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LP文化の崩壊

映画・音楽
12 /09 2018
 - Absolute Ego Dance... YMOと言えばライディーンとテクノポリスを目当てに買い、そして皆口を揃えてコレがベストだと言ったものです。


CDが発売される以前、音楽といえばレコードでした。
シングルとLPがありましたが、シングルは2曲で600~700円と、かなり割高で、故にトータルで割安?なLPを買ったものでした。

レコードの時代は、CDの様に視聴してから買うことも出来ず、好きな曲一曲を目当てに2500円程の大金を支払ったものでした。

最初は当然目当ての曲ばかりを聞くのですが、段々最初から最後まで聴く様になると、目当ての曲よりも、余り知られていない、シングルカットされていないアルバム曲の方が好きになる…という事も少なくありませんでした。

反面、目当ての曲以外「何だコレ?」という感じで放置していて、しばらく経ってから聴いたらハマった…という事も、また少なからずありました。

今から考えると、LPを買うというのは博打の様なモノでした。一曲の為にシングルではなく敢えて高価なLPを買う…ソレは賭け以外の何物でもありません。

中には一曲も知らずに購入して「何だコレ???」となったアルバムもあります。
コレもしばらく放置後に聴いてみたら、またしてもハマり、本当に擦り切れるまで聴いた例もあります。

今日、ネットの発達で、簡単に色々な音楽を聴ける様になりました。
しかし、同時に知っている音楽しか聴かなくなった様な気がします。

CDを買うなんてことは本当に無くなりましたし、買うとしても、またしても知っている曲ばかりのベスト盤…敢えて言えば、金を払って好きな曲をダウンロードする…ソレも手軽なんですが、本当に好きな曲、既に知っている曲しか聴かないことになるのです。

かつてのミュージシャンは、一曲歌うのに丸一日潰れるテレビ出演を嫌う人が大勢いました。僅か一曲で自分たちを判断して欲しくない…というのが理由だったのです。

ところが今日、アルバム文化が崩壊したことにより、その当時以上に有名な曲だけで判断される様になってしまった様です。ミュージシャンとしてもやりにくい時代ですね・・・。

そういう意味でも、何とも味気のない時代ですね・・・。
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ロックの創始者、チャック・ベリーさん死去

映画・音楽
03 /19 2017

【ニューヨーク時事】ロックンロールの創始者の一人として知られる米ミュージシャンでギタリストのチャック・ベリーさんが3月18日、中西部ミズーリ州セントチャールズ郡の自宅で死去した。90歳だった。

米紙ニューヨーク・タイムズ(電子版)などが伝えた。  

救急の通報を受け、ベリーさんの自宅に駆け付けた救急隊員が反応のないベリーさんを発見。救命措置を施したが、その後、死亡が確認された。  

1950年代に反抗心や若者について歌い、ビートルズやローリング・ストーンズをはじめとする後生のアーティストに絶大な影響を与えた。

特徴的なギターリフでも知られ「ロール・オーバー・ベートーベン」(56年)、「ジョニー・B.グッド」(58年)をはじめとする代表曲は、世界中のアーティストにカバーされている。  

ミズーリ州セントルイス出身。53年にクラブで活動するバンドにギタリストとして参加した。55年に「メイベリーン」でデビューし成功を収め、その後も「スイート・リトル・シックスティーン」(58年)など数多くのヒット曲を飛ばした。
  
60年には未成年者を不適切な目的で連れ回した罪で有罪になり、服役した。63年の釈放後も「ノー・パティキュラー・プレイス・トゥ・ゴー」(64年)などの曲を生み出した。  

86年にロックの殿堂入り。その際、殿堂は「ロックンロールの創始者を誰か一人に絞ることはできないが、最も近い存在はチャック・ベリーだ」と功績をたたえた。  米映画「バック・トゥ・ザ・フューチャー」第1作(85年)の中で、85年から55年にタイムスリップした主人公がエレキギターを持ちステージ上で奏でる曲が「ジョニー・B.グッド」。全く新しい演奏法をベリーさんに伝えたというパロディーになっており、ロック草創期におけるベリーさんの存在の大きさを80年代の若い世代にも再認識させた。


