
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プリマス・バリアントは、1960年に登場したコンパクトカーです。

1960年には、フォード・ファルコンシボレー・コルベアといった同クラスのライバルが登場していますが、コレは、当時急激に増えていた輸入コンパクトカーに対応する為のものだったのです。

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50年代後半になると、アメリカの家庭で複数の車を持つのが一般的になり、1台目は家族の為のフルサイズ、そして2台目は奥さんの為の経済的なコンパクトカーというのが一般的だったのですが、その市場を軒並みVWやブリティッシュ・モータースの様な輸入車に奪われていたのでした。

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バリアントというと、角ばってシンプルな造形…という印象がありますが、初期のモデルは、こんなに凝った造形だったのです!

写真は、テールランプの形状から、62年モデルと推測できます。

元々は、独立したバリアントというブランドで登場したのですが、翌61年以降、プリマス・バリアントとなっています。

エンジンは、クライスラーの定評ある2.8リッターと3.7リッターの直6、車体も全長4670mm、全幅1790mmと、当時のアメリカ車としては、異例なほどコンパクトなものでしたが、何度も独特な存在感があり、以外と小さく見えないのが面白いところです。

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かつて、ウルトラマンの様な特撮には、色々な車が使われました。インペリアルを改造したポインターなんかが有名ですが、この車だったら、それこそ何もし無いでも使えそうな気がしますが…。

この特徴的なスタイルを維持したのは、たった3年で、その後はごく平凡なスタイルとなり、北米では76年まで生産されました。

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この車のもう一つの特徴は、北米のみでなく、メキシコ、ブラジル、アルゼンチンといった中南米、オーストラリア、ニュージーランドのオセアニア、スイス、スウェーデンのヨーロッパと、非常に広範囲で生産されたことでしょう。

特にオーストラリアやニュージーランドでは、ホールデン、フォードに並ぶブランドとして定評があり、アメリカで生産中止になった後も生産され続け、クライスラーがオセアニアから撤退した81年頃まで生産されていました。

非常に地味な実用車という印象の強い同車ですが、当初はこんな大胆なデザインをしていたのは、何とも興味深いところです。
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1936年型プリマス

プリマス
09 /15 2014
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こんなのを見かけました。
36年型プリマス・・・。

プリマスは、クライスラーの大衆ブランドに当たりますが、中級ブランドのダッジは、クライスラーよりも長い歴史があるのに対して、コチラはクライスラーによって28年に設立されたブランドで、独自の歴史はありません。

クライスラーというと、34年に登場したエアロフローで、他社に先駆けて流線型のスタイルを採用しましたが、当初は否定的に取られました。

しかし、この頃になると、他社もそれに追従する様になったものの、やはりクライスラーのソレは、一歩先を行っている印象があります。

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因みにプリマスとは、メイフラワー号によってアメリカに来た清教徒が最初に入植した土地で、帆船の様なエンブレムは、メイフラワー号をあしらった物です。

しかし、この頃のアメリカ車は、上品な佇まいの物が多いですね。メカもサイドバルブの直6エンジンという古典的なものですが、50年代のソレとは全く違った豊かさが、そこに感じ取れます。

プリマス・ネオン

プリマス
03 /29 2013
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ネオンは、1993年に100万円を切る2リッターカー、ジャパニーズキラーと、日本のメディアが大々的に騒ぎ立てたクライスラーの小型車でした。

日本では、クライスラー・ネオンの名前で販売されましたが、北米では、ダッジとプリマスから販売されていました。

既にこの車も登場から20年近く経ち、元々品質が良くなかったこともあり、本当に見かけなくなったものです。しかも、プリマスとなると、余計に珍しい存在でもあります。

ところでこの車、この丸目ヘッドライトが大きな特徴となっていますが、その発売当時、雑誌で発売前のプロトタイプが掲載されていましたが、実は開発のかなり最終段階まで、通常の角型ヘッドライトであったのです。

見た目、同時代のカローラの様にも見えるのですが・・・・デザイン的には、そちらの方が、カッチリとして見えるものの、この丸目の方が、やはり個性的と言えば個性的です。
一応このデザインは成功だったと言えるのでしょうが、どちらにするか、最後までかなり迷った様なのです。

