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Mastercraft フレックス・ギアレンチセット

工具
09 /30 2010
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マスタークラフトは、カナダの車用品(兼雑貨)店、「カナディアンタイヤ」の工具ブランドです。
北米では、有名なところで、シアーズの販売する「クラフツマン」、ホームデポは「ハスキー」等、販売店が独自のブランドを持っている事が結構あります。
反面、結構似たような物も売っているので、製造元は同じ様な所なのかも知れません。

本日購入したのが、写真のフレックス型ギヤレンチのセットなのですが・・・本来は今まで持っていなかった15、16、18・・・といったサイズのものが欲しかったのですが、シアーズでは、同様のモノが1本25ドルするところ、カナディアンタイヤでは、何とセットで本来120ドル程するものが、スペシャルで49ドルだったのです。

今まで既に持っている物とダブってしまいましたが、今日購入予定だったものをバラで買うより安い・・・ということで、購入しました。

この手の「ギヤレンチ」と言う奴は、本当に色んなメーカーが販売していて、それぞれ違ったメーカー名の刻印があるものの、結局製造元は同じの様です。

ただ、だからと言って日本やニュージーランドで購入した物を、コチラで壊した場合は保証してくれないので、それを考えると、今回一揃い買ったのは、良い選択だったと思います。

この手も随分と使ってきましたが、本締めも問題なく出来る上に、狭い所で扱い易いこと、そして、通常のラチェットの様にコマを付け替えるよりも使い易い・・・・と言ったメリットもあり、近年、無くてはならない工具になりつつあります。

しかし、このセット・・・・10,12,13,14,15,16,18と、何故か17が抜けているのが、アメリカ的なのでしょうか?17だけは、前から持っているモノを使うことになります。
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69 トヨタ・コロナ 北米での苦戦の歴史

日本車
09 /28 2010
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昨日見かけた、69年式のトヨタ・コロナです。
日本では、常にトップを走るトヨタですが、北米でトヨタがトップ争いに参加する様になったのは、この20年位ではないでしょうか?

その原因は、日本でのトップであった事と決して無縁では無いと思います。
トヨタが最初にアメリカに上陸したのは、1957年のことで、当然日本で最も早く、当時の最新鋭、トヨペット・クラウンが持ち込まれました。

ところが、いくら日本のトップクラスとは言え、高速道路網の発達したアメリカに持って来た途端、その性能が全く話にならないレベルであることを目の当たりにするのでした。

当時の日本の道路事情といえば、全体の90パーセント以上が未舗装の砂利道で、平均速度も30キロ前後といった感じだったのです。そんな所でデザインされた車を、いざアメリカに持って来たところ、オフロード車の様なガチガチな乗り心地、世界最遅と言われた加速、そして融雪剤による錆、冬季の始動不能等、ありとあらゆる問題が発生し、最初に悪評を作ってしまったことが、後に長い事トヨタを苦しめることになったのです。

因みに同じ頃、日本に持ち込まれた輸入車は、その悪路から、皆脚廻りのトラブルに悩まされたのです。

ただ、当時のトヨタ車がアメリカで通用しなかったのは、技術レベルが低かったというよりは、むしろアメリカの道路事情を全く知らなかった事が主原因でした。インターネットも無く、国際電話も無く、それどころか、外貨の持ち出しも規制され、海外旅行すら自由化されていない当時、日本人が外国に行くことは、極端に制限されていたのです。

