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「南京事件も虐殺もなかった」 河村名古屋市長「現地で討論会」に意欲

ニュース
02 /26 2012
 名古屋市の河村たかし市長が、中国・南京市から訪れた市共産党幹部らに対し、「南京事件はなかったのではないか」と述べた。後の記者会見でも「いわゆる南京虐殺はなかった」として、「真実を正すのは、社会的使命だ」とも語った。
   河村市長はこれまでも、いわゆる南京大虐殺について、市議会で「深い疑問」を呈すなどしていた。今回は、南京市訪問団へ「南京での討論会」の開催を呼びかけ、実現すれば本人も参加する考えを示した。

「社会的使命、ミッションを深く感じております」

http://www.j-cast.com/images/2012/news122931_pho01.jpg 
河村名古屋市長が現地討論会に意欲をみせている。
   河村市長は2012年2月20日、姉妹都市である南京市の訪問団と会談した後の会見で、「南京事件」(河村市長)について、「一般的な戦闘行為の結果、大勢の方が亡くなられた」としつつ、「一般市民(へ)のいわゆる虐殺行為はなかった」と述べた。
   「南京事件を勉強してきた」結果だという。「真実を正す」ため、「社会的使命、ミッションを深く感じております」。
   河村市長の父親が「南京事件の8年後の終戦時(1945年)に南京にいた」が、現地の人からとても親切にされたと指摘し、「虐殺があったところでそんなに優しくしてもらえるはずがない」と、自らの「分析」も披露した。
   あくまで「日中友好を実現するため」の発言だそうで、「(中国に対して)すみません、平和、平和じゃいかんのですよ」と思いを語った。「南京市で南京事件の討論会を開いてほしい」と訪問団に要請したことについては、「私も行きますけど」と、実現と参加に意欲を示した。
   河村市長発言を受け、中国外務省の副報道局長は2月20日の会見で、「そのような見解には賛成できない」「確かな証拠がある」と反発した。
   外務省サイトの「歴史問題Q&A」で「南京大虐殺」について示している日本政府の見解は、「日本軍の南京入城(1937年)後、多くの非戦闘員の殺害や略奪行為等があったことは否定できないと考えています」。しかし、被害者数については「諸説あり、どれが正しい数かを認定することは困難」としている。
   2010年には、日中両政府の合意で始まっていた日中の有識者による歴史共同研究委員会の初の報告書が公表された。


現在、中国が主張する南京大虐殺の証拠となる画像は、全て別のモノを意図的に持ってきた偽モノだということが判明していますが、その事を語るマスゴミは有りません。日本刀や銃剣で、当時の南京の総人口以上を「意図的に虐殺」したというのが中国の言い分なのです。

それだけ自信が有るのなら、共同で調査しても良さそうなものですが、それを言うと、「誠意が足りない」・・・・これでは一方的に中国の言い分を信じろ!と言っているに等しいのです。

世の中、例えどんな凄惨な殺人事件でも、被告側の弁護士抜きで、一方的に被害者側の証拠だけを取り上げる訳には行かないのです。

中国という国は、ご存知の様に「捏造」の文化があります。海外にこれだけ中国人が多い理由も、ビザの書類を捏造している人が多いからなのです。

以前なら、中国が騒げば、直ぐに謝罪する日本人が多かっただけに、川村市長には、是非頑張って欲しいですし、同じ日本人として、応援しようじゃないですか!
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フェイスブック、情報公開に注意…悪用の恐れ

ニュース
02 /25 2012
国内でも延べ500万人が利用しているとされる交流サイト「フェイスブック」。
 無料で仲間と情報交換したり、同窓生と旧交を温めたりできるのが魅力だが、大切な情報をうっかり公開してしまい、問題となるケースも増えている。個人情報保護に関するルールが次々と変更されるなど、ユーザーに分かりにくいことも一因だ。専門家は「無防備に公開した情報がサイバー攻撃に悪用される恐れもある」と注意を促す。

