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リンカーン・コンチネンタル

リンカーン
08 /04 2018
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普段は全く見かけない現行リンカーン・コンチネンタルですが、実は一台、私の職場の近くによく停まっているのです!

コレはリムジンの会社が所有している物で、フォーマルな黒塗りで、いつもピカピカなんですが・・・。

何か色気も素っ気もないんですよね…。

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このスタイルのコンチネンタルの画像を初めて見た時、特にCピラー~リア周りの造形が非常に凝っていて、色気が有るように見えたのですが、初めてバンクーバー・オートショーで実物を目にした時以来、正直別にどうということ無い…と思うのです。

リンカーンというよりは、やはりベントレー辺りの劣化コピー…という雰囲気です。それか、何処かクライスラー300っぽいというか…。

これだけキレイな黒塗りでも、別にどうという事無い…色気も風格も感じない、ただ普通に黒い車…。

しかも中身がトーラスと共用とあっては、これは売れなくても仕方ないですね…。
まあ、フォードの乗用車撤退も決定しており、コンチネンタルの次期モデルも無いということなので、恐らく同時にブランド消滅となる気がしますね~。

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リンカーン・コンチネンタル その後…販売台数

リンカーン
01 /11 2018
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2016年、2003年の生産中止から実に13年ぶりに復活したリンカーン・コンチネンタル。

この車に関しては、発表当時、当ブログでも大きく取り上げましたが、その後、全く取り上げることは有りませんでした。

その理由は…正直、全く見かけないからなのです!
どれ位見かけないか?というと、いままで見かけたのは、カナダ、アメリカ両方合わせて、たったの1台なのです!

2016年に発売されて、2017年は丸ごと一年販売されたのに…一体どの程度販売されたのでしょうか?

先ずはアメリカです。

2016年:5261台  2017年:12012台 …

まあ、あれだけ見ない事を考えれば、ある程度予想は付きましたが、随分と少ないですね…。

では、カナダは?

2016年:174台  2017年:545台!!!

当然この手の車は、バンクーバーよりも、寧ろ自動車産業のあるオンタリオ州の方が多い事を考えると、バンクーバーでの販売は、限りなくゼロに近そうですね!

道理で見ない訳です!

では、同時期に登場したキャデラックCT6はどんなものでしょう?

先ずはアメリカです。

2016年:9160台  2017年:10542台!

初年度がリンカーンより多いのは、リンカーンの統計が9月から始まっているのに対して、キャデラックは3月から始まっている事も関係有りそうです。

しかし、2シーズン目ですでに失速してますね…。

ではカナダは?

2016年:250台  2017年:352台!!!

驚きました!リンカーンの方が売れているんです!

まあ、キャデラックは無意味に複雑なターボエンジンにアルミボディー、リンカーンはトーラスの厚化粧であることを考えると、正直どちらも余り魅力的とは言えませんが、かつてこのクラスといえば、両ブランドにとって最量販車種であったことを考えると、やはり既にこのクラスにマーケットは無い…と言いたいところですが、このクラスで堅実に販売しているレクサスやドイツ勢を見ると、やはりアメリカの車作りが明後日の方向を向いているのが最大の原因打と言えるでしょう。

デザインも、何かアウディーやベントレーを横目に…というのが露骨で、イマイチリンカーンならではの何かを感じないのです。

コレの失敗で、己の車作りの方向性が間違っていることに気付かずに、単に大型セダンは売れない…とならないで欲しい所です。

1960リンカーン?

リンカーン
05 /24 2016
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写真は、恐らく1960年モデルと思える、リンカーンです。

恐らく…というのは、正直、私自身、この車に対する知識が無いからなのです。同世代のキャデラックに比べ、リンカーンは大変に地味な存在であり、しかも当時のリンカーンは、同じシャシーでコンチネンタル、プレミア、カプリと作り分けており、その差も外観上は非常に少ないので、判別も容易ではありません。

グリルやCピラーの形状から、コンチネンタルではなく、プレミアかカプリだと思います。

写真には、砲弾型バンパーが見て取れますが、これは50年代のアメ車に多く見られたアイテムながら、57~8年を境に、各社姿を消しています。
リンカーンでも、59年で一旦姿を消したものの、60年に復活していた様です。

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この頃のリンカーンは、こんな巨大なボディーながら、当時としては珍しいモノコックを使用していたのが特徴でしたが、如何せん地味な車で、販売面では苦戦していました。

