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フォード・マスタングⅡ Ford MustangⅡ 画像による初代との比較

カーデザイン スタジオ
12 /29 2010
64年の登場以来、爆発的な人気を博したマスタングですが、その中でも74年に登場したマスタングⅡは、駄作との評価がすっかり定着してしまっています。

その件に関しては、以前の記事で紹介しましたが、今日、非常に程度の良いマスタングⅡを見かけたので、写真に収めて来ました。

2代目で余りに巨大化した反省から、初代マスタングへの回帰を目指したこの車・・・・デザイン的に見てどうなのか、初代と比較してみましょう。

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先ずは初代マスタング・・・・スポーティーな中にも、上品さを併せ持つ、絶妙なスタイルです。

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マスタングⅡ・・・・似せようとした努力は認めますが・・・・・どうにもフロント周りが重苦しい印象が拭えません。

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初代のサイドビュー・・・・シンプルかつ重心の位置にも一寸の隙が有りません。

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マスタングⅡ・・・・前述のフロント周りの重苦しさは、フロントオーバーハングの長さが原因なのではないでしょうか?
同じく、後輪周辺の何処と無く寸詰まりな印象は、やはり初代のソレに一歩譲ります。

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初代マスタングのリア周り・・・・シンプルなバンパーの形状、そしてスッキリと切り落とされたデザイン処理は、多くのライバルに真似されたものです。

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マスタングⅡ・・・・当時のアメリカ車としては、珍しくウィンカーレンズがオレンジ色になっていますが、そのせいか、何処か日本車的な雰囲気です。

こうやって改めてマスタングⅡを写真に収めて観察してみると、やはり駄作と言われるのは、ある意味仕方が無いのかも知れません。

1.非常に人気の高い初代マスタングと比べられてしまうこと
2.2代目のパワフルさに比べられてしまう事
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2代目マスタング・マッハⅠ・・・・・巨大化、高価格化から、販売自体は低迷したものの、この存在感と比較すると・・・・・


それだけでも十分以上に難しいところに、ベースとなったフォード・ピントが炎上事故の多発というトラブルを抱えていたことも、更に追い討ちをかける結果となってしまいました。

敢えてこの車を肯定的に取るとしたら、2代目を遥かに上回る販売台数ばかりでなく、トヨタ・マークⅡや、ホンダ車に少なからず影響を与えたいたと思えることでしょうか?

そして、巨大化した2代目マスタングの販売不振という「事実」、顧客の声に目を向け、ダウンサイジングという、デトロイトでは前代未聞の所業をやってのけた経営判断は、販売不振の事実から目を逸らし続けて破綻に陥ったGMと比べると、十分評価に値する事なのかも知れません。





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ソケットの収納法

工具
12 /22 2010
工具を沢山持っていると、どうしても気になってくるのが、どの様にソケット類を上手く収納するか?です。

元々小さくて、しかも丸いので、ただ乱雑に工具箱に入れておけば、無くしやすいばかりでなく、使う時に必要なサイズを見つけるのに時間が掛かり、作業時間にも無駄が生じることになります。

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かといって、一般的な金属製のアレは・・・・着脱もし難く、収納性は兎も角、決して使いやすいものとは言えません。

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そして最近人気のあるのは、ネットで拾った画像ですが、この手のタイプです。どうもアメリカで一般的なこの手は、皆左側に行く程大きなサイズになるのが、どうにも気に入らないのです。

テレビのボリュームでもそうですが、一般的な感覚として、左に行く程小さく、右に行く程大きい・・・というのが人間心理に叶っていると思うのですが・・・・。アメリカでは左利きが多いのでしょうか?

そんな理由から、私はずっと自作のソケットスタンドを使ってきました。木の板に適当なサイズの木ネジをねじ込んだだけの物ですが、自分の持っているソケットに合わせて作れるというメリットが大きかったのです。


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今回カナダに来て、また同じ様な物を作ろうかと考えていたところ、結局カナディアンタイヤで見つけたコレを購入することにしました。平らな穴開きの板に、同封の1/4、3/8、1/2用のピンを差し込んで使うのですが、自分の好みに合った設定が出来ること、ソケットだけで無く、特に無くし易いアダプター類も上手く収納出来ること、そしてソケットの取り外しが非常にやり易く、今まで見てきた中で、最高の出来だと思います。

