FC2ブログ

アキュラTSX ヨーロッパの普通は、アメリカの高級???

日本車
09 /26 2011
イメージ 1
アキュラTSXは、ヨーロッパ型アコードを北米市場に移植したモデルです。

現在のホンダ・アコードには、大柄な北米型と、コンパクトなヨーロッパ型とが用意されていますが、北米では、より大きい北米型が、ホンダとして売られており、より小さいヨーロッパ型が、高級ブランドのアキュラから販売されています。

逆に日本市場を見ると・・・・コンパクトなヨーロッパ型がアコードとして、そして、より大柄な北米型が、上級車種のインスパイアとして販売されています。

価格を見てみると、ココ、バンクーバーでは、アコードが$25000~であるのに対して、アキュラTSXは、$35000前後と、かなりの高価格で販売されています。

つまりアメリカでは、より小さなアキュラの方が高級で、より大きいアコードの方が廉価という扱いを受けている訳です。

これは一体何を指しているのでしょうか?
恐らく過去40年の間で、北米の人にとって、大柄なアメリカ車に対して、ヨーロッパ的なコンパクトさ、スポーティーさは、知的で洗練された憧れの対象として認知される様になったという事なのでしょう。

逆に日本では、単純にコンパクトな車は普通、大きい車は高級・・・・。

因みにニュージーランドでは、2002年に先代アコードが発売された時、ヨーロッパ型を導入するか、アメリカ型にするかの議論が行われました。その更に一つ前は、大柄な北米仕様のみが来ていた関係で、大変に難しい決断を迫られた訳ですが、結局4気筒はヨーロッパ型、V6は北米型という風に導入され、非常に上手い棲み分けが出来ました。

それにしても・・・・・同じ車が、国によっては高級車に仕立て上げられ、また別の国では逆の事が行われる・・・・マーケティングの結果とは言え、その価格差は決して小さな物ではないだけに、余り気持ちのいいものではありません。

この車も、オリンピック景気に沸いていた2005年のバンクーバーでは、非常によく見かけた車でしたが、今ではすっかり見なくなりました。
スポンサーサイト



日韓外相会談で玄葉氏「慰安婦問題、解決済み」

ニュース
09 /25 2011
ニューヨーク=中島健太郎】玄葉外相は24日午前(日本時間同日深夜)、ニューヨーク市内のホテルで韓国の 金星煥 ( キムソンファン )外交通商相と初めて会談した。

 金氏が、いわゆる従軍慰安婦問題を巡り元慰安婦の賠償請求権問題を取り上げたのに対し、玄葉氏は「1965年の日韓請求権協定で解決済みだ」とした上で、「この問題が日韓関係全般に悪影響を及ぼすことがないようにするべきだ」と述べた。
(2011年9月25日00時44分  読売新聞)


最初に明確にしておかなければいけないのが、従軍慰安婦という言葉です。
これは80年代初頭、吉田清治という者が、慰安婦狩りをしたという捏造記を発表した事に端を発しています。

それ以降、自称被害者が続出している訳ですが・・・・。

韓国への賠償は、1965年の時点で終わっているのです。当時の韓国のGNPを大幅に上回る賠償金が支払われ、それが、後の韓国経済の発展のために使われたたので、個人的に保証されていない・・・・なんて言うのは、見当違いも甚だしいところです。

それ以前の韓国は、北朝鮮よりも経済的に遅れており、最貧国の一つで、春になると春窮と言って、餓死者が続出する位に貧しい国だったのが、その後、急速に生活インフラが完備され、工業が発展して、現在に至っているのです。

韓国は、経済が行き詰った時、政権が不人気の時、決まって竹島、慰安婦と騒ぎ立てます。国民の政府批判をかわす為なのですが、今回は、新政権相手に強く出たい・・・というニュアンスでしょうか?