プリマスというブランドは、2000年に閉鎖されていますが、そのプリマスブランド最後の生産車が、次期モデルではありますが、プリマス・ネオンでした。

この車は、ニュージーランド時代、社用車として、顧客の車として、仕事で随分と乗った一台なのです。
一頃、会社の移転に伴い、社内で車検が行えない時期があり、このネオン(社用車)を車検場に持ち込んだことがありました。

丁度その日、会社で検査員の試験が有り、同僚がこれから実技試験を受ける・・・・という時に、そのネオンが車検場から帰って来たのです。

そして試験官曰く、「この車でテストをやる」と・・・・。

結果、車検場で合格したばかりの車だったのですが、今度は、それを落さざるを得なかったのです。

その試験官は、地域の車検を管轄している人物なので、その車検場にも話しが行き、大いに問題になりました。

サスペンションのブッシュが一箇所破損していたのですが、やはりそういった細かい部分が稚拙で、購入価格は安くても、維持費の高い車の典型でした。

当時のお客さんで、エンジンオイル漏れを放置して、エンジンが焼き付き、替わりのネオンを購入したものの、半年後、今度はミッションオイルの漏れを放置して、オートマを焼き付かせた・・・というツワモノも居ました。

OHCの2リッターエンジンに3速オートマ・・・当時の日本では、考えられない位古典的なメカでしたが、その割りに走りは活発で、高速を走っても、3速オートマで不自由を感じることはありませんでした。少なくともカローラよりは余程乗っていて楽しい車でしたが、その品質が残念な車でした。

プリマス・プロウラー Plymouth Prowler 21世紀=レトロ時代への布石?

プリマス
01 /14 2011
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プリマス・プロウラーは、93年のデトロイトショーで発表されたコンセプトモデルを、ほぼそのままの姿で97年から発売されました。

ホットロッドかドラッグレーサーそのままといった姿は、改造車でも何でもなく、全てオリジナルのものです。

オマケに、少量生産ゆえに安全性等の基準が緩和された訳でもありません。確かによく観察してみると、転倒時に乗員を保護するためのロールバーが各シート後方に装備されるなど、ちゃんと作られています。

エンジンは、同時代のファミリーセダン、LHカーの3.5リッターV6をチューンしたもので、前後の重量配分を50/50にする為に、トランスミッションが後方に装備されているのが、アメリカ車としては珍しいところです。

それにしても、私にとって一番疑問なのが、何故この車が「プリマス」として発売されたのか?・・・・です。
伝統的にクライスラーは、スポーティーな車は「ダッジ」ブランドで発売するのですが・・・・・恐らくダッジには、既にバイパーが有ったこと、そして、当時部門閉鎖の噂の絶えなかったプリマスに話題を呼びたかった・・・・こんな所なのかも知れません。

残念ながら、プリマスの再建は叶わず、2001年にプリマスが閉鎖されると、最後の1年間は、ブランド名をクライスラーに変えて販売されました。

さて、この車一体マーケットに於いて、どの様な意味が有ったのでしょうか?
このデザインが発表されたのは93年、前年に、ダッジ・バイパーが発売されたこと、そして、新型マスタングが若干レトロ嗜好に舵取りをしたのと、ほぼ時期を同じくしています。

ただ、このプロウラーは、他者と比べて圧倒的に市販車らしからぬ出で立ちであった上に、もう一つ、圧倒的に古典的なデザインでもあったのです。
因みに同時代のクライスラーといえば、アメリカでは、デザイン的に革新路線の先頭に立っている時代でもありました。
後にクライスラーは、PTクルーザーの様な古典的なスタイルを出しますが、もしプロウラー無しに、いきなりアレが発売されていたとしたら、どうだったでしょうか?

何もPTクルーザーを売る為にプロウラーを発売したと言いたいのでは無く、レトロデザインというものを、一瞬のうちに世間に知らしめ、強烈な印象付けを行う・・・・それだけのインパクトは十分に有ったと思います。

そう言った意味で、後のPTクルーザーを皮切りに、クライスラー300系、ダッジ・チャレンジャーといった一連のレトロデザインの布石になったのでは?と私は個人的に考えています。まあ、レトロデザイン自体は、余り賛同できないのですが・・・・。

こんな特殊極まりない車にしては、5年間のトータル生産台数が11,702台というのは、意外と多い気がします。

americancars4ever

アメ車のブログとして開設して11年目、車以外にも様々な身の回りの話題を取り扱っています。