判り易く、しかも使い易く、出来る限り多くの物を収納するのは、結構試行錯誤しました。

これで1/4、3/8、1/2(写真無し)の一般的なメトリックソケットは何とかなったので、後は特殊ソケットとインチソケットを何とかしなくては・・・・。

それにしても、メーカー、種類、一貫性の無い、乱雑な揃え方です。

インペリアル・ル・バロン 手作り時代の名残・・・・

クライスラー
12 /21 2010
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キャデラックとは、また一味違う味わいがあります。


ル・バロンというと、かつての粋で小柄な2ドアコンバーチブル・・・。
実はこのル・バロンというネームは、かつて存在したクライスラーの高級車部門「インペリアル」の最高級車に付けられた名前だったのです。

その歴史は古く、1930年代まで遡ることになります。

元々、ル・バロンとは、前回取り上げた「フリートウッド」と同様、独立したコーチビルダーの名前でした。
そして、当時の例に漏れず、クライスラーも「インペリアル」の名前で高級車を生産しており、その最高級車の製作に関わったのが、「ル・バロン」だった訳です。

後にル・バロン社は、クライスラーに買収されることになりますが、フリートウッドの名前がキャデラックの中で生き延びたのと同様、インペリアル(当初はクライスラーのモデル名、後に高級車部門として独立)の中に、その名前を留めることになります。

1975年を最後にインペリアル部門は閉鎖になり、後にクライスラーにその名前を引き継ぐことになるのですが、コチラはごく一般的な車で、「インペリアル・ル・バロン」とは、何ら関係は有りません。

因みに翌76年のクライスラー・ニューヨーカーは、前年のインペリアル・ル・バロンをそのままに、装備を簡素化した車でしたが、それなら、何故この車を「クライスラー・ル・バロン」として売らなかったのでしょうか?

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クライスラー・ル・バロン・コンバーチブル 今でも根強い人気があります。


クライスラーも、90年代にこの由緒ある名前を葬り去り、随分と時間が経ちましたが、それに代わる印象に残る名前が有るか?といわれると、正直全く思い付きません。
因みに、ル・バロン・コンバーチブルの後継車の名前は「セブリング・コンバーチブル」ですが、正直全く印象にも残らない平凡な車です。

キャデラック・フリートウッド 手作り時代の名残・・・

キャデラック
12 /18 2010
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90年前後のキャデラック・フリートウッド。リアフェンダーの処理が特徴的で、よりフォーマルな雰囲気が漂っています。
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純正のビニールトップは、これ以降、急速に廃れていきました。
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同時期のキャデラック・セダン・ド・ヴィル・・・リアフェンダーと通常のルーフのお陰で、随分とカジュアルな雰囲気に見えます。


自動車の生産が本格的に始まった20世紀初頭、その車体の生産を受け持ったのが、コーチビルダーと呼ばれる、馬車のメーカーでした。

GMのボディー生産に携わったのは、傘下に入ったフィッシャーボディーという会社ですが、1931年、ペンシルバニア州に拠点を置くフリートウッド・メタル・ボディー社を買収しました。

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Body by Fisherのエンブレムは、80年代前半まで、GMの車に付いていました。


フィッシャーボディーが1908年にGMに参加している様に、比較的早いうちに通常の車の生産は、社内で行われる様になったのですが、一部の高級車に関しては、外注の受注生産という方法が長いこと取られていたのです。

フリートウッド社は、その例に漏れず、高級車をメインにしており、キャデラック、リンカーンは元より、デューセンバーグ、パッカード、ピアス・アローと言ったアメリカ勢ばかりで無く、メルセデス、ロールス・ロイス、ベントレーといったヨーロッパ車までも手がける会社として知られていました。

早くから部品の標準化によって、高品質化と共に、量産体制を整えたキャデラックでも、V-16の様な一部の高級モデルに関しては、ボディーはオーダーメードの外注という時代が続いていたのです。

世界恐慌、禁酒法の廃止、そして第二次世界大戦の影響で、そのマーケットを失ったキャデラックV-16シリーズは生産中止となり、そこでキャデラックの「手作り」の伝統が終止符を打つことになりました。

このV-16は、禁酒法時代に莫大な財を成した暗黒街のボス、アル・カポネの愛車としても知られていますが、1933年に同法が廃止される事で、皮肉にもマーケットを失う一因にもなったのです。

戦後になってからも、手作りのキャデラックが復活することは有りませんでしたが、それでもキャデラックの世界に冠たる高性能、高品質には何ら変わるところは無く、そのキャデラックの最高級モデルに於いて、このフリートウッドという名前が付けられる様になったのです。