 「知り合いかも?」。フェイスブックの画面上にこう表示された文言と、添えられた男性の顔写真を見て、30歳代半ばの女性はギクリとした。過去に飲み会で知り合い、メールアドレスを交換したことのある男性だったからだ。「なんでフェイスブックがこの人と私の関係を知っているの?」
 フェイスブックに登録すると自分のページの右側に、ほかの利用者の写真や名前が「知り合いかも?」と表示される。

 同社によると、登録した友達や経歴、所属組織の共通性などをもとに、利用者全体の中から知り合いの可能性がある人を見つけ出し、画面に表示する仕組みだという。端末内に登録しているアドレス帳の中身を読み込ませると、そのメールアドレスを使ってフェイスブックにアクセスしている人も探し出す。
 どのような操作をしたら表示されるのか、日本で広報を担当する代理店は「詳細は明らかに出来ない」としているが、過去に知人の男性からストーカー的につきまとわれた経験があるという女性は「自分のページの存在が、知らない間に他人のページに表示されるかと思うと怖い」とおびえる。
 「初期設定では、個人情報の公開範囲が『すべてのユーザー』となっている項目が多く、知らない間に自分の情報を世界中にさらしてしまう人もいる」。日本IBMのシニア・セキュリティ・アナリスト守屋英一さん(38)はこう警鐘を鳴らす。

 守屋さん自身も、昨年12月、過去の投稿や活動状況を簡単に時系列で閲覧できるサービス「タイムライン」を使い始めたところ、これまで書き込みや写真投稿の際に登録した約500件の位置情報が地図上に一覧表示されてしまった。「いつ、どこで何をしたか簡単にチェックできる。滞在回数の多さから自宅や勤務地域が予想できるので、ストーカーに悪用されかねない」

 海外ではフェイスブックの情報が、就職前の学生の素行調査や、交際相手の浮気調査に使われたりしているという。「利用者は一度、自分のプライバシー設定を見直した方がいい」と守屋さんは指摘する。
 「実名や所属、関心事などの様々な情報が入手できるため、特定の個人や組織を狙う標的型のサイバー攻撃の『下調べ』に使われる恐れがある」と警戒するのは、情報処理推進機構・セキュリティセンターの加賀谷伸一郎調査役だ。

 例えば、勤務先を「防衛省」と登録している人を探すと、少なくとも340人いた。これに対し、防衛省は「職務上の秘密は漏らしていけないというのは大前提だが、利用に特段ルールは設けていない」とする。総務省や経済産業省も「国家公務員法の規定でまかなえる」としてルールは特段設けていない。
 フェイスブックの広報担当代理店は「使い方はすべて『ヘルプ』画面をみればわかる。情報をどの範囲で公開するかは、利用者に気をつけてもらうしかない」と話している。
 
◆「友達」から外され銃撃も
 フェイスブックを巡るトラブルは国内外で相次いで発覚している。
 米国では娘を「友達」から外したカップルを銃で殺害したとして父親が逮捕されたほか、女性700人を「友達」に登録した男が、女性を次々に誘い出して暴行したとして逮捕された。
 日本では今月になって、山梨県警の鑑識課長が「火事の現場では2人が死んでいました」と、職務で入手した情報を投稿。また、総務省から奈良県に出向中の総務部長は、産経新聞の不買運動をあおる書き込みを行い、その後、産経新聞に謝罪した。

 ◆フェイスブック=世界最大の交流サイト。原則として実名で登録し、顔写真も公開して、近況を書き込んだり写真を投稿したりする。登録すると、既に登録済みの人物を検索できる。相手に「友達リクエスト」を送信し、承認されると「友達」になる。自分のページは他の利用者も閲覧したり、感想を書き込んだりできるが、その公開範囲は自分で設定して選ぶことができる。
(2012年2月25日14時45分  読売新聞)

