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Imperial  インペリアル

クライスラー
05 /28 2010
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インペリアルは、1976年モデルまでクライスラーの再高級車を扱う部門として存在していましたが、1981年、リー・アイアコッカ氏の指揮の下、経営危機からの復活を目指していた同社にとって、話題性のある車の必然性が叫ばれており、小型車のKカール・バロン・コンバーチブルによる、当時アメリカで絶滅していたコンバーチブルの復活、そして、高級車市場への復活と目指して発売されたのが、今回紹介するインペリアルです。
 
この車はクライスラー部門の車では無く、「インペリアル部門」の車とされているのが大きな特徴です。
 
ボディーは2ドアクーペのみで、コレは、リンカーン・コンチネンタル・マークⅢで大成功を収めたリー・アイアコッカ氏ならではの決断なのかも知れません。
 
同時期、ライバルとなるキャデラック・エルドラード、リンカーン・コンチネンタル・マークⅥといった車もダウンサイジングを実施しており、サイズ的にもライバルと同程度でした。
 
そして興味深いのが、リア周りの独特なデザインで、2代目キャデラック・セビルで見せたスロープドバックと通ずる独特な造形を見せていましが、ライバルよりもユッタリとしたスタイルは、マスタング、マークⅢで見せたアイアコッカ氏のソレなのでしょう。
 
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当時は何処か不恰好に見えたこのデザインも、今日見ると、非常に個性的に見えます。少なくとも、会社が傾いている中、堅実な路線を選ばす、敢て冒険をおかしたという面では、注目に値しますが、80年代初頭、品質面、経営面でアメリカでのクライスラーに対する不信感は強く、キャデラックやリンカーンと競合するには至らず、83年を最後に、再び部門が閉鎖されてしまいました。
 
インペリアルの名前は、90年モデルで再び復活しますが、こちらはクライスラー部門の再高級車という扱いで、販売方法も、メカ的にもデザイン的にも、全てに於いて堅実路線を狙ったものでした。
 
クライスラーの再建を一応軌道に乗せたアイアコッカ氏でしたが、高級車市場への復帰は、残念ながら叶う事無く、92年に会社を去ることになりました。
 
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Cadillac Seville キャデラック・セビル

キャデラック
05 /23 2010
キャデラック・セビルが発売されたのは1975年、オイルショック後の景気後退時のことでした。
第一次オイルショックにおいて、ガソリンの価格が倍に跳ね上がるという前代未聞の事態に直面したのですが、それまで安定していた原油価格が、中東という極めて不安定な地域に依存しているということを実感させられる大事件でもあり、それ故にアメリカの自動車業界に与える影響も大きいものでした。
 
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従来、キャデラックといえば、全長5.8m、全幅2mオーバーという巨大な車体に、8リッターにもならんとする巨大なエンジンを当たり前の様に搭載しており、その大きさこそが富の象徴であり、高性能の証でもあったのですが、それ故に、ガソリン代の高騰は極めて深刻な問題でした。
 
そんな時代に登場した初代セビルは、全長5.2m、全幅1.82m、エンジンも5.7リッターと、現在の感覚からすれば相当な大きさとはいえ、従来のキャデラックの常識からすると、異例なほどコンパクトな車でした。
当時のアメリカの常識で、従来のモデルよりも小さいということ、そして、ラインナップ中で最小の車が最も高価に設定されているということは、大変珍しい現象でした。
 
これは、燃費のほかにも、当時急速に販売を伸ばしていたメルセデス、BMWといったヨーロッパ車への対抗でもあったのです。
 
ヨーロッパサイズのキャデラックとして、原油高という追い風もあり、それなりの販売を記録しましたが、元になったシャシーはシボレー・ノバ等の大衆車であったが故に、非常に利益幅の大きい車でもありました。
 
GMは77年モデルで第一回目のダウンサイジングを行い、フルサイズカーでも、それまでより一回りコンパクトにしましたが、フォード、クライスラーは、その対応に遅れた為、79年の第二次オイルショックの時、深刻な経営不振に陥ることになるのですが、GMは、余りにその対応が上手く見えたので、オイルショックはGMが裏で噛んでいると噂された程でした。
 
