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クライスラー・ ルバロン・コンバーチブル

クライスラー
08 /20 2019
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先日、久々にクライスラー・ルバロン・コンバーチブルを試乗する機会がありました。

前回乗ったのは、20年以上前の話です。
中古車屋での試乗だったのですが、まず周りに並んでいる車と比べて、結構大柄に見えたのが意外でした。この車に関しては、当時も現在街で見かけても、大柄な印象は全く無かったので、意外でした。

室内に入ると、ヨーロッパ的な包まれ感と、アメ車のフワフワ感が絶妙なバランスです。インパネはアメリカ的ではなく、ヨーロッパの大衆車といった感じでしょうか?

実際に走り出してみると…取り回しも悪く無く、意外な程カッチリとした感じなのです。

走りもアメ車的なフワフワではなく、ヨーロッパとアメリカのいいとこ取りみたいな印象でした。

記憶のソレとは少し印象が異なったのですが、まあこの年代であれば、一度や二度ショック交換もされているでしょうし、当時でも、グレードによってサスが違うことも当たり前にあったので…。

そして前述した通り、車体が結構カッチリとしていて、結構悪い路面を走っても、若干屋根の辺りがミシミシいう程度で、ダッシュ周りに軋み音も一切ありませんでした。

コンバーチブルといえば、10年ほど前に乗ったセリカですが、このルバロンと同世代ながら、その当時ですら、まるでゴミ箱をひっくり返したように、ありとあらゆる異音が聞こえたものでした。

トヨタでさえアレなんだから...しかも30年も経ったクライスラー…なんて思っていた所、ルバロンの方が上でした!

ルーフの開閉もスムーズですし、リアウィンドウもガラスで視界が確保されていますし、遮音効果も悪く無く、本当にコンバーチブルに乗っているのを忘れる位でした。

リアシートも、フロントシートを一番後ろにした状態で、まあ問題なく座れるスペースはあります。今のカマロやマスタングよりも良いですね。

高速走行はできなかったのですが、オープンでもクローズでも、結構悪くない...というか、やはりあの当時のアメリカは、結構侮れない技術を持っていたのかも知れません。

この車体で気になったのが、リバース時にクリープが無い事、ミツビシのv6エンジンという辺りでパスしましたが、程度が良いのが有れば今更ながら悪くないと思った次第です。


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1948年 クライスラー・ニューヨーカー

クライスラー
09 /20 2018
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バイクで海沿いを走っていたら、物凄くボロボロな古い車が停まっているのを発見!

バイクを停めて見に行きました。

一面ホコリとサビに覆われていますが、窓はキレイですし、タイヤも新品です。そしてナンバーも付いており、その事からも実働車だと分かります。

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見ながら写真を撮っていると、5人ほどの人だかりになりました。

色々と話しているうちにオーナーが戻ってきて話を聞くことが出来ました。

60代と思われる男性でしたが、その方が高校生の時に初めて購入した車だった…ということでした!

48年式クライスラー・ニューヨーカーで、1972年、高校生の時に購入した最初の車だったそうです。それから暫く乗った後、ずっと数十年ガレージに放置された後、2週間前に路上復帰したそうです。

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72年というと、当時既に24年前の車だったことになります。当時は今のようにレトロ志向なんていう発想は皆無の時代で、新車こそが素晴らしいと皆が皆信じていた時代です。

そんな時代、恐らく物凄く安く手に入れたのでしょう。

トランスミッションは、トルクコンバーターを使ったセミオートマチックということでした。

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このフルードドライブと呼ばれるセミオートマチックは、通常のマニュアルトランスミッションにトルクコンバーターと通常のクラッチを組み合わせたもので、シフト操作自体はクラッチを使用した通常のマニュアルなのですが、発進時にエンストしない、停車時にクラッチを踏まなくてもエンストしない…という感じで、要するにマニュアルに付き物の発進時、停止時のエンストを無くした…という程度のモノでした。

本格的なオートマチックは1940年のオールズモビルに初めて採用されていますが、当時の技術レベルでは、やはりフルードマチックの方がシンプルかつ確実だったのではないでしょうか?