幾ら正論でも、こんな事を言う、袋叩きの目に合うのが日本の社会・・・・一体何処の国のマスゴミなのか・・・?また下らない辞任騒ぎにならなけりゃ良いのですが・・・・。

1940s クライスラー 第二次大戦前後のアメリカ車

クライスラー
09 /22 2011
イメージ 1

1940年代のクライスラーです。バンクーバーのダウンタウンで、レストランの看板として、何時も同じ場所に停まっている車ですが、実走可能です。

このボディースタイル・・・・横から見ると、ワゴンの様に見えますが、独立したトランクを持った、れっきとしたセダンです。

50年代になると、現在に通じる3ボックスタイプのセダンが人気を博す様になり、この様な「ファーストバックセダン」は、姿を消すことになりました。

この頃になると、フェンダーもボディーに一体化しつつありますが、同世代のVWビートルも同様、フェンダーの膨らみが目立ちます。

写真では見えませんが、フロントガラスが、左右に分割されているのも、この頃の特徴で、50年代になると、一枚のカーブドガラスを使うのが一般的になりました。

リアドアは、後ろにヒンジを持つタイプで、この頃は世界的に見られた形状でした。乗り込む時に、足元が広いというメリットがある反面、走行中、風圧がドアを「開ける」方向に作用する為、安全性の問題から、現在は採用されなくなっています。英語では、Suicide door (自殺ドア)という有り難く無い呼び名もあります。

1941年にアメリカが第二次世界大戦に参戦すると、一般向けの自動車の生産は中止され、42~45年モデルというものは、軍用車以外には有りません。
そして46年モデルから、生産が再開されるのですが、この時登場したモデルは、どれも41年モデルと殆ど変わらないものでした。

その事から40年代のアメリカ車は、長い期間、進歩が無かったという風にも言われていますが、その間も技術が停滞していた訳では無く、1948年型キャデラックを皮切りに、49年頃から、各社フルモデルチェンジを経た、実質的な「戦後モデル」を投入することになりました。

クライスラーPTクルーザーは、この頃のデザインをアレンジ物だと思いますが、このデザインを現在風に翻訳すると・・・・・ファーストバックセダンでは無く、5ドアのステーションワゴンになりました・・・・。
イメージ 2
クライスラーPTクルーザー・・・・・40年代のスタイルを現代風にアレンジしたものです。



北米でのルノー

イーグル
09 /19 2011
イメージ 1
イーグルのカタログ・・・・手前からプレミア、メダリオン、サミット・・・ルノーと三菱のバッジエンジニアリング・・・・恐ろしく主体性の無いブランドでした。


北米でルノーの販売が終了したのは、1992年と、意外と最近の事なのです。
では、一般の人にルノーと言ったところで・・・・恐らく何の事だか理解する人は、ヨーロッパ出身の人か、若しくは余程車が好きな人に限られていることでしょう。

ルノーと言うブランドが北米から撤退したのは、1950年代と古く、まだ日本車が北米に上陸する以前の話しでした。

そして、ルノーの販売が再開されたのは、80年代に入ってからで、当時、ルノーの子会社であった、アメリカ最後の独立系メーカー、AMCとの共同で生産された、ルノー・アライアンスからでした。

最初はルノーのブランドで販売されていたのもが、後にAMCのブランドに切り替わり、1987年にAMCがクライスラーに買収されると、クライスラーがイーグルという新たなブランドが立ち上げ、主にそこから、ルノーの車が販売されることになりました。

イーグル・プレミア/ダッジ・モナコ、イーグル・メダリオン等の車が、クライスラーから販売されましたが、どれも販売面では苦戦し、92年には、全ての販売を終了し、そこでルノーの北米での歴史に終止符が打たれました。

現在の目で見ると、破綻の無い、非常にしっかりとしたヨーロッパ的なデザインだと思いますが、私個人の当時の印象では、アメリカ的なデザインを強く残した同時代のニューヨーカー等と比べて、淡白に見えたものでした。

1992年、クライスラーから完全な新型車として、LHカー(クライスラー・コンコルド、ダッジ・イントレピッド、イーグル・ビジョン)の3兄弟が発売されました。
従来の横置きFFのKカーベースの車と比べると、新型車はエンジンが縦置きになっており、全くの新設計の車・・・と思ったものですが、実はコレ、イーグル・プレミア、即ちルノーの影響だったのです。