メカ的にも取り立てて見る所は何も無いものの、「コンパクトな高級車」という、アメリカでは前代未聞の挑戦で、それなりの販売実績を残したという事実は、十分評価に値すると思います。
そして、この路線をもう少し正常進化させていたのなら、今日の状況も、また少し違っていたのかも知れません。
 
 
 
 
 
 
 

少し古いバイク雑誌から・・・Mr.Bike・・・ワンダバダ長沢氏の4コマ漫画

Motorcycle
05 /19 2010
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実家で少し古いバイク雑誌を見つけました。
 
88年というと、既に22年も前になるんですね・・・・当時はレーサーレプリカの全盛期でもあり、バイク=レース人気という図式も成り立つ時代で、ソレに伴い、様々なGPレーサー人気も然り、そして、そのマネをするのも一部で流行ったものです。
 
そんな時代に、Mr.Bike誌で連載されていたのが、ワンダバダ長沢氏の漫画で、GPレーサーを徹底的にコケにした作例が特徴でした。特にフレディー・スペンサーの扱いは凄まじく悪く、ランディー・マモラにアホという風に描かれています。
 
しかし、今から思うと、こんなマンガが受けたのも、レプリカブーム、レースブームが有っての話で、例えば現在のレーサーをネタにしたところで、余り受けないことと思います。
余り印象に残るレーサーが居ない・・・・逆に、レースに興味が持たれない=話題にならないからこそ、印象に残らない・・・とも言えるかも知れませんが。
 
どちらにしても、若者が無邪気にこのマンガを笑い飛ばせた時代は、今から考えると、ある意味で健全であったのかも知れません・・・・。
 
 

トヨタの2004年日本でのリコールで米当局が再調査

ニュース
05 /12 2010
 米運輸省の道路交通安全局は10日、トヨタが2004年に日本で実施したリコールの情報をアメリカでは十分に開示しなかったとして再調査に乗り出すと発表しました。

 アメリカ道路交通安全局によると、トヨタは2004年、ハイラックスなど3車種で、ハンドルの動きを前輪に伝える部品が壊れやすく操作不能になる恐れがあるとして日本でリコールしましたが、アメリカでは11カ月後に行っていました。アメリカでは、欠陥が見つかった場合、5営業日以内に報告する義務があります。さらに、日本でのリコール前にアメリカのユーザーからトヨタに苦情が寄せられていたことも先週、発覚したということです。トヨタは、別のリコールで約15億円の制裁金を課せられて支払いに同意していますが、再調査の結果次第では、さらに制裁金を課せられる可能性があります。トヨタは「調査には協力する」とコメントしています。
 
 
 
 
またしてもトヨタのリコール問題です。
コレは、日本でも業界内で話題になった件で、実際に被害を受けた人が何人もいます。
そしてアメリカでも、随分と前から色々と言われていた問題で、日本でもその対応の悪さが批判されていた様です。そして、更にアメリカでの対応が11ヶ月も遅れた・・・となると、やはり相当に悪質な対応と言わざるを得ません。
 
・・・・が、何故この件を5年も経ってから騒ぎ始めるのでしょうか? 5営業日以内・・・という義務が破られていることは、当時でも分かっていたはずです。それを今になって改めて蒸し返すとなると、仮に当時のトヨタの対応が稚拙であったとしても、アメリカ政府には何か別の意図があるのでは?と思われてしまっても仕方が有りません。
 
いくらトヨタのリコールに対する対応が悪かったにしても、アメリカ政府も、余り調子に乗って深追いしない方が身のためだと思います。

レクサスGX460「買ってはいけない車」解除

ニュース
05 /08 2010
【ニューヨーク=小谷野太郎】米国の消費者専門誌コンシューマー・リポートは7日、トヨタ自動車の高級スポーツ用多目的車(SUV)「レクサスGX460」について、「買ってはいけない車」と指定していた措置を取りやめたと発表した。
 同誌は先月、独自の走行試験で、高速時に急ハンドルを切ると「横滑り防止装置」の作動が遅れて横転する恐れがあるとして、購読者などにGX460を買わないよう呼びかけていた。
 同誌の指摘は米消費者への影響が大きいため、トヨタは世界で販売を一時中断し、制御ソフトの改良などリコール(回収・無償修理)に踏み切った。同誌もリコールによる車両の改善を確認し、指定を解除することにした。
2010年5月8日13時56分  読売新聞)
 
