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グリップについて考える

工具
11 /25 2009

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前回、スナップオンのドライバーがモデルチェンジ毎に巨大化している事を批判させて頂きましたが(http://blogs.yahoo.co.jp/hiro_hosono15oct/21483411.html)、同じ流れが、プライヤーにも起きている様です。

私が使用しているプライヤーの殆どが、ドイツのクニペックス製のもので、この10年ほど使用している物なのですが、最近のモデルを見ると、従来と同様の細身のグリップのものも売られているものの、同時に、巨大なプラスチック製のグリップが付いているものも販売されている様です。

まるで、電気工事用の絶縁プライヤーの様なグリップです。確かに太いグリップの方が力が入るのは否定しません。しかし、車に使う場合、狭い場所での使用を考えると、巨大さによるデメリットも決して少なく無いのです。

今までクニペックスの旧型を使ってきて、力が入り難いと思った事はありません。

むしろ、シンプルなデザインながら、実に感触が良いと、10年使った現在でも、使う度に感心させられる位なのですが、世の中の風潮は、より人間工学の追求によって、巨大化一辺倒にひた走っているのは、残念な気がします。

似た様な現象が、カメラに関しても起こっています。かつて、カメラにはグリップなど付いていませんでしたが、78年に登場したキヤノンA-1が初めてグリップを装備して以来、あちらも同様、年々巨大化の一途を辿ることになったのですが、そんな人間工学の粋とも言える巨大なグリップが当たり前になった今日ですら、ライカM型の50年代から変わらないボディーが掌に心地良いのは、何とも皮肉なものでは無いでしょうか?



写真1:クニペックス・コブラ

従来型のグリップは、ビニールのコーティングがしてあるだけのシンプルなものですが、実に肌触りが良く、これ以上何を求めるのか?というのが正直な所です。


写真2:より人の手に優しく・・・所謂「人間工学」の結果がコレなのでしょうか?

ファコム、バーコといったメーカーも同様のデザインを採用しており、何れ、このタイプのみになるのでしょうか?




写真3:キヤノンA-1

78年発売。右側に取り外し式のグリップが装備されているのが好評で、後に他社が追従する様になりました。


写真4:キヤノンT-90

86年発売。徹底した人間工学の追求で話題になったデザインですが、巨大なグリップのはしりでもあり、現在の物に通ずるデザインです。


写真5:ライカM3

54年発売。どんな最新型の人間工学デザインと比較しても、コレ以上に感触の良いものが無いというのは、実に皮肉な話しです。
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フォード・モンディオ 2

カーデザイン スタジオ
11 /19 2009

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既にアメリカでは生産中止となったフォード・モンディオですが、ヨーロッパではモデルチェンジを経て、生産が続いています。

2007年に登場した現行モデルは、全長4.8mを超え、幅も1.886mと、ヨーロッパメインの車とは思えない程巨大化しており、事実、初期の頃の、何とも貧相な印象は無くなりました。

[前回の記事/ http://blogs.yahoo.co.jp/hiro_hosono15oct/19918143.html]で、2代目モンディオを「うる星やつら」の面堂邸のタコと評しましたが、この4代目のリア廻りのデザイン・・・、私の住んでいるニュージーランドでも時々見かけるのですが、かねてから何かに似ている様な気がしていたのです。

特にこの特徴あるテールランプの形・・・。

アメリカのアニメ「ドーラといっしょに大冒険」というのがありますが、ずっとこの顔とオーバーラップしていたのです。

フォードってアニメファンが多いんでしょうか?

ポンティアック・フィエロ Pontiac Fiero

ポンティアック
11 /16 2009

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ポンティアック・フィエロは、84年にGMから発売された、ミッドシップの小型スポーツカーでした。
元々アメリカでは2シーターは余り成功しないというジンクスがある上に、しかもアメリカ初の量産型ミッドシップということでも話題になりました。

当時、日本車のスポーツカーがアメリカで人気が出始めた時代で、それに対する回答であることは、容易に想像できます。

4mを少し超えた程度の全長は、アメリカ車としては異例にコンパクトなサイズで、ほぼ同じ時期に登場したトヨタ・MR2よりも少々大きい程度で、その割には、どこか寸詰まりなトヨタに比べ、非常に小粋なスタイルで、発売当初はそれなりの人気を得ました。

ただ残念なのが、やはりGMという官僚主義の下で開発された故に、徹底した部品の使いまわしの結果、エンジンも足回りも旧態依然としたもので、ミッドシップというレイアウトから想像する様なスポーティーな走りは期待できませんでした。

そして、更に問題なのが、「最も火災発生率の高い車」の汚名を着せられてしまったことでしょう。
公式の発表では、エンジンオイルが減ってコンロッド破損により、漏れたオイルが排気系にかかって発火する・・・という話しなのですが、本当にそれだけなのでしょうか?