エンジンはサイドバルブのストレート8…非常に長いボンネットが特徴的です。

数十年ぶりにガレージから出して復活させたそうですが、かなり苦労された様です。そして、この車をレストアするよりも、程度のいい同型車を買った方が遥かに安いとも・・・。

この感じからして、オーナーは余程高齢か、少しヤバイ人間か…と予想していたら、遥かに若く、しかも感じの良い方だったので、逆に驚きました。

世の中古い車は沢山あっても、これだけ長期間一人のオーナーが所有し、しかもその方の最初の車だった・・・非常に珍しいケースですね。

走り去る時、エンジンが非常に静かでバランスよく回っているのが印象的でした。

今日、この手の車というと、レストアされてキレイになっているものが殆どですが、こうやって当時の雰囲気を残しているのも貴重ですね・・・クラシックカーフェアなんかに持っていけば、恐らくレストア車よりも注目を集めるんじゃないでしょうか?

因みにこの48年までが戦前モデルの焼き直しで、翌49年から、本格的な戦後モデルとなり、ボディースタイルも大きく変わっています。

ダッジ・ランページ

ダッジ
06 /19 2018
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こんなのを見かけました。

前から見ると、懐かしさを覚える80年代初頭のダッジ・・・?

ところが、横から見ると…!
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正直こんなの初めて見ました。
確認してみたところ、ダッジ・ランページという名前でした。

調べてみたところ、生産期間は82~84年の僅か2年で、ダッジ・オムニ024の兄弟車でした。

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ダッジ・オムニというのは、78年に発売されたコンパクトFFハッチバック車で、クライスラーヨーロッパのシムカによって開発されたモデルでした。

ヨーロッパでは、シムカやタルボットのブランドで販売されましたが、寸法的にもフォルクスワーゲン・ゴルフに近いものでした、

そして、オムニ024というのは、ゴルフに対するシロッコの様なモデルで、若干スポーティーなデザインを纏っていました。

そして、そのトラック版が、このランページという訳です。

エンジンはクライスラー製2.2リッター一本で僅か96馬力。オムニ024には、フォルクスワーゲン製の1.7リッターエンジンも設定されていたのに比べ、より排気量からくる余裕を重視した設定なのでしょう。

因みに普通のオムニには、シムカ製の1.6リッターOHVエンジンも用意されていました。

プリマス版のスキャンプも翌年登場しています。

寸法に関しては、ランページのデータは無いのですが、オムニ024の場合、全長4419mm、全幅1694mmと日本の5ナンバーサイズに収まっています。

80年代初頭、コンパクトカーは売れるようになっていたものの、トラックでしかもFFというのは、少し早すぎたのでしょう。
生産台数は、ランページが37401台、スキャンプが2184台と、大変に少なかった様です。

道理で今まで一度も見たことがなかった訳です!

現在、バンクーバーで時々日本の軽トラックを見かけることから考えても、今だったらそれなりに売れる様な気もしますが…。

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2006年には、同名のコンセプトカーがデトロイトショーで出展されていますが、オリジナルとは何ら関連性の無いモデルです。


71年クライスラー・ニューヨーカー

クライスラー
11 /12 2017
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写真は、71年型クライスラー・ニューヨーカーです。

60年代のクライスラーというと、何処かゴテゴテして、正直イマイチな印象があるのですが、69年に発売されたこの世代から、グッとフォーマルな雰囲気になりました。

この頃のクライスラーデザインの特徴は、フロントマスク全面がバンパーになっていることで、後のニッサンが、好んで取り入れましたが、アチラは、単にクロームで縁取りで、ソレッぽくデザインしているだけでした。

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テールランプを埋め込んだバンパーは、同時代のビュイックなんかも好んで採用したものですが、5マイルバンパーの登場と共に消え去りました

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スパッツ付きのリアフェンダーは、クライスラーのアイデンティティーであり続けました。

デザイン的には大きく変貌を遂げて世代ですが、内容的には、65年に登場した先代の改良に留まっています。

エンジンは440 cu. in.(7.2リッター)のV8、ソレをロックアップの無い3速のオートマで引っ張るんですから、燃費は凄まじいものです。

80年台、リー・アイアコッカ体制のクライスラーは、一つのシャシーで何でも作ると言って批判されていましたが、実は既にこの頃のクライスラーも、そうだったのです。

このCボディーと呼ばれるシャシーは、ホイールベースを変えながら、上はインペリアルから、下はプリマスまで流用され続けたのです。

74年からは、より直線基調の、開閉式ヘッドランプを採用した新しいデザインになりますが、この辺りからが、何処と無くリンカーンを思わせるスタイルになっていきました。

しかし、ダウンサイズされ、品質問題が極端に低下する以前のアメ車って、文句なくカッコイイですね。

純正のホイールにホワイトリボンタイヤ、白のビニールトップが実に良い味を醸し出しています。

やはり国際化とか言って、こういう良い部分までも捨て去ってしまったのが、今のアメリカの根本的な問題なのだと、改めて思います。

その国際化とやらは、人材にまでも及んでおり、最早アメリカ人がアメリカ車をデザインする時代ではないのですが、こんなのを目の当たりにすると、改めて今の車が不甲斐なく見えてしまいます。