海外では、随分前からフェイスブックが人気で、若者の多くは、中毒症状を来たしている位です。学校の授業中もスマートフォンや学校のコンピューターでフェイスブックを見ながら、書き込みしながら・・・・という人も珍しくありません。

最近の若者のコミュニケーション方法は、こうやってリアルタイムでフェイスブックに書き込み、友達はソレに返事を書く・・・・というものになっています。

そして、現在の若い子は、当たり前に200人、300人という友達が登録されています。学校中皆友達なのでしょうか?まあ、親兄弟近所の子、従兄弟親戚も大抵は友達に入っていますが・・・・。

ところが、このシステム、記事にもありますが、友達かも?という奴・・・・一体何を頼りに?と思うくらい、ある意味薄気味悪さを感じさせられるものです。
リストに出てくる人は、何もアドレス帳に載っている人ばかりではありません。要するに、アドレス帳に勝手に入り込み、更には個人のメールサーバに勝手に入り込み・・・こんな事が当たり前に行われている訳です。

詳細は明かせない・・・・つまりシステムとしてヤマシイ所があるのは明らかな様です。私には、どう見ても世界最大のスパイウェアにしか見えないのですが・・・。

かく言う私も、以前所属していた会合の情報の遣り取りを理由に、かなり早い時期から入会していますが、全くの放置状態です。
最初の頃は、「友達かも?」も、空恐ろしい位に的中率が高かったのですが、今や友達の友達=アカの他人ばかりです。
そして、以前と比べ、確実に脱会者も増えているという事実もあります。

最近、同社が上場しましたが、コレは拡大傾向も何時までも続かない・・・・という現実が有るからだと思います。

アニメ「サウスパーク」でも徹底的に風刺されたこのシステム・・・・・利用は慎重にすべきでしょう。


ポンティアック・パリジェンヌの怪・・・・・

ポンティアック
02 /21 2012
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画像は兄弟車、ビュイック・ロードマスター・ワゴンです。


ポンティアック・パリジェンヌという名前は、殆どの日本人には馴染みの無いことでしょう。
それもその筈、アメリカでは、歴代ボンネビルと呼ばれていたポンティアックのフルサイズカーが、カナダで生産された物は、パリジェンヌと呼ばれていたのです。

今から20年少し前、既にアメリカでもフルサイズカーは時代遅れと化しており、取り合えずリンカーン・タウンカーやシボレー・カプリスがモデルチェンジしたものの・・・・先が長くないのは、誰の目にも明らかでした。

特にGMの場合、フルサイズカーを持つのはキャデラックとシボレーのみで、ビュイックやオールズモビルにはV8さえ用意されていないのは、流石に寂しく感じたものでした。

1991年、前年に登場した丸型カプリスから少し遅れて、ビュイック・ロードマスターが登場すると言うニュースを雑誌で見ました。久々に登場するビュイックのフルサイズカー・・・・そして、そのAピラー周辺の独特な造形から、それがカプリスの兄弟車であるのは明らかだったものの、Cピラー周辺を中心に、全体的なデザインの仕上げは明らかに良くなっているのが嬉しいところでした。

オマケにこの車には、オールズモビル・カトラス・クルーザー、そしてポンティアック・パリジェンヌという兄弟車も用意されていたのですが・・・・・。

因みに前述のカプリスとロードマスターは、セダンとワゴンの両方が用意されていたのに対して、オールズモビルとポンティアックは、何故かワゴンだけの設定でした。

カプリスとロードマスターのセダンは、デザイン的にもかなり違っているのですが、ワゴンに関しては、4者共グリル以外殆ど同じで、生産コストが安かったというのも理由の一つでしょう。

オマケにカトラス・クルーザーが生産されたのは、僅か2シーズンと短かったこともあり、正直私も現物を見たことがありません。

そしてパリジェンヌに関しては、その存在さえも末梢されてしまっている様で、ウィキペディアにもこの世代の記事は有りませんし、ネットでも画像を見つけることが出来ませんでした。