写真上は、ベースとなった最も一般的なセダン・ド・ヴィイルをベースに、より装備を充実させ、フォーマルな装いを特徴としています。

確かに、こうやって比べてみると、意外なほど雰囲気の違いが見て取れるのですが・・・5000ドル以上の価格差の価値があるか?というと、正直微妙なところでした。

そのせいか、このタイプが販売されていた90年代初頭ですら、セダン・ド・ヴィルに比べ、圧倒的に目にする機会は少なかったものです。

因みに日本では、3万ドル代のこのクラスでも、実に700万を超える値札が付いており、それ故に、設定されたのはフリートウッドのみで、セダン・ド・ヴィルの設定は有りませんでした。

93年、このタイプがモデルチェンジされると、4ドアのド・ヴィルのみが生き残り、フリートウッドの名前は落とされ、別系列のFR車のフリートウッド・ブロアムのみに、その名前が継承されましたが、コチラも96年モデルを最後に生産中止となりました。

ここにて、フリートウッドの名前が完全に途絶えることになってしまったのですが、GMの病巣は、この様な由緒ある名前を蔑ろにしておきながら、DTSだのCTSだのと、何の面白みも無い名前を採用していること、そして馬車の時代から100年以上に渡る歴史あるスタイルを捨て去ってしまったこと・・・・。

かつて、キャデラックといえば、世界を代表する高級車の一つでしたが、残念ながら、その伝統は、今や完全に廃れてしまった様に思います。まあ、当のアメリカ人自体、余りそれを気にしていない事、そして、同じキャデラックでも、エスカレードの様な車が持て囃される現状を見ると、今更私ごときが何かを言うべきでは無いのかも知れませんが.......。

英単語の日本語表記

無題
12 /16 2010
先日、アメリカ人は、フランス語でもドイツ語でも、皆英語の発音に直して発音するということを書きましたが、では、日本人はどうでしょうか?・・・・というと、実は気になる事が有るのです。

最近はインターネットで世界中の地図が瞬時に見られる様になりましたが、私の住んでいるバンクーバーをGoogle Mapで見ると、どうもその表記に首を傾げたくなることがあります。

例えば従来日本語で「ガスタウン」と発音されていたGasTownは、「ギャスタウン」と、より英語に近い表記になっています。コレはいい傾向だ・・・・と思っていたら・・・・

かつて私の住んでいたノースバンクーバーのMontroyal Blvd(モントロイアル・ブルバード).は、何と「モントーヤル・ブールバード」・・・・・。

近年急速な再開発の進んだ、市内のYaleTown(イェールタウン)は「ヤルタウン」・・・・・。

Lougheed Hwy(ローヒード・ハイウェー)は、何故か「ライード・ハイウェー」・・・・・・。

かつての日本人は、何が何でもローマ字読みで読もうとする習慣があり、Ford Mustangも、「マスタング」ではなく「ムスタング」と呼ばれていました。

今回取り上げた例は、一体何なのでしょう?
ローマ字読みでも無いし、現地の発音には程遠いし、一体何を考えて、こんな表記になったのでしょう?
もしかしたら、英語が上手く聞き取れない人には、こう聞こえる・・・という奴なのでしょうか?
日本人にはDUTSUN(英語ではデァーツスンと言っています)が「ダッツン」に聞こえる様に・・・。

確かに日本語で英語の発音を表記するのは、難しい事もありますが、最低限現地の人が聞いて理解できる様な表記じゃないと、やはりマズイのではないでしょうか?

バンクーバーに来て「ヤルタウン」なんて聞いても、絶対誰も理解してくれないことでしょう。

95 GMC サファリ エンジン始動不能

GM
12 /14 2010
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日本でも人気の有ったアストロの兄弟車です。このサイズでFRということから、根強い人気は有りますが・・・
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ココから作業することになります。右側に比べ、左側のスペースが相当狭くなっているのが判ります。
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酷い状態でした・・・。
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コレも原因の一つでしょう。
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中もボロボロでした・・・・ローターも1mm位短くなっていました。



朝、隣人の95年型GMCサファリのエンジンが掛からなくなりました。
一応クランキングは出来ていたのですが、どうも火が飛んでいる様子がありません。
最近朝エンジンが掛かりにくい傾向にあったものが、今日遂に・・・・という訳です。