日本では、この手のオールディーズというと、少しお洒落な店なら当たり前に掛かっていますが、本場のアメリカでは、この手の音楽を耳にすることは、皆無だと言えます。

最近はオールディーズのチャンネルですら、80年代、90年代、2000年代…という風になっていたりする位ですから…。

今日話しをした知人の70代の人からすると、10代の頃に憧れた歌手ということで感慨深いものがあった様ですが、伝説の人物という割には、どうもその扱いが大きいとは言えません。

それだけ、この手の音楽は、年寄り専用という扱いで、見向きもされない存在でしか無いのです。

日本がまだ貧しかった頃、圧倒的な経済力を見せ付けたアメリカ、ソレは車、家電、映画、そして音楽として、多くの日本人にも親しまれたのです。

今やオスカー賞ですら、ゴミみたいな音楽しか耳にしない今日、物価ばかりが高くて内容の無い国へと落ちぶれたアメリカを目の当たりにすると、やはりこの時代こそが、文化の面でも、経済の面でも、アメリカの全盛期であったと言えるのでしょう。

トランプ大統領という全く素性の分からない、先の読めない大統領を擁する今日のアメリカ、そして、チャック・べリー氏の死は、古き良き時代との決別の様にも思えてしまいます。

ワイルド7

映画・音楽
04 /11 2016
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http://channel.pandora.tv/channel/video.ptv?ch_userid=songokuu12&prgid=35247632&categid=32671141&page=2&ref=ch&lot=cthum2_1_2

ワイルド7は、先日亡くなった望月三起也氏の漫画を原作としする実写ドラマです。

ワイルド7とは、元凶悪犯の7人によって構成される特殊部隊で、法では裁けぬ悪党を、裁判にかけずに殺すことを目的として結成された集団です。

世界征服を企む秘密結社ブラック・スパイダーとの戦いを描いたものですが、全体的な雰囲気は、仮面ライダーや、その他の戦隊モノのソレに近いものになっていますが、当然変身や何かは無く、あくまでも人間が主体となっており、マシンガンとバイクのアクションがメインの見せ場となっています。

しかし…当時の特撮では、バイク=スズキとなっており、スズキGT750がメインに使われています。まあ、コレ自体は悪くは無いものの、やはり原作では、ホンダCB750やハーレー等、様々なバイクが使われていたのに比べると、若干面白味に欠けると思います。

それにしても…世界征服を企む組織と戦うのが、アメリカ人じゃなくて日本人…というのも、些かムリがありますし、あのGT750が、あの手の派手なアクションに向いたバイクだとは、決して思えないとか…突っ込みどころは満載なのですが、それでも観ていてなかなか面白いですね。

只、30分ものの実写のアクションモノという縛りからか、原作に比べ、対象年齢が下げられているのではないでしょうか?

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オープニングもエンディングも、実にカッコイイ歌ですし、画像も然り。
しかし、最後の「オートバイは、正しく乗りましょう」っていうのは、何とも笑えますね・・・この辺りからすると、16歳以上も対象になっていたんでしょうか?

この番組に関しては、本放送以来、一度も再放送の類を観たことがありませんでしたが、インターネットのお陰で、実に40数年ぶりに観ることが出来ました。

改めて、原作も読んでみたくなりました。

元「たま」の石川浩司、まさかのアイドルデビュー

映画・音楽
03 /22 2016

ロックバンド「たま」の“ランニングの人”として有名なミュージシャンの石川浩司(54)がアイドルデビューすることがわかった。

たま解散後もソロ活動のほか、インストバンド「パスカルズ」や2人組ユニット「ホルモン鉄道」など様々な活動で存在感を発揮している石川。今度はなんと10代の女性アイドル2人とともに3人組ユニット「えんがわ」を結成した。

18日にツイッターで「アイドルデビューすることになりました。「えんがわ」という3人ユニットで17歳、19歳、54歳です」と発表した。メンバーは、アイドルグループ「あヴぁんだんど」の宇佐蔵べに、「ベルリン少女ハート」のカイ、そして石川だ。「あっ、ジョークとかじゃないよ」とのことで、4月20日にシングル「おばんざいTOKYO/オー・シャンゼリゼ」を発売する。