コレは単に私の記憶違いだったのでしょうか・・・?それにしては名前までハッキリ覚えている訳ですが・・・・。そして、「何故オールズモビルとポンティアックはワゴンだけなの?」と不思議に思ったのも、覚えています。
恐らくカトラス・クルーザーと共に発売され、共に消えて行ったのだと思いますが、カトラス・クルーザーはしっかりとウィキペディアにも出ています

そんな訳で、この世代のポンティアック・パリジェンヌは、私にとって、あのファンタ・ゴールデンアップルの様な存在なのです・・・・・。

GEO ストーム いすゞ・ピアッツァの北米版

日本車
02 /19 2012
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GEOは、かつてGMが展開していた日本車を販売するチャンネルで、トヨタ、スズキ、いすゞといったメーカーと提携していました。

写真はGEOストーム、日本ではいすゞ・PAネロとして販売されたモデルです。
いすゞは長年GMとの関係が強く、このPAネロは、ベースとなったピアッツアがいすゞから販売されたのに対して、北米仕様のストームを日本向けに仕立てたもので、長年日本でGMの販売を手がけたきたヤナセから販売されたモデルでした。

さて、このピアッツァという車・・・・あの銘車117クーペの後継車として登場したもので、デザインもジウジアーロの手による流麗なもので、決して派手さは無いものの、上品で日本車離れした存在感をアピールした車でした。

それが91年にモデルチェンジを経ると・・・・要するにアメリカ人が欲しがる安物の2ドアクーペに成り下がってしまったのです。
同時期に発売されたジェミニもそうでしたが、先代が大変に好評で、モデル最終期までコンスタントな販売台数を記録していたにも関わらず、新型は大幅にGMの意見を取り入れた、GMの廉価クラスを担当する事を最優先したモデルになってしまったのです。

そして、そのクーペ版がピアッツァ、そしてヤナセで販売されたPAネロだったのです。

先代のジェミニは、元々GMがJカー(キャバリエ等)よりコンパクトな車を発売するに当たり、いすゞとオペルに競争させ、それに勝ったという経緯が有るだけに、当時の日本車として、デザイン、走り、居住性共、大変に良く出来た車だったのです。

ところがGMにとって、小型車など、所詮は貧乏人の車・・・・取り合えず安くて走れば問題無い・・・・程度に認識でしか無かったのです。

結局新型ジェミニは大変に不評で、この事が、同社の乗用車撤退の原因となってしまいました。そしてピアッツァ、PAネロも不評で、あの徳大寺先生も、「日本一美しい車が、日本一醜い車に変貌した」と評した程でした。

私個人的には、それでも日本車とは一線を画する走りは、それなりに良かったと思うのですが、デザインを始め、先代モデルのユーザーに軒並み嫌われる何かが有ったのも、また事実でした。

90年代初頭のアメリカでは、既に大型クーペの人気は下火になっていたものの、この手のコンパクトクーペは、特に女性を中心に一定のシェアが有りました。それ故に、ある程度は販売されたものの、93年、いすゞの乗用車撤退に合せて、全て生産中止となっています。

教訓・・・・・「GMとは関わるな!」

Bricklin SV-1  カナダ製スーパーカー

独立系メーカー
02 /17 2012
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それにしても凄まじいバンパーです。バンパーが伸縮してショックを吸収するのでしょうか?
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如何にもアメリカ的スポーティーなインテリアです


ブリックリンSV-1は、70年代にカナダで生産されたスーパーカーです。
元々、北米で最初にスバルの販売を手がけたことで知られるマルコム・ブリックリンの手で生産された車ですが、SV-1という名前は、セーフティービークルという意味から来てます。

当時の感覚のセーフティーというと、ロールバーが内蔵されていたり、この凄まじいデザインの5マイルバンパーと言ったところなのですが・・・・ソレはストレートに重量増加に繋がってしまいました。