この時代のキャデラックは、今でも結構見かけるものの、リンカーンは本当に珍しいですね。

エンジンは7リッターV8一本で、トランスミッションも、3速オートマが唯一の選択となります。

ボディーサイズも、全長5.77mと非常に大きいものになっています。
70年代後半のコンチネンタルが5.9mを超えますが、コレは5マイルバンパーの出っ張りによるもので、実質のボディーサイズでは、58年モデル5.81mが最大になります。

ホイールベースも3,32mと長く、70年代後半の3,23mと比べても、巨大な物になっています。

コンチネンタル・マークⅡ亡き後のリンカーンでは、58年以降、リンカーン・コンチネンタルの上級仕様にマークⅢ、マークⅣ、マークⅤと名付けていたものの、リー・アイアコッカ氏のリンカーン・マーキュリー部門の社長就任後に発売したマークⅢこそを正当なマークⅡの後継者と位置付け、以降、マークⅣ、マークⅤ…と続けて行くのですが、そうやって、この50年代末の「マークシリーズ」は、無かった事にされてしまっている事からも分かる様に、要するに、それ程存在感が無かったのです。

どうもこの時代のリンカーンというと、地味な黒塗りというイメージしか無いのですが、こういう色だと、やはり随分とイメージが違うものですね。

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一見華やかに見える50年代後半のアメリカの自動車産業ですが、その頃のフォードといえば、手作りの逸品マークⅡは商業的に失敗し、他のリンカーンはキャデラックに完敗、マーキュリーもビュイックやオールズモビルの足元にも及ばず、鳴り物入りで登場したエドセル部門の大失敗とあり、正に踏んだり蹴ったりの時代でした。

それでも、今改めて見ると、キャデラックとは、また違った良さが有りますね。
当時のキャデラックといえば、まるで流星号を思わせる様なテールフィンの派手なデザインですが、ソレに比べると、やはりフォーマルなシチュエーションには、リンカーンの方が似合っていると思います。

しかし、現在改めて見ると、非常にボディーの面が綺麗に出ていますね。どの程度オリジナルが保たれているのかは分かりませんが、70年代後半~80年代のボディーの面がヨレヨレだったのとは、正に雲泥の差です。

マークⅡとは異なり、この手は、ベルトコンベアーによる大量生産品なのですが、それでも大変に上質に作られていたことは、容易に想像が付きますし、こんな車を大量生産できたアメリカというのは、やはり凄い存在だったんですね…。

因みにこの写真、チャイナタウンで撮影したものですが、何となくチャイナタウンって、このブログで取り扱う様な車種に遭遇する確立が高い様な気がします。
そして、曇天だと、ボディーの質感が上手く出ますね…携帯のカメラなんですけど。

リンカーン・コンチネンタル・・・老夫婦の買い替え

リンカーン
04 /28 2016
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写真は、ウチの近所の老夫婦の所有していた最終型のリンカーン・コンチネンタルです。

此方では、年配の方が日本の様に頻繁に出歩くことは、多くありません。

街全体が若者向けに出来ていて、特に年配の方が楽しめるものが限られているというのもあるでしょうし、現在は変わってきたとはいえ、何処に行くのも車…という文化は、やはり年齢と共に出不精になり勝ちです。

事実、「外出は医者とパブとスーパーのみ」という人も多く、半年の走行距離が1000キロにも満たない方も、少なくありません。

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写真の車のオーナーは、80代かと思いますが、正直、いつも同じ所にこの車は駐車してあり、殆ど動いていない様に見えました。

それが先日、この家の何時もこのコンチネンタルの駐車してある場所に、新しい車が停まっていました!

その名は…ニッサン・リーフ…。

旧世代の生き残りとも言えるリンカーン・コンチネンタルから、ニッサン・リーフ…非常に面白い買い替えだと思いました。

既に、この手の車を好んで乗っていた世代は80代を超えていますし、この手の車…とにかく中古市場で嫌われるので、特にこのコンチネンタルは、元々余り人気がなかったこともあり、どんどん姿を消しています。

この手は、98年~2002年まで生産された最終型ですが、それでも、既に15年以上が経過しています。

元々整備性が良く無い上に、耐久性も低く、中古市場での人気が無く、改造のベースとしても不人気…となると、こういう老夫婦が手放すことで、その生涯を終える車も多いことでしょう。

この手に拘って乗っていたのか、それとも新車で購入したものを、単に壊れるまで乗っていたのかは定かではありませんが、この手の最も日本車を嫌いそうな方々までもが日本車の、しかも電気自動車のリーフに…感慨深いものがありました。

