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ポンティアック・パリジェンヌ

ポンティアック
11 /13 2019
Pontiac Parisienne

ポンティアック・パリジェンヌというのは、GMカナダが販売したポンティアックの最上級モデルでした。

59年モデルが最初でしたが、当時のポンティアックはシボレーよりも一回り大きかったのですが、パリジェンヌはボディーサイズはシボレー・インパラと同じ小型のものに、外装や装備をアメリカのポンティアック・ボンネビルと同様にグレードアップしたものでした。

以降アメリカではボンネビル、カナダではパリジェンヌとして販売されていましたが、77年に発売された写真のタイプは、先代よりも大幅なダウンサイズを受けており、既にボンネビルとの差は無くなっていました。

Pontiac Parisienne

尚、この世代は、唯一アメリカで販売されたパリジェンヌでもありました…というのは、82年モデルでボンネビルがインターミディエイトにダウンサイズされたものの、その後の原油価格の低下でフルサイズの売り上げが回復したことから、84年に急遽アメリカでも販売される様になったのです。

セダンの他にクーペ、ワゴンも用意されていましたが、この頃になると、本当に各ブランドの個性は薄まり、特にこのグリルなんかを見ても、オールズモビルと大差ない…という有様でした。

Oldsmobile-88.jpg
 - オールズモビル88… 正直違う車には…

しかし、この色といい、ビニールトップといい、やはりシボレーよりもワンクラス上…という雰囲気には仕上がっています。
そして、この世代は最後にポンティアック製のエンジンが用意された事でも知られ、それ以降は全てシボレー、ビュイック等、他ブランドからの流用になりました。
この辺りは20数年前、私が初めてバンクーバーに来た当時、シボレー、オールズモビルと並んでタクシーとして使用されていましたが、既に現地の人は、あんなの皆同じ…という扱いで、既にその当時、GMのブランディングが意味をなさなくなっていたのです。

ポンティアックというブランドは、60年代にスポーティー路線に走る以前は、どちらかというと上品で女性向けというイメージのブランドでした。ボンネビルはそのスポーティー路線の走りとも言えますが、同時にこのパリジェンヌは、その名前からして旧来のイメージの名残りの様に思えますし、その名前故か、この車にスポーティーな印象はありません。




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シボレー・コルベット C2

シボレー
11 /10 2019
Chevrolet Corvette C2 front view


シボレー・コルベットが登場したのは1953年、第二次大戦中、そして戦後に渡ってヨーロッパに駐留した多くのアメリカ兵にとって、彼の地のスポーツカーは、アメリカにはない類のもので、大変に魅力的に写り、ソレをアメリカに持ち込む人が大勢いました。

そのMG、ジャガー、アルファロメオといったオープンタイプのスポーツカーをアメリカ流に解釈したのが初代のコルベットでしたが、FRPボディーという新技術にトライしておきながら、エンジンは旧式の直6、トランスミッションは2速のATという、要するにカッコだけの車でしたが、55年にはスモールブロックV8エンジンと3速MTの搭載で、スポーティーに方向転換を行いました。

同じく55年には、フォードからサンダーバードが発売され、両者ライバル同セグメントに位置していましたが、サンダーバードは58年には4シーターになり、全く別の車になりました。

コルベットは2シーターに留まったものの…。

63年に発売されたのが、2代目のC2、通称スティングレーです。
先代がヨーロッパのスポーツカーの様なコンバーチブルであったのに対して、C2はクーペがメインでになったのが大きな違いです。

そのデザインは、同名のレーサーをベースにしたもので、先代モデルとの関連性はありません。
そして63年モデルのクーペでは、リアウィンドウが2分割された「スプリットウィンドー」が有名な所です。

