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テルモ“オリンパス争奪戦”に名乗り!経営統合を提案

ニュース
07 /26 2012
巨額飛ばしが発覚し経営が揺らぐオリンパスに対し、医療機器大手のテルモが共同持ち株会社方式による経営統合を提案していると26日、発表した。オリンパスの株主に統合メリットを訴え、提携交渉で先行するソニーに対抗する形だが、すでにオリンパスはソニーを最有力候補に絞っているとみられ、実現するかは微妙だ。

テルモはオリンパスに2・1%出資している関係だが、さらに500億円規模で出資し、共同持ち株会社を設立、その下にテルモとオリンパスをぶら下げる形を提案したという。

テルモは血管治療のカテーテル、オリンパスは消化器系の内視鏡分野に強く、実現すると相乗効果が期待でき、オリンパスの株主にメリットを訴えるのがねらいとみられる。

オリンパスはすでにソニーから約500億円の出資を受け入れる方向で最終調整中。デジタルカメラ部門で世界シェア2位のソニーと組むことで、赤字が続くデジカメ事業を再建させたい思惑もある。降ってわいたテルモの新提案に、市場では「オリンパスとしては、ソニーとの交渉を優位に進めやすくなる」(関係者)との見方もある。


オリンパスの所在地は渋谷区幡ヶ谷2-43-2、そしてテルモは幡ヶ谷2-44-1..........非常に近く・・・いえ、実は隣同士なのです。

これは、かつてオリンパスの所有していた「計器部門」を森下仁丹に売却したという歴史から来ているのです。
ソニーとオリンパスの繋がりといえば、デジカメ関係ということになり、しかも、最近、ソニーからセンサーの調達を始めたことも発表しています。

ところが、オリンパスにとって、主力のビジネスといえば、デジカメよりも、むしろ医療機器であることを考えると、コチラの方が、むしろ健全な話しの様な気もします。

特に昨今のソニーの低迷ぶりを見ると、正直余り良い相手とも思えませんし、デジカメのラインナップを見ても、決して相容れる相手とも思えないのです。
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サターン・スカイ / ポンティアック・ソルスティス

GM
07 /24 2012
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ポンティアック・ソルスティスは、2006年に登場した2シーター・ロードスターでした。
アメリカのジンクスで、「アメリカ製2シーターは大成しない・・・」というものがありますが、この車は、それまでのGMに有り勝ちだった、残り物のパーツを徹底的に流用して、取り合えずでっち上げた・・・という成り立ちではなく、新たに立ち上げたFRのシャシーを採用している辺りからも、大変にコストの掛かった車でもありました。

発売された2006年当時というと、北米の経済が比較的順調な時期でもあり、一時はアメリカでもポンティアック、サターン両者合わせて年間3万台以上と、このクラスとしては、比較的好調な売り上げを記録していたのですが、やはり、リーマンショックが起きた2008年には売り上げが激減し、2009年6月のGM破綻に際して、製造工場が閉鎖され、このシリーズも終焉を迎えました。

北米では、ポンティアックとサターン部門から販売されていましたが、その両部門が閉鎖されてしまいました。
ヨーロッパではオペル、韓国ではデーウから販売されていましたが、こちらも同時に販売が止まっています。

エンジンも2リッター・ターボと2.4リッター共に4気等で、マニュアルも用意されている辺り、むしろアメリカよりも、オペルが主体になって開発されてことが分かります。
この2リッターエンジンは、この車と共に登場したもので、この辺りも、従来のGMとは違い、大変にコストの掛かったものでした。

サイズも全長4mを切る、アメリカとしては異例なコンパクトサイズなのですが・・・・デザイン面で見ると、やはり、もう一回りコンパクトな方が、より、それらしい雰囲気だった・・・・というのが正直なところです。

それにしても不思議なのが、この車の販売元が、ポンティアックとサターンであったことです。本来なら、ポンティアックとシボレーだったのでは?と思うのですが、この決定は、一体何処から来たのでしょうか?

恐らく当時、サターンが深刻な販売不振に陥っており、何か話題性のあるニューモデルが欲しかった・・・そんな所だったのかも知れません。

GMとしては頑張ったものの、経営破たんという時代の渦に飲み込まれた・・・悲運の車でした。

どうもGMというメーカーは、頑張ると運が伴わない様な印象があるのですが・・・気のせいでしょうか?