「五十を過ぎて突如アイドルに抜擢されるとはのう。人生何が起きるか分からん…」と自身でも“まさか”のアイドルデビューに驚いているようだ。


 
「たま」といえば、何とも訳の分からない様で、しかも、その不気味でフワフワした感じが強烈な印象を残したバンドです。

バブルの頃、一世風靡した深夜番組「いか天(いかすバンド天国)」で5週連続勝ち抜き、メジャーデビューを果たしました。

たま・・・というと、一般的にバブルを象徴する様に言われていますが、私に言わせれば、「バブル崩壊」の象徴だと思います。

前年まで、景気のいい話ばかりで、正に破竹の勢いであった日本経済・・・翌90年も、まだまだ景気のいい話で溢れていたものの、株価の下落等、下向きの話しも出始めた頃でした。

世界に目を向けると、ベルリンの壁が崩壊し、冷戦が終結。そして、イラクのクウェート侵攻に端を発する湾岸危機…新しい世界秩序の誕生と共に、新たな火種の生まれた年でもありました。

90年代という新しい年代を向かえ、「平成」も二年目になり、繁栄の中にも、先行きに対する漠然とした不安を緒覚え始めた時期でもあり、この詩的な様で、訳の分からない歌詞、そして、その個性的なビジュアルは、そんな空気と合致していたのだと思います。

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正にこんな世界観なんじゃないでしょうか?


訳の分からない歌詞も、どこか絵画のダリかマグリットの様な、不思議な世界観に溢れています。

石川氏といえば、山下清画伯の様な格好をしたドラムの方ですが・・・その方が、アイドルと・・・この突拍子の無さこそが、この人の個性なのだと思いますし、この唐突さも、面白くて良いですね。

久々に「さよなら人類」を聞いてみたくなりました。
しかし、改めて聴くと、物凄く演奏が上手いバンドですね・・・。

槇原敬之 邦楽崩壊の予感・・・

映画・音楽
01 /16 2016
接着剤…もう少しマシな表現無いの…?


ウィークデーの午前中、テレビでは高田純次が散歩番組をやっています。
番組の内容はともかく、そのオープニングを聴いた時、唖然としました。

ファンの方には申し訳ありませんが、私は、槇原敬之こそが邦楽の崩壊の引き金を引いた張本人だと思っているのです。

90年代初め頃でした。とあるグループで長距離ドライブに行った時、その中の一人が、槇原敬之のカセットを持っていたのです。

その時の印象は、「言わんとしている事は悪くないんだが、言葉遣いが稚拙」、「何となく鬱陶しい」というものでした。

それ以来、その事も忘れていたのですが、程なくして、彼をテレビでも目にする様になりましたが、やはり印象は同じでした。
当時、実家の母がそれを観て「この人、国語力が無いんじゃないの?」と、私が何も言わないうちに、そう口にしたのを覚えています。

それまでの邦楽というものは、プロの作詞家が練りに練って作った、所謂「文語調」が主体でした。別に作詞のプロという訳でなく、例えば谷村新司、さだまさし、松山千春、もう少し新しくても杉真理といった、所謂シンガーソングライター達は、ソレが当たり前に出来ていたのです。

要するに、短歌や俳句といった、日本古来の詩歌に通じるものでもあったと思います。

それが槙原氏の場合、言葉が会話調というか、話し言葉や説明文調なのに、先ず驚きました。その上にリズム感を感じないのです。
良く言えば、理解し易いともいえますが…。

例えば暗いと言われるさだまさしの曲にしても、非常にシッカリとしたリズム感は存在するのですが、どうも槙原氏の曲からは、それを感じないのです。

この辺りからだと思います。小学生の作文程度の文章力で作詞をする「ミュージシャン」とやらが増えたのが・・・。

プロの作詞家が居なくなった・・・80年代と90年代の音楽の最大の違いはそこだと思います。
そして、その後、小室による音楽の量産体制が確立し、CMとのタイアップによりミリオンセラーを連発し、その流れは一層加速していくことになり、今日に至っています。

そう言えば、昔、某スキー会社のCMやってたキンキン声の女性歌手の歌も、そんな感じでしたね。

私が小学生の時、担任のI先生が、「詩は説明文じゃない!」という名文句を仰いました。今日、改めてそれを思い知らされる気がします。

americancars4ever

アメ車のブログとして開設して11年目、車以外にも様々な身の回りの話題を取り扱っています。