ミッドシップという形式は、エンジンルームのデザインが悪いと、非常に熱が溜まり易い上に、エンジンの真下に排気系がうねっている関係で、通常のオイル漏れ、燃料漏れでも、より火災が発生する可能性が高くなる傾向にあります。コンロッド破損なんていう大層な故障以前に火災が発生していた可能性は充分に考えられると思います。

私個人的には、96年当時、カナダの職場に来たフィエロのファンベルトを交換した直後、真っ白い煙を吹いて帰ってきたことがありました。特にベルトにもプーリーにも何処も問題が無かったのですが、ベルトが完全に焼けていました。新しいのに交換すると、それ以降なんとも無かったのですが、原因は結局不明でした。

こうやって、折角新しい車を作っておきながら、途中で中途半端なコストダウンを始めることで、ソレを台無しにしてしまう・・・昔からビッグ3に有り勝ちな失敗例です。

市販車としては、決して成功したと言えないフィエロですが、ある業界に注目されたのを忘れる訳には行きません。この車のミッドシップ+プラスチック外板という構造は、カスタム業界にとって非常に魅力的な素材であり、コレをベースにフェラーリ風に改造されたものが、結構日本にも入ってきていました。
バブル華やかなりし頃、東京でも結構見かけたものでした。内装を見ると、アメ車そのもの・・・というのが、またアンバランスに見えたものです。

米トヨタ、レクサス400万台のペダル改良へ

ニュース
11 /14 2009

トヨタ自動車は14日、米国で暴走事故が発生した高級車「レクサス」の安全性向上に向けて車両を改良する方針を固めた。

 運転席のフロアマットに引っかかってアクセルペダルが戻らなくなる危険性があるため、ペダルを改良してマットに引っかかりにくい形状に変更する。

 対象は米高速道路交通安全局(NHTSA)が事故発生の可能性を指摘した「レクサスES350」など7車種、約400万台。近くNHTSAと改良内容について合意する。販売店を通じてペダルを無償交換するが、「車両に欠陥はない」としてリコール(回収、無償修理)ではなく安全性を高める自主的な改良としている。

(2009年11月14日12時15分 読売新聞)



>>「車両に欠陥はない」としてリコール(回収、無償修理)ではなく安全性を高める自主的な改良としている。

仮にマットの引っかかりが原因で急加速したのなら、それは即ち欠陥なのですが・・・。

何とも往生際が悪いというか・・・かつてアメリカでレクサスが始まった頃、良心的なリコール対応も、評価を上げる一つの理由だったのですが、昔日の面影は全くありません。
事実、何人も人が亡くなっているというのに、長年放置した挙句、欠陥は無いですか・・・。

どうしてしまったのでしょうか?最近のトヨタは・・・。

60年代、シボレー・コルベアの欠陥を訴えたラルフ・ネーターに対し、GMがスパイ活動を行って問題になったことがありますが、それは「恐れ多くもGMに文句言うとは…」といった態度からでしたが、トヨタもそうなりつつあるのでしょうか?

帰国の決意

ニュージーランドの話
11 /14 2009

私事ですが、遂に10年間住んだニュージーランドを離れることになりました。

ニュージーランドというと、小泉政権時代、規制緩和の優等生として取り上げられていたこともあった様ですが、実際はどうなのでしょう?