シュコダ100/110

ヨーロッパ車
07 /07 2012
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リアエンジンが特徴的です。それにしても、コルベア、日野コンテッ等、何故かリアエンジンの車は、イメージが似通っている気がします。


シュコダは、チェコ・スロバキアの自動車メーカーです。
チェコという国は、ドイツ系の民族が多い関係で、古くから機械工業が盛んであり、兵器産業も有名なところです。

第二次大戦後、ソ連の傘下に入ると、徐々にその技術的優位性が、世界から取り残される様になりましたが、このシュコダ100/110は69年から76年まで生産されたモデルで、大変にユニークなリアエンジンを採用していました。

リアエンジンという形式は、エンジン、トランスミッション、デフを一箇所にまとめてレイアウト出来るお陰で、後にFFが一般化する以前、特に小型車の分野で歓迎されたものでした。

そして、鉄のカーテンの向こうのチェコ・スロバキアという事もあり、この旧態依然としたレイアウトは、驚くことに、1990年まで生産され続けたのです。

この写真を撮ったのは、ニュージーランドですが、この車が販売された70年代というと、社会主義的な経済政策の下、輸入車に非常に高額な税金を掛けていた関係で、殆どのメーカーが、NZ国内でノックダウン生産(部品として輸入してから現地で組み立てる)をしていました。

あの小さな国で、殆どの日本のメーカーは元より、GM、フォード、クライスラー、BMC、ルーツグループと、目ぼしいメーカーが生産を行っていたのです。

ただ、そんな生産体制では、当然供給量もたかが知れており、注文して納車に2年掛かる、色も装備も運次第、新車購入2~3年後に売ると、儲けが出る・・・という極めて歪な市場だったのです。

そんな中で、少しでも安い車を・・・という需要が有ったのでしょう。

ニュージーランドでは、古いイギリス車ばかりでなく、ソ連のラーダ、チェコのシュコダ、そして、あのユーゴスラビア製フィアット「ユーゴ」といった共産圏の車から、80年代のヒュンダイ、デーウ、キアといった韓国車まで、正に何でも有れ・・・という市場だったのです。

輸入車に高い関税化掛かっていた当時、この車がどの程度販売されたのかは知る由も有りませんが、同じ頃に入ってきた日本車の方が遥かに高い支持を受けていたのは当然のことで、この様な姿を見かけるのは、非常に稀な事です。

大英帝国の名残のイギリス車、経済大国の名残のアメリカ車、お隣りのオーストラリア車、社会主義時代の名残の共産圏の車、安ければ何でも良いという時代の韓国車・・・やはり、これだけ多種多様の車が、あれだけ小さい国で、しかも玉石混合の様相を来たしているというのは、大変に珍しいことなのではないでしょうか?

そして、冷戦の真っ只中の70年代にこんな車が入って来るということは、即ちニュージーランドが欧米とは少し距離を置いた平和路線にあった事とも決して無縁では無いのでしょう。


カナダデー 7月1日

カナダ情勢
07 /03 2012
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昨日は、カナダデーでした。
1868年、北米のイギリス植民地3州が合併し、カナダになったのを記念する日です。
因みに私の住んでいるBC州はがカナダに編入したのは1871年と、少し遅れています。やはりその理由として、隣のアルバータ州との境にロッキー山脈が縦断していて、地理的に隔離状態にあったことも、決して無縁ではないことでしょう。
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こんな格好をした人々が、街に溢れています。

さて、毎年この日になると、驚く位の人で街は賑わいますがが、一体何を求めてこんなに人が出てくるのでしょうか?

例えば日本の祭りの様に、露店が出る訳でも無く、正直私の目には、平日と殆ど差が無いのですが・・・。

正直この日は、若い人が街に出て酒を飲みに行く・・・・それだけの日にしか思えません。日本の祭りの様な文化的な香りは、残念ながら感じられません。
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かつては確実に存在したイギリス的な空気も、こんな所に、辛うじてその面影を残すのみとなっています。


消費税増税案について

ニュース
07 /01 2012
連日話題になっていますが、これだけ景気が悪い今日、増税するというのは、如何なものでしょうか?