この車は、エンジンを弄るに当たり、ダッシュボード下のカバーを取り外して作業をする事になります。

取り合えずディストリビューターからセンターコードを外し、クランキングすると、一応火花は飛びました。

次にプラグコードで試してみると、やはり火花は飛びます。

コレで電気系は一応OKと判断し、次は燃料系・・・・と言う前に、やはり先ずは一番簡単なディストリビューターキャップを外すと・・・・緑錆まみれの酷い状態でした。次にプラグ・・・・やはり酷い状態でした。

そして、一番プラグが濡れていたシリンダーのプラグコードを辿ると、やはりキャップの所で錆を発生していました。

結局ごく単純なプラグ、ディストリビュータキャップ、ローター、コードの交換で難なくエンジンは始動しました。

幾ら大気圧で火花が飛んだとしても、シリンダーの中で圧縮状態に有ると、十分な火花が飛ぶとは限らないのです。

定期点検に出したばかりだということでしたが、この様にプラグの点検に何かと手間のかかる車種は、そこまでシッカリと点検してくれない事が多いのです。
それ故に、アメリカ製のバンというのは、酷使されてることも含めて、ある意味非常にリスキーな買い物かも知れません。

それにしても、BC州は、非常に厳しい排ガステストが実施されているのですが、よくこの状態で通ったものです。

Merkur XR4Ti 名付けの失敗例

フォード
12 /12 2010
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このフロントマスクは個性的でした。


前回、ヨーロッパフォード製のカプリをアメリカで販売するに当たって、何故かマーキュリーから販売されたという話しをしました。

アメリカフォードとしては、ヨーロッパフォードを販売するに当たり、どの様な位置づけで販売するかに迷いがあったのです。
それは、アメリカで一般的なサイズ≒クラスというソレが単純に適応出来ないからなのですが・・・・。

2度に渡るオイルショックの影響で、小型車の必要性に迫られたアメリカフォードは、マツダの車をベースとしたエスコートの他に、ヨーロッパ製の車を導入するに当たり、新たに設立した部門が”Merkur” でした。

さて、コレ・・・一体何と発音するのでしょう?
コレはドイツ語で水銀(マーキュリー)を意味する単語で、ドイツ語では「メルクール」と発音する様です。ところが、アメリカ人というのは、日本人とは違い、現地の読み方ではなく、自分たちの読み方で読もうとするのです。
例えば先代のローマ法王「ヨハネ・パウロ2世」も、アメリカでは「ジョン・ポール」になるのです。

実は、このブランドの中心的モデルとなったMerkur XR4Tiが、96年に私がカナダに滞在していた時、仕事場に有ったのです。皆「マークヮ」の様に発音していました。オマケに車種名も、決して読み易いものではありません。

馴染みの無い読み難い名前、そして大したこと無い車・・・・という事で大した人気を得る事も無く、89年、僅か5年目でブランドは廃止されてしまいました。

それにしてもこの車、何とも不思議なデザインを纏っており、その面では十分に新鮮であったものの、北米では、ハッチバックとFRというの、イマイチ受けなかった理由なのかも知れません。

因みに後年、ニュージーランドに行った時、この車がゴロゴロしているのに、逆に驚きました。
アチラでは、ヨーロッパと同様、フォード・シエラと呼ばれていましたが、北米では、3ドアハッチバックのみであったのに対して、5ドアのステーションワゴンが最も一般的で、3ドアは逆に殆ど見かけませんでした。

車の名前に関する文化は、アメリカとヨーロッパでは大きく異なります。

例えばBMW 320iと言えば、3シリーズ(コンパクト)で2.0リッターのエンジン、フューエル・インジェクション・・・・と言った様な、車格とエンジンサイズが分かる様にした数字の羅列であるのに対して、アメリカのソレは、キャデラック・エルドラード・・・・と言った様な「ペットネーム」を与えるのが一般的で、日本のトヨタ・カローラなどというソレも、アメリカ流を真似したものでした。

それならむしろ、普通にフォード・シエラと呼んだ方が、普通に売れたのでは?とも思えます。

尚、Merkurという存在自体が、現在では歴史から抹殺されている様で、話題に上ることは殆ど有りません。


ウィキリークス創設者逮捕、でも公電暴露は続行

ニュース
12 /08 2010
 【ダブリン=大内佐紀】英ロンドン警視庁は7日、スウェーデン国内で知人女性2人に性的暴行を働いたなどという訴えに基づいて国際指名手配されていた内部告発サイト「ウィキリークス」の創設者ジュリアン・アサンジ容疑者(39)を逮捕したと発表した。
 発表によると、アサンジ容疑者は7日午前(日本時間同日夜)、ロンドン市内の警察署に出頭した。容疑は全面的に否認している。