オマケに国内では、高速走行をテストする場所さえ満足に無かった程で、数少ない舗装路に早朝に出かけて、見張りを立てて・・・なんてことをやっていた時代なのです。

低速走行の前提としてギヤ比による、凄まじい騒音、高速での加速不良。
未舗装路を前提とした硬い足回り
融雪剤に対する錆対策

これだけ対策するだけでも、見違える程の出来になったのですが・・・一度立ってしまった悪評を覆すのには大変な時間と労力を費やすことになるのです。

トヨタの失敗を教訓に、ニッサンの場合、いきなり北米に乗り込むことは無く、商社を通して車を持ち込み、徹底的にテスト走行をするという、堅実な方法を取りました。

当然最初の車は、凄まじい騒音や振動に悩まされ、同時に高速でのハンドリング性能を改善するのに随分と苦労した様ですが、その甲斐あって「ダットサン」は、トヨタよりも人気を得るに到ったのです。

そして同じく、早い時期から北米でバイクを売り始め、レースで活躍してきたホンダも、シビックやアコードで順調に北米市場を開拓していきました。

ニッサンは、80年代初頭にブランド名を「ダットサン」から「ニッサン」に変更した時点で失速してしまいました。時代的にニッサンの低迷期と重なったこともあるのですが、ニッサン=ダットサンということがイマイチ定着せず、しかも余り音が好まれなかった事も、影響していたようです。

私がカナダで整備の仕事をしていた96年当時、80年代の日本車の入庫は多かったのですが、やはり圧倒的に多かったのは、ホンダでした。そして、同じ世代のトヨタは、入庫も少なく、街で見かけるのも、ホンダに比べると遥かに少ないものでした。
あとは、クライスラーから販売されていた、三菱も結構多かったでしょうか?
70年代の車では、圧倒的にダットサンとホンダで、トヨタの入庫は、正直記憶に有りません。

今や北米でも高級車から小型車、フルサイズのピックアップと、ありとあらゆる車種を展開するトヨタですが、その北米での歴史は、国内のソレとは正反対に、正に苦難の歴史であったと言えます。

日本では、遠の昔に廃車になったであろうこんな車を目の前に、少しトヨタの北米史に目を向けてみました。


オーバーヒートの話し

修理
09 /27 2010
日本もようやく暑さが峠を越した様ですが、猛暑となると、この業界、さぞかしオーバーヒートに悩まされたことでしょう。

少し古い話しですが、スバル・フォレスターのお客さんで、「特定の条件下」でのみオーバーヒートするという方がいました。

普通に走っている時は全く何とも無いのに、トレーラーを牽引して、ある坂道を上る時のみ、かならずオーバーヒートする・・・・というのです。

その条件でテスト走行する訳にも行かず、取り合えずボンネットを開け、目視、プレッシャーテストで冷却系を確認したものの、水漏れの形跡は全く見付かりませんでした。

次に、スバル専用のスキャンツール「セレクトモニターⅢ」を装着し、エンジンをアイドリングのまま放置して、水温の上昇具合、そして冷却ファンの作動を点検したところ、規定の温度(95℃オーバー)でファンが作動し、コレもOK。

・・・と思ったのですが、ココである異変に気が付きました。ファンの作動時間が通常よりも長い様なのです。

もう一度ファンを作動させ、セレクトモニターで温度の変化をモニターしてみると、ファンが作動してから、温度の下がり具合が明らかに遅いのが分かりました。

ファンは通常のスピードで回っているので、水の流れが良くないのでは?と考えました。

冷却系に錆が堆積している場合、そんな事もあるのですが、その車は、非常にキレイな状態だったので、まずはサーモスタットの不良(全開しない)を疑い、新品に交換してみたものの、症状は改善しませんでした。

仕方なく、ラジエーターを取り外し、業者に点検に出したところ、6割程詰まっていたということで、清掃して貰い、戻ってきたラジエーターを取り付けて、再びテストしてみると、症状は改善していました。

ラジエーターの内部が酷く錆びている様な場合なら、ラジエーターの詰まりということも考えるのですが、車自体もそんなに古くなく、しかもラジエーター内部も大変きれいであっても、こんな症状が出ることも有るのです。