消費税が導入されたのは、1989年、平成元年のことでした。
当時はバブルの最盛期で景気が非常の良かったこと、そして、消費税の導入と同時に、車の様な高額商品に掛かっていた物品税が廃止されたお陰で、高額商品に割安感が出たこと、更には所謂3ナンバー車(普通自動車)の税率が下がった関係で、それまで贅沢品であった3ナンバー車が爆発的に売れる様になりました。

要するに、導入成功の背景には、景気の良さから来る消費マインドの高さ、そして高額商品に目を向けさせる税制改革が有ったこと・・・この2点を有った事を忘れてはいけません。

前回の増税があったのは、1997年春ですが、バブル崩壊以降の長い景気低迷からやっと脱しつつあった時代の増税によって、急速に消費マインドが落ち込み、同時期に行った金融改革の影響で、更に景気が低迷することになりました。

今日の日本の経済状況を見てみると、正直増税に耐えるだけの要素が全く見つかりません。ただでさえ景気が悪い中、増税したところで、税収が上がるとは、とても思えないのですが・・・。コレは、前回の増税の時も同じだったのではないですか?

海外でやったから・・・という意見もありますが、それは国民性によっても大いに違うのです。例えばアメリカで大丈夫だったから日本も大丈夫と考えるのは、無理があるのです。

現在私が住んでいるバンクーバーでは、以前とは比較にならない位、人々が競って高額商品を購入する様になりました。2年前の税制改悪後も余り状況は変わっていない様に見えますが、それは何故なのでしょうか?

先ずは、通貨高によって、アメリカとの価格差が小さくなり、割安感が出たこと、そして、金利安によって、ローンが組み易くなったこと・・・そんな要素も影響している訳です。

残念ながら、今の日本のは、そういった要素は皆無だと思うのですが・・・。

この時期の増税は、97年の二の舞にしかならない・・・これだけは確かだと思います。

57年型キャデラック・エルドラード・ビアリッツ

キャデラック
07 /01 2012
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57年型エルドラードの中で、写真の様なコンバーチブルはビアリッツ、そして、ハードトップ付きのものをセビルと呼んでいました。

この年の特徴は、エルドラードにも、4灯ライトのブロアム系と2種類のスタイルが用意されていましたが、2灯ライトの方が、より尖ったテールフィンが特徴で、どちらかというと、スポーティーな雰囲気ということだったのでしょう。

この頃は、正にキャデラックの絶頂期、この時代、既にオートマ、パワステ、パワーブレーキ、パワーウィンドー、パワーシート、トランジスターラジオ、電動式ルーフ・・・といった感じで、現在の快適装備は、既に揃っていたことになります。

そして、この時代のアメリカ車の特徴は、世界の最先端のデザインであったということで、アメリカのデザインが、世界中に影響を与えている時代でした。懐古趣味などは皆無で、その時代に考えうる「未来」を存分に表現したデザインだと言えるでしょう。

同時代の未来のイラストには、この車をモチーフにした様な、空飛ぶ車が描かれています。

私は、車のダッシュボードのデザインは、その時代のオーディオに共通するものがあると考えていますが、この時代のアメリカ車のダッシュボードも、同時代のラジオやジュークボックスといったものに、何処か通じるものがあります。
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エンジンも既に6リッターに達し、ボディーサイズも、全長5.6m、全幅2m、車重も2トンを大幅に上回るという、所謂アメリカのフルサイズに達していました。

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因みに、コチラは80年代初頭のオールズモビルのダッシュボードです。ベンチシート、コラムシフト、横長のメーター等、共通点は多いものの、木目(プラスチック製)の使い方など、明らかに古典的な雰囲気が漂っており、ある意味56年型キャデラックの方が、レトロフューチャー的な先進性を持っています。

コチラも、同時代のテレビなんかに木目パネルが使われていたのと共通点があるとも言えますが・・・。

80年代に言われたことですが、かつては若者に大人気であったアメリカ車も、何時しか年寄り向けの車になってしまった・・・。この転機は何処だったのでしょうか?

私が思うには、恐らく68年に登場した、リンカーン・コンチネンタル・マーク3辺りだったのではないでしょうか?この車は、サンダーバードをベースに、かつての高級車、マーク2の雰囲気を持たせつつ、同時にロールス・ロイスの様な雰囲気も持たせたというもので、かつてはロールス・ロイスやアストン・マーティンにまで影響を与えていたアメリカが、より古典的なイギリスのデザインを取り入れたという意味で、ターニングポイントだったとも言えるでしょう。

それ以降、木目を使ったデザインが浸透して行き、気がつけばアメリカの標準となっており、同時にアメ車=ゴシック調の古典的なスタイルとなっていました。

americancars4ever

アメ車のブログとして開設して11年目、車以外にも様々な身の回りの話題を取り扱っています。