 
リコールを期に「買ってはけない」の評価を取り下げるということですが・・・・あの走行テストの走りを見ると、アレで事故を起こしたとしたら、そんな物は自動車メーカーの責任でも何でも無く、ドライバーの自己責任です。そして、「転倒する恐れ・・・」という位で、実際に転倒していないものを危険と決め付ける辺りも、如何にもコンシューマーリポートらしい評価です。
 
まあ、スタビリティーコントロール等のソフトウェアのアップデートで、より性能的に向上するのなら、ソレに越した事は無いのでしょうが、余りに現実離れをしたテストでイチャモン付ける辺り、ますます同誌の品位を疑いたくなります。
 
仮にあの様な運転をして事故を起こした者が、「車の性能が悪い」と言ったところで、認められる訳は無いでしょう・・・。
 
 
 
 
 

バブルも遠くなりにけり・・・ M2ビル

日本の話
05 /03 2010
先日、東京で面白いものを見かけました。
この建物をご存知ですか?
 
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80年代末のバブル時代、マツダは徹底的な拡大路線を突き進んでいました。5チャンネル化などは、その主たるもので、従来の何処と無く地味なイメージを変えようと必死になっていたのです。
 
1991年、突如として東京は環状8号線、世田谷に登場したのが、このM2ビルでした。
古代ギリシャの建築モチーフにしたであろう独特な外観は完全に周囲から浮いており、一様にギョッとしたものです。この東京でも最も交通量の多い地域に建てられたコレ、当時マツダが展開していたユーノス、アンフィニのディーラーとしてばかりで無く、レストランやマツダの研修施設なども併設されていて、新時代の自動車ディーラーとして、大いに話題になったものでした。
 
ところがバブル最盛期に計画されたであろうコレも、オープンした頃には、既にバブルは崩壊しており、その後の長い景気低迷の中、マツダは無理な拡大路線が祟って、極度の経営不振に陥り、5チャンネル路線の見直しと共に、この新しい建物も無用の長物と化してしまいました。
 
この「バブルの塔」も、後にマツダが手放し、現在はメモリードホール(いわゆる葬儀屋)になっています。
 
思えばバブルの頃といえば、日本人が急激に車で贅沢をする様になった時代でもあり、マツダの5チャンネル化、そしてM2ビルは、その時代の象徴とも言えるものでした。
 
そのバブル時代の象徴が、現在の高齢化社会の象徴である葬儀屋に・・・・。
 
20年の風雪に晒された、その薄汚れた外見を目の当たりにすると、改めて時の流れを感じずには居られません。
 
 

スエカゲツール 1/4ビットホルダー

工具
05 /02 2010
昨今のエンジンルームは年々狭くなる一方ですが、欧米の車は言うに及ばず、日本車でもトルクスやヘックスのボルトが増えてきているのも整備性を悪くしている一因です。
 
一般的なボルト、ナットには、様々な形状のレンチ、様々な深さのソケットが用意されているのですが、ヘックスやトルクスの場合、そのバリエーションが非常に限られてくるのです。
 
写真の上の工具は、スナップオンの1/4インチラチェットに、1/4インチのビットホルダー、1/4インチのトルクスビットを装着したもので、今まで、コレが最もコンパクトな組み合わせでした。
それでは入らない場合・・・・1/4ビットを1/4インチのレンチに噛ませる・・・・という極めて不安定な方法を取る事もありました。
 
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写真の下は、最近購入したスエカゲツール製の1/4インチビットホルダーで、10mmのギアレンチと組み合わせて使うのです。オマケにギアレンチもクビ振りタイプであるため、更に狭い場所で安定して使えます。
 
両者を比較して、高さが半分以下、今まで欲しかったものの、意外と見付からなかったスグレモノです。
 
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それにしても、スエカゲツールって、色々と面白い工具を出していて、見ているだけでも面白いですね。

americancars4ever

アメ車のブログとして開設して11年目、車以外にも様々な身の回りの話題を取り扱っています。