水漏れが無ければOK、ファンが回ればOKというのでは無く、その一歩先まで考えることが大切です。

コレはニュージーランド時代の話で、日本の様に気温が高くないこと、そして、人によっては余り渋滞に遭遇しない等の理由で、オーバーヒートの発生頻度が少なかったのですが、同じ症状で、東京で運転していたら、即オーバーヒートに到っていたことでしょう。

中国「漁船」衝突事件について・・・

ニュース
09 /26 2010
正に最悪の決着となりました。

本件で、先ず最初に言えるのが、漁船が海保の船に衝突してきたという事実・・・コレは本当に漁船だったのでしょうか?誰がどう見ても、中国政府による威嚇行為でしかありませんし、その船長とやらが、漁師だとは、とても思えません。

そして、船長を身柄拘束したものの、レアメタル、レアアースの禁輸、フジタの社員4人の拘束などの圧力に屈した形で、無条件釈放となりました・・・・。

日本の中枢部には、本当に人材が居ないんですね。本当に大学を出て、官僚になって・・・・みたいな人しか居ないのでしょうか?例えばこれだけ中国という国の存在が大きくなってきが今日に於いて、中国人と実際にビジネスを行っていた様な人が、一人でもブレーンとして居ないのでしょうか?

この20年間の矢継ぎ早の首相の交代は、長期的視野で政治を考えることが出来る環境ではありませんでした。

しかし、例えば日中の貿易を考えると、何も日本が一方的にレアメタル、レアアースの類で、中国のお世話になっている話では無いのです。中国など、日本の技術無しには、何一つ技術も無い国で、その辺の技術協力の停止、そして今だに続いているODAの停止など、対抗措置は幾らでもあったはずなのです。

組織のトップが何も知らない、そして、そんな人物がトップに立てる、周りも似たような人材しか居ない・・・・今回の事件は、日本政府の無能さを世界に知らしめた様なものです。
日本の検察は、この国を破綻に追い込もうとしているのでしょうか?

中国は、あまりの呆気ない幕切れに、さぞかし驚いたことでしょう。そして早速「謝罪と賠償」を要求していますし、尖閣諸島の中国による侵略は着々と既成事実化しています。

中国という国は、自分の利益の為には、どんな嘘でも平気で、嘘も100回言えば真実になる・・・というのが国策の国なのです。そんな国に紳士的な対応など、全く通用しないのです。そんな国を相手に、所謂「公務員」しか知らない様な人物が対応できうるのでしょうか?

例えばアメリカでも、元実業家や弁護士が政治家になることが珍しくありません。コレは、政治=ビジネスであり、ケンカだからなのです。日本の中枢に、一体何人そんな人が居るのでしょうか?

メディアも一体誰の味方なのか、今だに相手が「漁船」が「衝突」したという姿勢を崩していません。誰がどう見ても、工作船による「体当たり攻撃」なのですが・・・・。今回の事件、結局はウヤムヤになり、日本では直ぐに忘れされれることと思いますが、歴史上稀に見る大失態だと言って間違いないところです。


ビュイック・ル・セイバー Buick Le Sabra 大きさ=正義の終焉?

ビュイック
09 /25 2010
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パークアペニューに比べて、クロームが控え目で、若干地味な雰囲気に抑えています。


ビュイック・ル・セイバーは、ビュイックの最高級車パークアベニューに次ぐ高級車でした。
写真のモデルは92年に登場したもので、前年に登場したパークアベニューに準じたデザインを採用しています。
共に3.8リッターのV6エンジンを搭載していますが、最大の違いが、13センチ程の全長の差なのです。若干全幅も異なるのですが、コレは恐らくドアに張られたサイドモールの形状によるものだと思われます。

では、この全長は・・・普通全長が違う場合、ホイールベースを延長しているものですが、コチラは、実に両者とも2,814 mmと、ホイールベースまで同じなのです。

この13センチは一体何処に行ったのでしょうか?

実は、トランクと、Cピラーが延長されていたのです!!

