Chrysler New Yorker
クライスラー1979年、第二次オイルショックの煽りで倒産の危機に立たされたクライスラーの社長に就任したのが、元フォード社長のリー・アイアコッカ氏でした。フォード時代から温めていたものの、ヘンリー・フォード2世によって潰された小型FF車の計画を、クライスラーで実現したのが、通称「Kカー」と呼ばれる、ダッジ・アリエス、プリマス・リライアントでした。シンプルで安価な車は、なかなかの人気を誇り、クライスラーの経営を大いに潤しました。
そこで、次に登場したのが、このKカーをベースにした高級車、クライスラー・ニューヨーカーでした。太いCピラー、木目調パネルを多様した内装は、同じKカーとはいえ、随分と雰囲気が異なりました。この辺りもアイアコッカ流車作りといえるでしょう。
この型では、音声ナビ付きのモデルも存在していました。車に乗ってキーを捻ると、「シートベルトを締めて下さい」等の音声が聞こえるのです。親切な様で、ありがた迷惑でもありました。おまけに、エンジンが停止している時に、「油圧が低い」という警告が出るのも、冗談の様な話でした。
このKカーは、他にもアメリカ製コンバーチブルの復活第一号となった、ル・バロン・コンバーチブル、そしてダッジ・キャラバン、プリマス・ボエジャー等のミニバンのベースにもなりました。
結局80年代のクライスラー車は、一部の三菱ベース以外は、殆どがこのKカーを元にしており、そのやり方が、顧客を欺くインチキ商売という批判を受ける結果にもなり、クライスラーを救ったKカーですが、それに頼りすぎた商法は、後に再び経営不振を招く結果となり、それ故にアイアコッカ氏もクライスラーを去ることになりました。
そして、完全な新型シャシーの登場は、92年のLHカーまで待たねばなりませんでした。
写真:クライスラー・ニューヨーカー
サンタモニカにて。