それは、AMCの副社長であった人物が、クライスラーの副社長に就任した事とも、無関係とは言えないでしょう。

昔から、ヨーロッパではそれなりに売れている車でも、北米に持ってきた途端に全く話しにならない位の品質であった・・・・という話しは珍しくないのですが、ルノーの車も、その一例でした。
そして、LHカーもその伝統をしっかりと受け継いで、貧弱な品質の上に、悪夢の様な整備性で、整備現場でも大いに嫌われたものでした。

バンクーバーの車事情

カナダ情勢
09 /17 2011
イメージ 1

以前から、バンクーバーでアメリカ車が減ったという事を言っていますが、それを実感して頂ける写真があります。
如何でしょうか?辛うじて左から3番目にシボレーがある以外、皆輸入車ばかりです。
場所は、かつての倉庫街、現在はお洒落に再開発されているイェールタウンです。

場所柄、余り所得の低い人が気楽に駐車する場所では無いので、古い車とは言っても、それなりに収入のある人だと言えます。

それにしても、ダウンタウンに車で乗り込むだけでも結構大変なのに、よりによって、こんな所に車を停めるなんて・・・・それだけでも随分と贅沢に思えます。

北米市場での明暗・・・・日本車vsラテン系の車

ヨーロッパ車
09 /16 2011
イメージ 1
シトロエンDS2 かつては北米でも販売されていました。FF、驚く程に長いホイールベースから来る広大な居住空間、独特なサスペンションによって、不思議な乗り心地を演出しています。
それにしても、国土も人口も小さく、車検の有るニュージーランドの方が、遥かにこの手の車が多く実働しているという事実は・・・・。


北米に来て思うのは、本当にヨーロッパ車が少ない・・・・という事です。
「ヨーロッパ車、随分走ってるじゃない?」と言い返されそうですが、それは殆どがドイツ車で、ラテン系の車、つまりフランスやイタリアの車は、ほぼ壊滅状態なのです。

イタリア車は、フェラーリ、ランボルギーニ、最近少し見かけるマセラッティ位で、96年にアルファロメオ、80年代半ばにフィアットが撤退しています。

フランス車は、70年代前半にシトロエン、90年代初頭にプジョーが撤退して以来、全く無くなってしまっています。

こうやって見ていくと、70~90年代にかけて、消えていった事が判りますが、その理由は何だったのでしょうか?

正直その時代のラテン系の車というと、活発な走り、デザインは魅力的ながら、あらゆる面で、明らかに耐久性に欠けていた事、北米の文化であった「ガソリンスタンドでの修理」で対応し難い構造、そして、やはり同時代に北米に大挙して押し寄せてきた日本車の影響も大いに有りました。

アメリカ人にとって車、特に小型車となれば、一にも二にも大切なのは耐久性、経済性であり、その事を考えると、例えスポーティーでカッコイイと言ったところで、細かいトラブルが多発する様では、魅力ある商品には成り得なかったのです。

そうやって北米市場に背を向けたラテン系の車たちは、その後、どうなったでしょうか?

フィアット、アルファロメオ、プジョー、シトロエン・・・・現在でも、小粋でスポーティーな走りは健在で、品質面で日本に適わないのは確かですが、誰にも真似の出来ない孤高の姿勢を貫いています。

逆にアメリカで大成功を収めた日本車がどうなったでしょうか?

巨大化の上に、無個性、無味乾燥と、コレがアメリカで求めらるモノを作り続けた結果なのか・・・・と思うと、何ともやり切れない思いがします。

同様に北米に力を入れてきたドイツ車も、程度の差こそあれ、似たような傾向に有るのは否定できません。

結局北米で求められる車を作り続けると、大柄で大味な車にしかならないのでしょうか?