両者を見比べると、パークアベニューの方が太いCピラーと、長いトランクを持っています。

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本当に久々に見たパークアベニュー・・・太いCピラーのお陰で、より高級に見えますが・・・・


この延長されたCピラーが居住性に影響あるのか?両者を同時に見比べた事が無いので、何とも言えないのですが、まあ、パークアベニューのリアシートは非常に広大なので、ホイールベースが同じながら、若干リアのスペースも拡大されているのではないでしょうか?

同様は方法を取っていたのが、クライスラーのLHカーでした、通常のLHカーと、上級車のニューヨーカー/LHSはホイールベースが同一ながら、同じくCピラー後部からトランクにかけて延長されているのです。

そして、クライスラーもビュイックも、装備の違いこそあれ、その程度の違いが5000ドルもの価格差になるのですから、これまた驚きに値します。

現在、この手のル・セイバーは比較的見かけるのですが、同時代のパークアベニューを見かけることは、全くといっていい程ありません。

かつてのアメリカでは、シボレーよりポンティアック、ポンティアックよりもオールズ・・・そして同じビュイックでも、より大きい程高級という階級が成り立っていました。

ところが80年代の経営の混乱の中で、それが何の意味も持たない事に、消費者が気付き始め、それが90年代には完全に崩壊したのかも知れません。
同じ様な車に、無駄なプラス5000ドルを払わなくなった・・・・その事が、パークアベニューの現存率の低さに繋がっているのかも知れません。

そして同様に、先ほど少し触れた、クライスラー・ニューヨーカー/LHSも、全くの不発に終わりました。

ホンダ CB400SS

ホンダ
09 /21 2010
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CB400SSは、21世紀になってから発売された、ホンダの400ccシングルでした。その前にCL400という、オフロード志向(スクランブラー)の車種があり、ソレのロードスポーツ版という位置付けでした。
 
スクランブラーという形式は、本格的なオフロード車が登場する以前に一般的だったもので、スポーツ車の兄弟関係にあり、若干車高を上げ、ハンドルやマフラーの形状を変更したモデルでしたが、オフロード車の登場と共に姿を消しました。
 
話しをCB400SSに戻すと、このスタイル・・・誰がどう見ても、ヤマハのSRを下敷きにしたことは一目瞭然です。そして、CLのスクランブラーという形式は、90年代に一頃人気が爆発したFTR250からのステップアップ組みも狙っていたのかも知れません。
 
そして、同時期に同じく大ヒットしたSRに対抗してCB400SS・・・・こんな思惑が見て取れます。
 
SRが発売されたのは70年代末、しかもオフロード車をベースに作ったとあって、そのフレームの形状から、どんなカスタムをやっても、イマイチ決まらないのですが・・・。
 
そんな細かいことは、当時のデザイナーには関係なかったのでしょうか?SRから実に20年以上も経ってから、同じ様なスタイルを採用してくるとは・・・全く呆れたものでした。
一見古典的な英国車っぽいフォルムを求めている様にも見えますが、やたら高いステアリングポスト~タンクの位置が、スポーティーさをスポイルしています。
 
どうも日本人には、古い英国車=チンタラ走るバイクと勘違いしている人が多いのでしょうか?
60年代のイギリス車は、世界で最もスポーティーな位置付けにあったのですが・・・。
 
このCBのフォルムは、どう見ても実用車のソレなのです。
 
そして、シングルというのは、味付け次第で非常に軽快でスポーティーな走りをするものなのですが、ソレが全くスタイルに現れていないのは、どうしたものでしょうか?せめてフロントを19インチから18インチに変更するだけでも、随分マシになると思うのですが・・・。
 
少なくとも、かつてCB250RSという、シングルならではの軽快さを最優先させた銘車を作ったメーカーの作品とは、到底思えません。まあ、コレも後にモデルチェンジで台無しになりましたが・・・。
 