メカニズム的にも、AMCやフォードのV8エンジンを積んだFRと、極オーソドックスなもので、デザイン程にインパクトのあるものではありませんでした。

一台の製作に掛かる費用が$16,000、ディーラーへの卸値が$5000......こんな具合では、商売になる訳も無く、僅か2年の間に2854台が生産されただけで終わってしまいました。

販売された74~76年というと、丁度第一次オイルショックによる景気低迷の影響をモロに受けた時代でもあり、その事も多いにマイナスに働いたことでしょう。

後に登場する、あのデロリアンでさえ8,583台が生産されていた事を考えると、如何に少ないかが分かります。

因みに、商売的にも完全な失敗作であったデロリアンがあれだけ有名になったのは、後の映画「バック・トゥ・ザ・フューチャー」に登場したことからで、それ以前は、一般的には全く知名度も有りませんでした。

尚、このマルコム・ブリックリンなる男、後にあの「ユーゴ」という、ユーゴスラビア製のフィアットをアメリカに持ち込んだ事でも知られています。85年のプラザ合意以降、日本車が大幅な値上がりをした為に、より安価な車が求められており、そんな中でかなりの人気を呼んだのですが、後に史上最低の品質として知られる様になりますが、氏は同社が倒産する前に、その経営を手放し、大金を手にしたということです。

自動車デザインとブランドの複雑な関係・・・・・

カーデザイン スタジオ
02 /11 2012
どうも最近の車のデザインは好きになれません。

私は、このブログで特にアメ車に辛口のコメントを述べていますが、何もアメ車に限った話しではありません。
日本車もヨーロッパ車もです。
フェラーリ辺りでも、かつてのソレには到底適わない印象があります。

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例えば、コレなんか如何でしょうか?

正直余り良いと思わないのですが・・・・皆さんお判りかと思いますが、コレはBMWにフォトショップでトヨタ・カムリのグリルを貼り付けたものです。

最近のBMWやメルセデス・・・・・例えばあのデザインをトヨタが採用したら、どうなるのでしょう?
決して良くは言われないことでしょう・・・・・。取り合えずブランドのお陰で何とかなっている面も多分に有ると思います。

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因みにコチラがオリジナル・・・・・キドニーグリルとあのエンブレムのお陰で、取り合えずカッコイイと思って貰えるのでしょうか?

だったら、コチラは? 「やっぱりBMWはスポーティーだ・・・・・」という事になるのでしょうか?
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お判りとは思いますが、コチラはトヨタ・カムリにBMWのグリルを貼り付けたものです。


こんなデザインも、もしこのバッジが付いていたら・・・・・
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恐らく何とも無いデザインだと通り過ぎるに違い有りません。

特に車の整備に関わると、世の中に高級車なんてものが果たして本当に有るのか?と思う様になるのですが、デザインに関しても、「本物」が消えつつある様で、残念です。

フォード F-550リムジン

リムジン、特殊車両
02 /08 2012
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先日、バンクーバーで見かけたものです。
この巨大さはやはり異様で、私の他にも写真を撮っている人がいました。
普通の車の3台分はありそうな全長・・・・この手は普通自動車免許で運転できるのでしょうか?

先日話した様に、既にGMも大型SUVをFFベースのコンパクトなものに置き換えることが決まっており、折角根付きつつあったSUVベースのリムジンも、余り先が長く無い様です。

そうなると、最後に残ったFRのフレームボディーというと・・・・トラックになります。
このF-550は、全幅2.4m、全長5.7~7.2mという途轍もなく巨大なものをベースにストレッチして12m程は有るのでしょうか?