日本のメーカーも、もう少し早くヨーロッパに本腰を入れて目を向けていれば、また事情は異なっていたのかもしれません。70年代初頭、シボレーでは無く、BMW02シリーズを手本にすべきだったのです。

世界一の品質を持つ日本車でも、乗り心地、操縦性、「居住感」では、まだまだ歴史の長いヨーロッパから学ぶ事は沢山あるのです。

反面、ラテン系の車は、その辺が非常に優れているのが特徴です。

スズキ、VWとの提携解消を発表

ニュース
09 /12 2011
 スズキは12日、独フォルクスワーゲン(VW)との資本関係を解消すると発表した。
 スズキは、VWと対等の関係を目指したが、1年半にわたる交渉の結果、対等関係の構築は難しいと判断した。
 スズキは、環境技術などの開発加速を目指し、VWは小型車技術の導入を目指し、2009年12月に、資本提携関係を結んだ。その後、実務協議が進められたが、経営の独立性を強調するスズキは、筆頭株主としての支配力を行使しようとするVWに反発していた。
(2011年9月12日16時05分  読売新聞)

スズキというメーカーは、日本のメーカーでは、ずば抜けて海外との交渉力のあるメーカーです。
かつて、GMによって破壊されたいすゞや、クライスラーの言いなりだった三菱に比べ、その交渉力は、非常に見るべきものがあります。

スズキが一貫して主張しているのは、あくまても「対等な提携関係」であって、他の日本のメーカーのソレとは、一味異なっています。
GMの販売力を徹底的に利用して、アメリカで販売したのは、実に上手いやり方でした。

あくまでもGM側に取り込まれる事無く、独自路線を貫き通しため、GM破綻による影響も有りませんでした。このの強さは、一体何処から生まれるのでしょうか?

本社が国際都市、東京には無く、静岡県の浜松の郊外、可美村(現在は浜松市に併合)という小さな村であった事も、大変に興味深いところです。

他のメーカーにも、大いに参考にして欲しいメーカーの一つだと思います。

バンクーバーの自動車保険事情

カナダ情勢
09 /12 2011
皆さん、日本で車に乗っていて、何で日本はこんなに車の維持費が高いのか?と嘆いていませんか?

私が住んでいるカナダのバンクーバーも、維持費の高さでは負けていません。
特に酷いのがBC州特有のICBCと呼ばれる保険のシステムです。

日本では各ドライバーの経験、使用状況等によって、良い条件の保険を取捨選択することが出来ます。

コチラでは、自動車保険が全てICBC=政府によって運営されているので、他に選択の余地が無いのです。

元々保険会社間の不公平を是正するのを目的に、70年代に始まったシステムですが、40年近くの歴史の中で、そのシステムは、完璧に破綻してしまったのです。

通常、事故が起きた場合、双方の保険会社同士が交渉し、場合によっては裁判を起こすことによって、問題を解決するのですが、BC州の様に、皆同じ保険会社を使っているということは、一つの事故を、同じ保険会社の中で処理するということになるのです。

例えば私の保険会社も、相手の保険会社も同じな訳です。そうなると、当然私の担当者が、相手の担当者を訴える・・・・なんて事が、起きる訳がありません。

一番手っ取り早い解決方、両方悪くして、両方の保険料を上げ、しかも修理代も払わない・・・・という結果になることが、大変に多いのです。

そして、そうならない為に、当事者が弁護士を使って、保険会社と交渉するというのが一般的になっています。

普通保険で弁護士が絡むというと、保険会社が相手を訴える等、そういう場合なのですが、ココBC州では、相手と交渉する為ではなく、当事者が保険会社に騙されない様に、ユーザーが保険会社を訴える必要が有る訳です。

少し信じられない話しなのではないでしょうか?
因みに弁護士料は出来高制で、保険会社が最終的に支払った額から3割程払うというシステムが普通です。

オマケに保険料もベラボーに高く、私の様に免許暦、無事故暦25年以上と言う場合で、証明が出来ても、保険料が年間1000ドルを下ることはありません。最低限で何も付けないでも900ドル位にはなりますが、昨今の凄まじいバンクーバーの運転マナーの中で、コレは極めて危険な選択です。

保険料の体系もおかしく、50,000ドルの車も、500ドルの車も、それ程変わらないのです。

500ドルの車の保険に1500ドル払って、事故が起きて廃車になっても、支払われるのは、最高で500ドルです。
要するに、貧乏人が、裕福層を支えている訳です。

この様に、政府による腐敗し切った独占によって、全く話しにならないシステムなのですが、それでも、他に選択が無いので、使わざるを得ないのが現状なのです。

昨年、消費税のシステムが変更されたのが、それが大変に不評で、選挙の結果廃止が決まったのですが、私からしたら、消費税なんかよりも、コチラの自動車保険の方こそ廃止して欲しかったものです。