アメ車の存在感、ますます希薄に あのブランドも日本撤退へ

クライスラー
08 /27 2017
「クライスラー」が2017年中にも日本国内で販売を終了することになりそうだ。フィアット・クライスラー・オートモービルズ(FCA)はクライスラーの日本市場撤退を検討している模様で、今後はスポーツタイプ多目的車(SUV)の人気ブランド「ジープ」のみ、日本国内で販売することになりそう。日本国内で米国車は人気がなく、フォードも2016年に撤退している。かつての米ビッグスリーのうち、ゼネラル・モーターズ(GM)は販売を続けるが、日本市場でアメ車の存在はますます希薄になりそうだ。

 現在、FCAの日本法人がクライスラーブランドで販売しているのは高級セダン「300S」の1車種のみ。2000年代には日本でもユニークなスタイルで人気を博した「PTクルーザー」を販売。イタリアのフィアットが資本参加後は、ランチアの小型車「イプシロン」を「クライスラー・イプシロン」として日本でも発売したが、2014年で販売を終了していた。

■クライスラーの国内販売台数

 クライスラーの日本国内の販売は、ピークだった1996年は1万7400台だったが、直近の2016年は300台以下に低下。FCAとしては、これ以上、日本市場にとどまるのは得策でないとの判断に傾いているようだ。

 かつて米ビッグスリーの一角を占めたクライスラーは、1998年に独ダイムラー・ベンツと合併し、ダイムラー・クライスラーとなった。米国で2004年に登場し、その後、日本でも販売した300シリーズはダイムラー・クライスラー時代の開発で、メルセデス・ベンツと一部の部品を共有するなど、アメ車ながらもドイツ車の影響を受けたモデルとして一定の存在感があった。

 しかし、クライスラー部門はその後、世界的な販売不振などで2007年にダイムラーと分離。リーマン・ショック後の2009年に経営破たんし、北米への足がかりが欲しかったイタリアのフィアットに事実上、救済される形で経営統合した。
ジープブランドはなお一定の勢い
 今も東京都内ではアメ車らしいグラマラスな300シリーズのほか、クラシカルなPTクルーザーの姿を見かけるが、日本の輸入車市場は圧倒的にメルセデス・ベンツやBMW、フォルクスワーゲン、アウディなどドイツ車に席巻されているのが現実だ。

 現在、日本国内でクライスラーとジープの看板を掲げる正規ディーラーは、ジープの看板に統一する方向という。ジープは現在、日本国内で6車種を販売。伝統の「ラングラー」「チェロキー」に加え、初のスモールSUV「レネゲード」を発売するなど、ジープブランドはなお一定の勢いをキープしている。


前回日本に帰った時、見掛けたアメ車というと、クライスラー300、ダッジ・チャージャー、ジープ系という感じで、GMやフォードを全く見掛けなかったのに対して、クライスラーは比較的頑張っている?という印象が有りましたが…。

比較的見掛けた?とは言っても、台数的には全く話にならないレベルなのは確かなのですが…。

まあ、クライスラー300系は、見た目とは裏腹に、品質も酷いもので、コチラでも一頃結構人気あったものですが、今では全く見掛けなくなりましたし、特に現行モデルなんか、本当に見掛けません。

現地ですら売れないんですから、日本で売れなくても当然。まあ、撤退は止むを得ないといった所なのでしょうが、フォードと違ってジープが残るのが、せめてもの救いですね。

因みに96年というと、ホンダがジープを売っていた頃ですね。ソレを取り上げてから、大いに販売が失速したのですが…。

あと、ネオンやLHカーなんかが販売されていた時期ですね。

americancars4ever

アメ車のブログとして開設して11年目、車以外にも様々な身の回りの話題を取り扱っています。