まあ、コレは極端にしても、例えばフォードF-150のストレッチでも、充分にリムジンとして通用すると思います。

SUVのコンパクト化で更なる迷走を始めたリムジン業界・・・・・もしかしたら、この辺に落ち着くのかも知れません。

ところでコレ・・・・一体何処をストレッチしているのでしょうか? イメージ 3
























これと見比べると、リアドアがそのままの形で後方に移動させられてるということは・・・・Bピラーの所で切断し、そのまま延長しているのでしょう。そして荷台も、長さはそのままで屋根を付けています。
当然室内は、運転席より後ろが、全て繋がっていて、広大なパーティールームになっているものと思います。

リムジンという言葉は、実は馬車の時代からあるもので、運転席と客室<後部座席)の間に仕切りが有る形式のものを差し、元々はリムジン=ストレッチではありませんでした。

因みに以前に紹介したコチラは、2008年にバンクーバーに来た時に見かけたものですが、後ろが荷台になっているのがジョークの様です。それ以降、コイツを目にした事は有りませんが・・・。

ランボルギーニのSUV?!…イタリア誌がスクープ

ニュース
02 /07 2012
イタリアのスーパーカーメーカー、ランボルギーニが開発中と伝えられる新型SUV。そのイメージ画像が、イタリアのメディアによってスクープされた。

画像:ランボルギーニのSUV

これは1月31日、『Quattroruote』が報じたもの。同メディアがランボルギーニの新型SUVのイメージ画像を独自入手し、読者に公開したのだ。

同メディアによると、この新型SUVはランボルギーニの親会社、アウディが属するフォルクスワーゲングループ内のポルシェ『カイエン』の車台を利用。エンジンは『ガヤルド』用の5.2リットルV10と見られ、2015年には最大出力700psのハイブリッド仕様が加わるという。

この新型SUV、同メディアは「4月に中国で開催される北京モーターショー12にコンセプトカーとして登場」とレポート。現時点では、車名は明らかにされていない。



ポルシェ・カイエンは、フォルクスワーゲンのシャシーを共用した車として、一部で批判もありますが、更にそのシャシーを共用してランボルギーニを・・・・・これには驚きました。

確かにプロポーション的にはカイエンそのものに、ランボルギーニの顔を取り付けた感じです。それにV10エンジンを載せるとは・・・・。

やはり現在の裕福層に受けるSUVというのは、この手なんですね・・・。

ランボルギーニのSUVと聞いて、チーター(LM002)を思い浮かべるのは、古い世代なんでしょう。

キャデラック シマロン GMの初代BMW対策

キャデラック
02 /05 2012
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既に取り上げたと思っていたのですが、まだだったので、改めて取り上げます。

1979年暮れに起きた第二次オイルショックの影響で、アメリカ自動車業界は壊滅的な打撃を受けました。クライスラーは公的資金を受けることになり、実質的に破産状態で、フォードも似たような状態でした。

その中で非常に上手く立ち回ったのがGMで、オイルショックのタイミングを合わせた様に、小型車Xカー、そして更にコンパクトなJカーを投入することで、当時やっとアメリカでの販売が起動に乗りつつあった日本の自動車業界を恐怖のどん底に叩き落す程、不気味な存在感を示していました。

そのJカーとは、初代シボレー・キャバリエを筆頭に、ポンティアック・サンバード、オールズモビル・フィレンツァ、ビュイック・スカイホーク・・・・・そして驚くことに、キャデラックまでもが用意される事になったのです。

キャデラック・シマロン・・・・・当時のアメリカでは、BMWやメルセデスといったヨーロッパ製の高級車が急速に人気を拡大しており、ソレに対するGMの回答という意味も有ったのですが・・・・。

当時のGMは、どの車もグリルとテールランプ以外、全て同じと批判されていた時代で、この車も正直、デザイン的にもメカ的ににも、シボレー・キャバリエと大差ないモノでしかありませんでした。
流石に装備は充実していたものの、キャバリエの倍と言う価格は、到底顧客を納得させる内容では無く、肝心のベースとなったキャバリエですら、散々な評価だった事も合わせ、キャデラックというブランドを地に落すことになってしまいました。