Chevrolet Corvette C2 rear-view


FRPボディーは継承し、リトラクタブルライトもデザイン上の大きな特徴となっています。

コルベットの歴史を見ていると、初代だけは完全に別の車であり、このC2こそが現在まで続くコルベットの原型だと言えるのでしょう。

写真は街で見かけたものですが、本当にこういうの、見なくなりました。そして久々に目にしたソレが、現在の車を見慣れた目には、非常に小さな車に見えました。

全長 4,448mm
全幅 1,768mm
全高 1,265mm

結構なサイズながら、やはり全高の低さが目に付きます。

この世代は、クーペが主力という風に言われて居ますが、現在目にするこの世代は、コンバーチブルの方が多い様な気もするのですが…。

ライバルであったサンダーバードは、早々と4シーターになり、後に高級クーペと姿を変えたのに対し、コルベットはよりスポーティーな車へと変貌し、アメリカ製2シーターは成功しないというジンクスをモノともせず、現在に至るまで、アメリカ唯一のスーパーカーとして知られています。

その調度転換点に当たるのがこの車…ということになります。

427ターボジェットというエンブレムが付いていることから、ビッグブロック7リッターV8エンジンを搭載した後期型の様です。ターボジェットと言ってもターボが付いていない辺りがアメリカですね…。

このモデルは67年まで生産され、翌年C3にモデルチェンジしますが、67年と言えばカマロが登場した年です。その差別化もあり、コルベットはより高級、スポーティー路線が加速することになります。

オールズモビル・オーロラ最終型

オールズモビル
09 /02 2019
オールズモビル・オーロラ

1995年に登場したオールズモビル・オーロラは、熟年ブランド化したオールズモビルのテコ入れを目標とした全く新しい高級車で、登場時に明確に、従来の市場は無視したと発表された程でした。 

かつて、高性能を売りにしたオールズモビルも、その地位をポンティアックに奪われ、ビュイックの兄弟車に成り下がってからは熟年ブランドと化しており、それからの脱却が至上命令でした。しかし、その試みは成功したとは言えず、同時期に兄弟車として登場したビュイック・リビエラも同じことでした。 

2000年に登場したのが、この新型オーロラでした。
当初は次期リビエラも共同開発される予定だったものが凍結されたことで、開発資金が大幅に減り、当初予定されていた88の次期モデルも同時に開発される予定だったのも却下され、オーロラのみが発売に漕ぎ着けました。 

オールズモビル・オーロラ リア

この世代の特徴は、従来と同じ4リッターV8の他に、3.5リッターV6が設定されたことですが、コレは元々、88の次期モデルの為のモノでした。 

このエンジンは、ノーススターから2気筒取り去ったDOHCエンジンで、従来のビュイック3.8リッターとは異なります。 

単なるマイナーチェンジにしか見えないモノの、当初の計画はかなりの規模だったのです。ソレが縮小されて単なるマイナーチェンジになった…といった所です。 

デザイン的にも、個人的に先代のソレは楕円トーラスに通じるものがあって好きでなく、こちらの方がバランスは良いと思うのですが…同時に個性も薄れた様な気がします。  正直、下級モデルのイントリーグと大差ない様に見えてしまうのです。 

発売とほぼ同時期にオールズモビルの閉鎖が発表されたことも、この車の販売にマイナスだったことでしょう。実際に販売面でも振るわず、2003年モデルを最後に生産中止になり、翌2004年には、オールズモビル部門が閉鎖されました。 

オーロラを一言で言うと、全てに於いて空回り… ということなのかも知れません。

従来の顧客を無視した所で、その代わりのマーケットは既に他者に抑えられていて、オールズモビルである必然性が無かったのです。結局残ったのは、誰からも支持されない中途半端な車… 911以降の原油高傾向も、大いに影響があったことでしょう。

ノーススターエンジンの耐久性の問題もあり、現存数は多くない様です。

GMカナダ・オシャワ工場閉鎖

GM
11 /27 2018
GMが、カナダのオシャワ工場を閉鎖することを発表しました。

デトロイトからは車で4時間少々の所にある、国境の反対側のオシャワ工場の歴史は古く、シボレーをメインに生産してきましたが、現在は、キャデラックXTSとシボレー・インパラ、シルバラード、GMCシエラを生産しています。

2522人の従業員全員が失業することになります。

グローバル化・・・噛み砕いて言えば、自社開発の車を諦めて、全てオペルとデーウに丸投げするという事なのでしょうか?