英国連邦の一部として、農作物を季節が逆の英国に売ることで経済発展をしたNZも、70年代イギリスがECに加入すると、その関係が崩れてしまいました。国の産業発展を促す為、あらゆる輸入品に高い関税をかけ、出来る限りの製品を国産化するという政策を取ってきましたが、それ故に、物資の欠乏は深刻でした。NZドルが非常に強力であったお陰で、古くから海外旅行が一般的であり、海外に出かけるニュージーランド人は、皆溢れんばかりの電気製品を持って帰国するのが常でした。驚くことに、フィジーやトンガといった国に買い物旅行に行っていた位なのです。

そして、車まで国内で生産していたのです。日本の殆どのメーカーが現地生産をしていたというのだから驚きます。とは言え生産量などたかが知れており、注文して手に届くまで2年は掛かり、それを数年乗って転売すれば儲けが出たと言います。

ところが、人口300万程度の国で、幾ら国が旗を振れども工業生産など上手く行く訳も無く、やがて経済は破綻を迎えました。

80年代半ばから、徹底した規制を廃止し、民間で出来ることは全て民間に・・・ということで、大幅な規制撤廃を行い、それによって公務員の多くは職を失い、保護を失った国内産業も破綻を迎えました。

そして製品の殆どを輸入に頼る様になるのですが、殆どの会社にとって、ニュージーランドなど取るに足りない市場であり、誰一人として本気で商売することはありませんでした。

そんな中で、競争により市場を拡大するのでは無く、少数による独占により価格競争を起こさせず、多利薄売?が当たり前の市場になってしまったのです。

国内に食品販売会社が2社しか無いというのも顕著な例で、国内何処に行っても同じ食べ物しか売っていないばかりか、最近、一頃に比べ通貨が向上しており、原油価格も低下しているにも関わらず、物価上昇のペースは、正に驚異的な勢いなのです。

郵政民営化の実態も、料金の値上がり、不採算業務の廃止、そして民間委託された配達途中での盗難、紛失等のトラブルの多発なのです。

車も例外でなく、最大の都市、オークランドですら、各メーカー一社ずつしかディーラーが無いのです。
それは、日本から無関税で、無制限に中古車の輸入を開始したからで、新車販売、中古車販売に壊滅的な打撃を与え、ディーラーは閉鎖され、私利私欲のみで、世間に何ら貢献することの無い個人ブローカーのみが大儲けするという歪な経済構造が生まれたのです。

車は年々複雑化しており、ディーラーでなければ手に負えない整備が増えているのにも拘らず、逆にディーラーの数が減ってしまい、独占を生んでいるのです。これでは質が向上する訳も無く、その様な発展性の無さこそが、この国の病巣であり、少しでも上を目指す者は、ニュージーランド人でも当たり前に国を離れ、移民として来た者も、殆どが数年以内に離れてしまうのです。

私の場合、少し長く居過ぎたのですが、次に行く先を決定するのに時間が掛かったのも無関係ではありませんでした。

穏やかな国・・・の現実はこんな感じなのです。

ところが、折角帰国を決意し、チケットも手配したというのに・・・物凄い内定が舞い込んできたのです!大手ディーラーのプジョー部門なのですが、この会社は以前から質の高いことで定評があり、そして非常に就職が難しい会社でもあるのです。その採用の厳しさは、文句無く国内トップレベルであり、私も以前、同社の他ブランドに2度応募したものの、一度は面接すら声が掛からなかった程なのです。

プジョーには元同僚(紹介者)が居り、同社のクライスラー部門には元上司が居て、それらの敷地の所有者が、前に務めていた会社の社長・・・という具合で実に世間は狭く、徹底的に探りが入った上での採用だったのです。

一度あの会社で仕事をしてみたかった・・・という思いはあるものの、プジョーと言うブランドが私の将来にとって然程意味のある物でも無いこと、そして、余りこの国に長居したく無いこと。

声を掛けて頂いたのは有り難いのですが、残念ながらこの話は受ける訳に行かない様です。

日本車の真似? ホンダ・プレリュード vs イーグル・ヴィジョン

イーグル
11 /12 2009

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プレリュードが登場したのは1978年、ホンダは70年代の一頃、フォードと提携関係にあり、74年式マスタングⅡの第一号が当時のフォード社長、リー・アイアコッカ氏より、本田宗一郎氏に贈答される様なこともありました。

そして以前の記事で、初代アコードのファーストバックスタイルが、マスタング2のハッチバックの影響があるのでは?という指摘をしましたが、初代プレリュードは、何処と無くマスタングⅡのクーペ版?という印象を持っていました。

前置きはさておき、プレリュードが日本で人気を博したのは、2代目、3代目のロー&ワイドボディーによるものでしたが、4代目になると、一変して、それまでの何処と無く上品な佇まいから、一変して筋肉質な雰囲気になりました。