まあ、あの年代で新車のリーフをポンと買う辺りからして、それなりに裕福なのは間違いありません。

コンチネンタル・マーク2

リンカーン
08 /20 2015
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戦前、エドセル・フォードの手でデザインされたリンカーン・コンチネンタルMark1は、手作りによる少量生産で、非常に高価かつ優雅で美しい2ドアクーペとして知られていました。
当時のモダンなデザインの中にも、トランクの後部にスペアタイヤを配置する辺り、古典的な要素も、実に上手く組み込んだ美しいものでした。

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この出っ張りには、スペアタイヤが入っています。こんなモチーフを平気で捨て去るリンカーンは、やはり病んでいます。


当時、学生であったリー・アイアコッカ氏が、フォードの会社訪問の時に乗せて貰った、このリンカーン・コンチネンタルに感激し、それが、後にリンカーン・コンチネンタル・マーク3を作る切っ掛けとなったのです。

ロングノーズにショートデッキ…このプロポーションは、マーク3のみでなく、マスタングの時ですら、参考にされているのです。

さて、話をマーク2に戻しますが、戦後、新たにコンチネンタルを復活させる事になったのですが、リンカーンではなく、更にその上ということで、「コンチネンタル部門」を創設し、販売されたのが、この「コンチネンタル・マーク2」であり、リンカーン・コンチネンタル・マーク2ではありません。

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彫りの深いライト周りの造形…サンダーバードのソレは、別体式で、安上がりに出来ています。


キャデラックやリンカーンといったアメリカのブランドも、戦前までは、ロールス・ロイスの様な、手作りの車種を持っていたものの、戦後のソレは、一貫して大量生産を前提としたもので、この車は、キャデラックのライバルではなく、ロールス・ロイスのライバルとして、手作りで生産されたものです。

価格も、10000ドルと、当時のロールス・ロイスと同等のもので、キャデラックの倍以上の価格でした。

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当時のアメ車としては、クロームは控え目になっており、一見地味にも見えるものの、その非常に堀の深い造形は、熟練工による手作業故のものなのでしょう。

一見、同時代のサンダーバードとも似て見えますが、やはり造りのレベルは全く違うのが一目で判ります。

非常に高価格故に、販売台数も限られていますが、そのオーナーには、フランク・シナトラ、エルビス・プレスリー、エリザベス・テーラー、イランのパーレビ国王等といった有名人が名を連ねます。

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結局、コンチネンタル部門は、この一台のみで終わり、それ以降のマーク3(リー・アイアコッカのソレとは別物)は、通常のリンカーン部門から販売されていますし、後に、この車の雰囲気を再現した、リー・アイアコッカ氏の手によるマーク3も、リンカーンから販売されていました。

販売台数は、僅か3000台程度(あのデロリアンですら8,583台です)と言われ、流石に少量生産の高級車というだけあり、現在でも、その半数が現存していると言われ、コレも、その一台です。
多くの部品を、同時代のリンカーンやフォードと共用している事も、少量生産の割りに、その維持を楽にしてるといわれています。

バンクーバーにこんなのが残っているとは、正直、驚きました。まあ、アチコチに錆が浮いており、塗装のコンディションも良いモノではありませんが、正に現存しているだけでも価値のある車です。

前回見かけたのは、2005年にロスに行った時で、実に10年ぶり…ということになります。

道端に駐車してあったのを撮影したものですが、私以外、誰一人として足を止める者も無く、シボレーなんかに比べ、知名度の低さ故なのでしょうか?

只、写真を撮っている時、お婆さんと一緒に散歩していた3歳位の女の子が "Hi, Is it your car?" と話しかけてきたのが唯一でした…。

後にリンカーン部門のトップになったリー・アイアコッカ氏は、ブランドの目玉になる車が必要ということで、マーク3を発売しましたが、コチラは、サンダーバードをベースに、徹底的に豪華装備を与えただけの車で、それ故に、大いに懐を潤すことになります。一台売る毎に1000ドルの損失が出たというマーク2とは、大いに異なりました。

かつて、レトロデザインのサンダーバードが発売された時、どうせなら、ストレッチして、コレの現代版を出して欲しい…なんて思ったものですが、肝心なサンダーバードも、完成度、人気共にイマイチで、ソレは叶いませんでした。

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アメ車のブログとして開設して11年目、車以外にも様々な身の回りの話題を取り扱っています。