まあ、インパラ、XTSのイプシロン2も、オペルによって開発されたものなので、自社開発とは言えませんが・・・。

インパラに関しては、生産中止にする予定であった様ですが、フォードの乗用車撤退から、その計画を見直した様です。
コレは、カプリスが生産中止になった時、フォードがフルサイズの延命を決めたのと似ています。

インパラは、現在デトロイトでも生産されているので、ソチラに統合するのでしょう。

キャデラックXTSは、現在オシャワ工場と中国の上海なので、コレを機に生産中止になると考えていいでしょう。

トラック系に関しては、今年から生産が始まったのですが、まあ他にも色々と工場があるので、コレも継続となるでしょう。

現在、カナダでのアメ車の販売は絶望的とも言えます。そんな中で、敢えてカナダで生産するよりも、寧ろはるかに販売台数の多い中国の方が重要な市場だということなのでしょう。

まあ、これによって、より一層カナダのアメ車離れは加速することでしょう。逆に作り続けた所でそのシェアが伸びるとも思えないので、ある意味仕方ないとも言えますが・・・。

コレもアメリカへの回帰という事なのでしょうか?
オシャワと言えば、GM創業時からGMと共に栄えた街です。工場閉鎖が地域の経済に与える影響は決して小さいものではありません。

まあ同時に、アメリカ製への回帰…というトランプ政権の掲げるアレなのかも知れませんね…。





オールズモビル・デルタ88・ロイヤル

オールズモビル
10 /30 2018
イメージ 1
 - こうやって見ると、オールズモビルなんですが…

写真は80年代初頭のオールズモビル・デルタ88・ロイアルです。

77年モデルとして登場したGMフルサイズ車は、皆大幅なダウンサイジングを受けており、この車もホイールベースで200mm、重量で410キロという大幅な減量が施されています。

当時のオールズモビルのフルサイズには、Cボディーの98とBボディーの88がありました。

両者の違いは、ホイールベースの長さ(=全長)の違い、装備の差、グリルとテールランプの形状の違いといった所なのですが、正直違う車両と言うのは余りに無理があります。

イメージ 2
 - こうやって見ると、どう見てもシボレーと同じ車です…

そしてこの車の特徴は、ベースエンジンがビュイックの3.8リッタV8となり、V8エンジンも、オールズモビル独自のモノの他にもシボレーのV8も搭載されており、その事が後に「シェビー・モビル事件」として知られる様になりました。

結局この件で、GMは該当のユーザーに対して保証を延長するか、車の交換をするか…という対応をしました。尤も車の交換の場合は、走行距離に応じて支払い金額が発生する為、殆どの人が延長保証を選択したということです。

この世代では、見た目もシボレーと何処が違うの?という位に似通っていますし、更にシェビー・モビル事件によって、GMに車が全て一緒だということを世間に知らしめる結果にもなったのです。

イメージ 3

1981年には、全てのエンジンにコンピューター・コマンド・コントロール・エンジン・マネージメント・システムが搭載され、現在のOBDⅡの原型として知られています。

この車は、私が最初にバンクーバーに来た96年当時、結構タクシーとして走り回っていたものです。バンクーバーのタクシーは、昔からアメリカに比べていろいろな車種が走っています。
アメリカでは、それこそカプリスかクラウンビクトリアばかりであったのに対して、バンクーバーでは、GMでもカプリス、88、アストロといったバリエーションが見て取れました。

しかし当時、既にオールズモビルがシボレーよりも高級と信じている人は皆無で、オールズモビルのタクシーを喜ぶ人が果たしてどの程度いた事やら・・・?

そして現在、こうやって残っているのも圧倒的にシボレーが多く、オールズモビルは本当に珍しいですね…。

americancars4ever

アメ車のブログとして開設して11年目、車以外にも様々な身の回りの話題を取り扱っています。