カナダの政治は、日本なんかに比べて、遥かにクリーンだとは言われていますが、こうやって、誰もが実害を被っているシステムが放置されているのが、私には不思議で仕方がありません。

昨今の原油高も加え、余りの維持費の高さから、車を手放す人は後を絶たず、BC州という大きな人口を抱える州としては、これこそ自動車産業のビジネスの障害だと思うのですが・・・・。

かく言う私も、現在の生活スタイル、駐車場事情、渋滞を考えると、とてもあの高額な保険を購入してまで車が欲しいとは思えません。

キャデラック・新型フリートウッド???

カーデザイン スタジオ
09 /11 2011
イメージ 2
キャデラック・フリートウッド・コンセプト???


インターネットで、こんな画像を見つけました。
新型フリートウッド・・・・・確かにキャデラックらしいフォーマルな雰囲気がありますし、正直、フロントマスクと、ホイールが大きすぎる事以外は、結構好印象なのですが・・・・・。

よく見るとコレ、以前私がこのサイトで紹介した、フォトショップで加工したアレにソックリではないですか!!
イメージ 1
コチラは、キャデラックのかつてのコンセプトモデル、キャデラックSixteenをベースにフォトショップで加工したものですが、最初の写真とボディーラインがソックリです。
イメージ 3
ベースになった、キャデラックSixteen コンセプト      

以前の記事で紹介したものです。最初の写真が、どの様な経緯の物かは知りませんが、Sixteenコンセプトに比べ、より市販車的な雰囲気がある事から、ある程度開発が進んだ段階のモデルなのでしょうか?それとも単なるフォトショップの悪戯か・・・・?

そして、当のGMといえば、このコンセプトモデルの潜在能力を見抜けずにお蔵入り、カクカク、バキバキの悪夢へと急旋回する訳ですが・・・・。

旧式リムジン キャデラック・フリートウッド・ブロアム

リムジン、特殊車両
09 /10 2011
イメージ 1

タクシーやポリスカーは、その過酷な使用状況から、一定期間を過ぎると、入れ替えが行われます。

リムジンの場合、タクシーやポリスカーほどの頻度では無いものの、やはり入れ替えは行われており、精々一世代前のモデルを時々見るかどうか?といった感じです。

写真のキャデラック・フリートウッド・ブロアムのリムジンは、70年代後半~90年代初頭まで生産されていたモデルですが、流石にこの手のリムジンを見かけることは、ほぼ皆無と言えます。

ある程度は、結婚式やパレード用といった特殊な用途に使われていますが、それ以外は一体何処に行ってしまうのでしょうか?

因みにこの車・・・・スーパーの駐車場に入ってきたので、驚きました。普通、リムジンがスーパーの駐車場なんて来ないので・・・・。ドライバーは、少しアウトローな感じの人で、車を斜めに駐車すると、そそくさと買い物に行きました。

この車を普通に使用しているのでしょうか?

写真を見れば分かりますが、スーパーの駐車場の区分は狭すぎるので、周りに誰も居ないところに、しかも斜めに停めるのが精一杯だった様です。
ヘタなマイクロバスよりも長いこの車・・・・昨今のバンクーバーの道路事情では、さぞかし取り回しに苦労することでしょう。

ただ、フォーマルな雰囲気では、現在のリンカーン・タウンカーより、遥かに上だと思います。リンカーンがパーティー用リムジンという雰囲気なのに対して、コチラは、大統領専用車・・・・といった雰囲気がある様な気がします。

やはり、この頃のキャデラックには、高級車としての「華」が有ると思います。
シボレーと多くの部品を共用し、安物のプラスチックをフンダンに使っていても、それでも日本人には真似の出来ない、数値に表れない何かが、そこには有るのです。

馬車の時代~手作りの時代からの伝統なのでしょうか?

americancars4ever

アメ車のブログとして開設して11年目、車以外にも様々な身の回りの話題を取り扱っています。