シングル=チンタラ走るバイクでは無いのですが・・・。そしてCBとは、ホンダのスポーツバイクの代名詞なのです。
 
スポーティーでもなければ、クラシックでも無い・・・その辺が、このバイクがイマイチ支持されずに終わってしまった原因なのかも知れません。SRの様なバイクが欲しいのなら、普通はSRを買うのです。
結局バイクの歴史もデザインの意味も知らない若いデザイナーが、見よう見まねでSRをコピーした・・・ただソレだけの話しなのでしょう。
 
 

2010 シボレー・カマロ

シボレー
09 /17 2010
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贅肉に次ぐ贅肉・・・余りの重ったるさに驚きました・・・。


2002年モデルを最後に生産中止になったシボレー・カマロが、2010年型として復活しました。
長年のブランクの後、先に登場した現行モデルのマスタングと同様、初代カマロを手本にした「レトロスタイル」で登場しました。

レトロスタイル批判派の私としては、「またか・・・」程度に思っていたのですが、実車を目の当たりにしてみて、正直、マスタングの時と同じく、初代には全く適わないという印象を持ちました。

写真で見る限り、ごく普通に見えるのですが、驚くことに、20インチという巨大なタイヤを履いているのです。
クライスラー300シリーズもそうでしたが、最近のアメリカ車は、どうもこの辺りからして、何か勘違いをしているのでは?と言いたくなります。

このタイヤが20インチということは、即ち如何にボディーが無駄な贅肉の塊りかということになります。
デザインの段階で使用する「クレイモデル」の基本は、あくまでも「削る」ことであって、決して「肉付け」することではありません。

このスタイルは、間違いなく肉付けに次ぐ肉付けの上に出来上がったモノでしょう。
そして、驚く事に、全長は先代より若干短くなっているものの、全幅が更に拡大しているのです。

どちらかと言えば、特殊なスタイルだった先代までのカマロから、より常識的な初代のクーペスタイルに戻したと思ったら、更なるサイズアップをしていた・・・コレは驚きに値します。

この事こそが、写真写りに比べて、実車を見た印象が余り良くない原因なのでしょう。

前から指摘していますが、必然性の無いデザインは、決して美しく無い、そして、辻褄合わせのデザインは、更に美しくない・・・・今回のカマロを見ていて気になるのは、正にその辺なのです。

ラフで大らかで、細かい事を気にしないのがカマロの魅力・・・こんな批判もありそうですが、少なくとも昔のカマロの方が、遥かにデザイン的に緻密で、絶妙なバランスが取れていたと、個人的に思っています。

そして、初代カマロという良いお手本がありながら、この程度のデザインしか出来ないGMは、やはり破綻して然るべくメーカーなのでしょう。


デアゴスティーニ 週刊ホンダCB750four

無題
09 /12 2010

随分と前からですが、所謂オマケ付きの週刊誌が随分と色々発売されています。

創刊号が690円・・・コレは安い!!と思って買うと、翌週からの大幅な値上げが待っています。

2号以降は1790円・・・そして、全80巻からなっているということは・・・・トータルで14万2100円ということになります!!

コレはこの手の雑誌の典型的な手法で、創刊号を安く抑えて売り、後は最後まで買わないと完成しない様な仕掛けになっているのです。
1/4といえば、あのタミヤの1/6よりも大きいのです。さぞかし迫力があることでしょうが、置き場に困り、夫婦喧嘩のネタになること請け合いです。

トライアンフ・スピードトリプル Triumph Speed Triple

海外メーカー
09 /12 2010
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1983年に倒産したイギリスのトライアンフ社ですが、後にハリス社によってボンネビルの復刻モデルが数年間生産されたものの、それも88年に生産中止の広告と共に姿を消し、ここにブリティッシュツインの歴史は幕を閉じることになりました。

その生産中止時のコメントには、「新たなモデルを開発中」という事が述べられていたのですが、新会社がスタートして、そのトライアンフというブランドが我々の目の前に現れたのは、1991年のことでした。