写真上の4代目プレリュードは、そう言った意味で、かなり賛否両論が渦巻いていたものでした。

ところが、その後に発売されたクライスラーの新型車、LHカーの一つ「イーグル・ヴィジョン」のグリル周りが、ほぼプレリュードそのままで登場したのです。
発売は、4代目プレリュードから一年後でしたが。当時のデザインプロセスには、現在より遥かに時間が掛かっていたと思うだけに、他社のモデルを見て、デザインを真似して・・・販売に漕ぎ付けるまでの時間として、1年というのは、充分な時間だとは思えません。そして、他のクライスラー・コンコルド、ダッジ・イントレピッドは、特に日本車の影響を感じることもありませんでした。

偶然に似てしまったのでしょうか・・・?それにしては、あの特徴的にグリルが余りに似過ぎています。

何はともあれ、90年代初頭という時期は、日本車のデザインが急激に向上した時代でもあり、安いけどペラペラでデザインも何も無い・・・というソレに別れを告げた時代でもあり、以降、真似する側から、真似される側にもなったのです。


写真上:ホンダ・プレリュード

マイナーチェンジ後、若干ですがグリル廻りのデザインが変更されました。「日」の字の様に見える部分が、「目」の字に変更されたのは、ヴィジョン対策だったのでしょうか?

余談ですが、このタイプのプレリュードが登場した時、そう遠くない将来登場するであろう新型マスタングの何かを見た様な気がしたものでした。


写真下:イーグル・ヴィジョン

イーグルというブランドは、元々AMCから引き継いだブランドであり、クライスラー買収後は、元のオ親会社であるルノーの車をベースにしたものを販売しており、どちらかと言うと、ヨーロッパ的・・・という性格付けでした。

検査員試験

ニュージーランドの話
11 /02 2009

私の住んでいるニュージーランドでは、WOFという車検制度があります。

政府の作成したプログラムに沿って、民間業者に検査を委託している訳ですが、それ故に数年に一度、設備の検査、そして検査員の実技試験が行われます。

事の始めは一月前に遡ります。当日、私は講習に行っていた関係で欠席したのですが、他の検査員全員が試験を受けた結果、5段階評価の2、一月後の再検査で改善が見られない場合は、認定を取り消すという厳しい物でした。

これは大変・・・ということで講師を呼んで講習を受け、日々の検査もより丁寧に行う様にして、今日に備えていました。

今日、最初に声が掛かったのは、当然前回欠席した私でした。前回の試験では、各人下回りの検査や、走行テスト・・・といった部分部分の検査だったのですが、私に課せられたのは、車一台全工程でした。それだけでも驚いたところに、検査車両として選ばれたのが、私の苦手なトヨタでした。

普段は30分程で済む検査も、徹底的に、何でこんな事まで・・・という所まで丁寧に検査した結果、3倍ほど時間がかかりました。感じとしては、日本の限定解除の試験と似ているかも知れません。

結果は、一箇所ミスはあったものの、トータルで非常に良いという評価を頂き、認定取り消しも無くなりました。

そして不思議なのが、前回あれだけ結果が悪かったのに、他の検査員に一切再試験をやらなかった事です。ある意味ニュージーランド的ないい加減さなのでしょう・・・。

因みに、前回の試験で検査員と大喧嘩をした者が居ましたが、今回は会社から休暇を命じられていました。

スナップオン ナットドライバー  Snap-on

工具
11 /01 2009

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日本では使っている人を見たことが無い工具です。
ナットを廻す為のものですが、本来ならセットが用意されているところ、私は写真の2本のみを所有しています。9/32=7mm、5/16=8mmなのですが、メインにホースバンドの締め付け、内装に使われている6角のタッピングスクリューに使います。

グリップが細いので、余り大きな力は入りませんが、ホースクランプを締め付けるのには丁度良い力加減で、しかも細身の為、狭い所での使用に重宝します。

そして、軸の中が空洞になっている為、ディープソケットでないと使えない様な箇所でも使用可能です。

私の使い方では、特に不満も無いのですが、欲を言えば、ボルスターが付いていれば、レンチを咬ませて、より大きな力を掛ける事も出来ると思うのですが・・・。


写真:軸の色分けで、サイズが判る様になっています。

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アメ車のブログとして開設して11年目、車以外にも様々な身の回りの話題を取り扱っています。