キャデラックとしては、実に1914年以来という直4エンジンでしたが、コレも設計が古く、パワー、ノイズ、バイブレーションの全ての面で劣っており、1953年以来のマニュアルトランスミッションが用意される等、明らかに他のキャデラックとは異なるものでしたが、全てが妥協の産物であり、到底商品の魅力には成り得ませんでした。

85年のプラザ合意以降、当初は散々の評価だったJカーも、円高による日本車の大幅値上げから、価格競争力が付き、更にポンティアックとシボレー以外をリストラする事で、より効率化ほ図りましたが、同時にシマロンもリストラの対象になってしまいました。

21世紀に入ってからは、オペル・ベクトラベースのBLS(北米では未投入)、そして今回発表されたATSと、BMW3シリーズ対策を行っていますが、GMお得意の散発的かつ敵に勝る魅力が無い辺りから、結果は如何に・・・・?

キャデラック ATS

キャデラック
02 /02 2012
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このフロントガラスの傾き、ルーフラインから、居住性は余り期待できる様に見えません。
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小型車にこのテールランプは、幅狭感を増長するだけです。初代セビルの時の様に、新しいデザインにトライすべきでは?


今年のデトロイトショーで発表された、キャデラックの小型車です。
全長4643×全幅1805×全高1421mm、ホイールベース2775mmと、BMW3シリーズを徹底的に意識したサイズになっています。

キャデラックにとって、BMW3シリーズの様な高級コンパクトは、長年の悲願なのですが、80年代の初代キャバリエをベースにしたシマロン、数年前に生産中止になった、オペル・ベクトラをベースにしたBLSと過去に惨敗しているだけに、今回は徹底的にBMWを研究した様です。

先ず、この新規FRシャシーを立ち上げたのは、何時ものパターンで、デトロイトでは無く、オーストラリアのホールデンです。今や北米よりも、オーストラリアの方が開発力が有るのです。

そして、この新型シャシーの第一号が、このキャデラックATS・・・・・と言う話です。
まあ実際のところ、2006年に発売されたポンティアック・ソルスティスのシャシーをベースにしている様ですが・・・。

この車、一応数値に出る部分に関しては、徹底的にBMWを研究した上で同等のものになっているのですが、果たして如何でしょうか?

最近のキャデラックを見ていて思うのは、とにかく室内空間の設定が下手なことです。FRでこのサイズとなると、果たしてGMに上手くパッケージングが出来るでしょうか?

BMW3シリーズの室内は、決して広いものではありませんが、適度な包まれ感が絶妙で、スポーティーかつ快適なものになっています。そんな空間をキャデラックがどこまで演出できるか・・・・CTS位の巨大な車でさえ、アノ独特な閉塞感を漂わせている様では・・・・更に小さい車では、余り期待が出来るとも思えません。

デザイン的にも、CTSを縮小した様な感じです。BMW3シリーズに比べると、何とも幅が狭く、不安定、ある意味「CTSを買えない人の車」という印象が拭えないのです。

BMWが欲しい人は、普通、BMWを買うでしょう。BMWはもう飽きた・・・・・という人を惹きつけられるか否かです。
私に言わせれば、キャデラックは、敢えて苦手な小型車に手を出す前に、もう少し得意な分野で誰にも負けない様に徹底的に作り込む方が先決だと思うのですが・・・・。

それにしても、キャデラックの最近のアルファベット3文字の名前・・・・本当に覚えられないですね・・・・。
XTS、DTC、STS、CTS、BLS、ATS・・・・・TSというのは、ツーリングセダン、LSというのはラグジュアリーセダンなのですが・・・・・正直予備知識無しにパターンが見えないで混乱するだけです。

どうせ従来のアメリカ的な名付けを否定するのなら、BMWの様な、一目でクラスが分かる様な名前にすべきでは?

americancars4ever

アメ車のブログとして開設して11年目、車以外にも様々な身の回りの話題を取り扱っています。