 同容疑者は同日午後、スウェーデンへの身柄引き渡しについて審理するロンドン治安判事裁判所に出廷し、引き渡しを拒否した。BBC放送によると、欧州連合(EU)加盟国の取り決めによって引き渡しは「逮捕後90日以内」とされ、今後、同裁判所が引き渡しの是非について判断を下す。また、同裁判所はアサンジ容疑者の保釈申請を却下した。

 アサンジ容疑者はオーストラリア人でネット起業家。スウェーデン当局は、今年8月、同容疑者が 強姦 ( ごうかん )、性的行為の強要などを行った疑いがあるとして逮捕状を取り、国際刑事警察機構(ICPO)を通じて国際指名手配していた。同容疑者は指名手配について、「米国政府による攻撃キャンペーンだ」と主張してきた。

 アサンジ容疑者が2006年に設立したウィキリークスは、今年7月以降、アフガニスタンやイラクでの対テロ戦争に関する米軍機密文書を公開、11月には入手した約25万点の米外交公電の暴露を始め、米国は猛反発した。ロイター通信によると、ウィキリークス広報担当者は、今回の逮捕によりサイトの活動に影響が出ることはないと言明。米国の外交公電公開は続けていく考えを示した。




どこかの国の「痴漢冤罪」と被るのは、私だけでしょうか?

現行犯ではなく、「疑い」だけで「国際刑事警察機構(ICPO)を通じて国際指名手配」とは・・・・また大層な話しです。

それだけ警察を動かすだけの力のある「女性二人」とは、一体何者なのでしょうか?

かつて、横山ノック知事の時も、「学生アルバイト」の一人の女性が、ズラリと一流どころの弁護士を揃え、知事を訴えるという、それは素晴らしい人脈、行動力、経済力を見せ付けたことがありました。

何でも良いから、逮捕した者勝ち・・・・という何時ものアレにしか見えません。

今回のこの事件も、アメリカの横暴を世間に知らしめるだけの話しです。

マーキュリー・カプリ 多国籍・・・そして無国籍

フォード
12 /07 2010
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カプリは、特にアメリカ市場に於いて、何とも不思議な存在でした。

初代カプリは、69年にヨーロッパフォードから発売された2ドアクーペのフォード・カプリを、アメリカに持って来たものでした。
エンジンも4気等やV6がメインで、サイズ的にも、同じく2ドアクーペのマスタングよりずっと小柄であったのですが、何故かフォードでは無く、一クラス上のマーキュリーから発売されたのでした。

初代の生産中止から数年のブランクを置いて、79年に登場した2代目カプリは、4代目マスタングの兄弟車となり、同じくマーキュリーから発売された関係で、マスタングよりも若干フォーマルな雰囲気となっていますが、大した人気を得る事も無く、マスタングよりも先に生産中止となっています。

そして今回取り上げるのが、3代目カプリですが、今度はオーストラリアフォードの手によるもので、90年に登場しています。
この車は、マツダ323(ファミリア)のシャシーを流用したもので、ボディースタイルはコンバーチブルのみという、また思い切った設定でした。

ところが、ほぼ同じセグメントに、よりスポーティーなマツダMX5(ロードスター)が有った事、より快適なクライスラー・ル・バロン・コンバーチブルの様なアメリカ製コンバーチブルが有ったことも手伝ってか、イマイチ人気が出ないまま、生産中止になってしまいました。

フォード内に、特にバッティングする車種がある訳でも無いのに、何故かフォードでは無く、マーキュリーから発売されたこと、各世代毎に開発された国が違うこと、どのモデルもコンセプトが全く違うこと、そして、どれも大して人気を得る事が無く、生産中止になっている事。

一体何を目指していたのか、正直謎な車です。

先にビュイック・リエッタを紹介しましたが、どうもこの2者が私の中で混同していました。

冬のバンクーバー

カナダ情勢
12 /06 2010
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ここの所、寒い日が続いているのですが、今日は比較的暖かく、5度くらいまで上がりました。
しかし、下手に晴れているよりも、天気が悪い方が、かえって寒く感じない様です。

因みに今日の日没は4:15PMとなっていますが、日没というのは、何を基準にしているのでしょうか?この撮影場所からは、5時頃、日が沈んだのですが・・・。

何れにしても、夏は10時頃まで明るいのに比べると、冬は物凄く日が短いのは、高緯度地域ならではのものです。

americancars4ever

アメ車のブログとして開設して11年目、車以外にも様々な身の回りの話題を取り扱っています。