DOHCの3気筒と4気筒エンジンを搭載したソレは、かつての我々の知るトライアンフとは全く共通点が無く、「何でコレがトライアンフなの?」と誰もが思ったことでしょう。
エンジンも、カワサキのニンジャを参考にしたと言われており、確かにサイドカムチェーンの形状も、似ていました。

当時は、80年代のレプリカブームが一段落して、所謂ネイキッドと言われるモデルが出始めた頃で、私としても、むしろ旧ボンネビルを新技術で復活させる様なモノを期待していたのですが・・・。

ところが、幸いにも高速を含めた長時間の試乗をするチャンスがあったのです。車種は、カウル無しの3気筒「スピードトリプル」でした。
ニンジャと比較すると、特別個性的なフィーリングは無いものの、幅の狭いエンジンのお陰か、取り回しも楽で、とにかく上品な乗り味、身のこなしが印象的でした。
国産の大型車の様に、強烈な加速も無く、急かされる様な印象も無く、ズッシリとした重量感も無く、マイペースに何処までも走っていられる様な感じがしました。

強烈な個性は無いものの、全てに於いて上品でバランスが良く、扱い易い・・・・伝統的にトライアンフが求めていたのは、実はコレだったのかも知れません。

その後、海外行き等色々とあり、そして、後に経験した英国車(車)の品質から、余り欲しいとは思わなくなってしまいましたが、一度は消えた古いブランドを復活させるに当たり、敢えてレトロ路線を取らずに、独自の主張を見せ、それで成功したというのは、非常に珍しいことで、大いに評価に値することだと思います。

今日何故3気筒の記事を書いたのか?というと、以前、購入したいと思って連絡の取れなかったヤマハXS750(日本のGX750)が、再び売りに出されていたから・・・・でした。2台で3000ドルなのですが・・・。

フォード・マスタング

フォード
09 /11 2010
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日本では、中々の人気で、セリカ・リフトバックの下敷きにもなりました。


元々サブコンパクトカーとしてスタートしたマスタングは、値段の割りにスタイリッシュで、広範囲なオプション設定により、自分好みの車が買えるということで、大変な人気を誇っていました。

そして、67年にGMからライバルとして、カマロ/ファイアーバードが、よりスポーティー路線で登場すると、マスタングもそれに追従することになりました。

その他にもクライスラーからは、ダッジ・チャージャー、チャレンジャー等、GMからは、更にポンティアックGTOといった車種が登場し、このクラスの市場は活気を呈している様に見えました。

そんな中で、マスタングも69年モデルから、より大型路線を取り入れることになりました。マッハ1などの高性能モデルも設定されたのもこの世代です。

従来日本では、マスタングというと、この世代のイメージが非常に強く、マスタング=マッハ1というステレオタイプすらあった位でした。

ところが、ユーザー不在の大型化、高性能化は、同時に高価格化をも引き起こし、結局ユーザーから見捨てられることになり、実際の販売は低迷していました。
そして、次のモデルで「原点に戻る」ことを選び、マスタング2にバトンタッチすることで、馬力競争から足を洗うことになりました。

そして、その直後に訪れたオイルショック、排ガス規制のお陰で、アメリカ車全体がパワーダウンされることになってしまったこともあり、それ故にパワーの象徴として、日本人に強烈な印象を植え付けたのかも知れません。

今でも、初代のマスタングを見かけるのは、決して珍しい事ではありませんが、より新しいはずのこのタイプを見るのは、本当に珍しい事です。コレは今日に限った話しでは無く、14年前にカナダに滞在していた時も同じでした。そして、後の「不人気車」として名高いマスタング2の方が、遥かに多く現存していました。

americancars4ever

アメ車のブログとして開設して11年目、車以外にも様々な身の回りの話題を取り扱っています。