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ビュイック・センチュリー Wカー第二世代

ビュイック
11 /29 2013
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正直、余りに無難すぎて、個性を感じないスタイルです。

先日のホンダ・アコードの記事でも触れましたし、事ある毎に言及している割には、扱っていなかった、ビュイック・センチュリーを取り上げます。

先代のWカー(GM10計画)が、アメリカ産業市場最悪の失敗と呼ばれた事は、かつての記事で書きましたが、その70億ドル(湾岸戦争の日本の負担額が90億ドルでした!!)という天文学的な開発費、単一車種専用に設計された融通の利かない生産ラインから、モデルチェンジも思う様に行かず、1997年、先代モデルの登場から9年後、ようやくニューモデルを投入することが出来ました。

先代のセンチュリーは、Aボディーの別系統でしたが、この世代からは、このクラスは全て、Wボディーに統一されることになり、そして、センチュリーというブランドが、ビュイックの中で最廉価版のモデルとなったのも、この世代の特徴でした。

エンジンは3.1リッターのV6エンジンのみで、何故か下位のはずのオールズモビルよりも小さいエンジンとなっていました。
ボディー形式も4ドアセダンのみで、ワゴンもクーペも有りませんでした。

何故この車を今まで取り上げなかったか?というと・・・正直書く事が無いんです。
少なくとも兄弟車のオールズモビル・イントリーグは、かつての、よりスポーティーな雰囲気を取り戻そうとして叶わなかったという一面が有りましたが、センチュリーは、全てに於いて平凡過ぎて、本当に話題に欠けるのです。

今日見かけるオーナーも、97年に発売された当時60代であったと思われる世代ばかりです。

全長5m弱、全幅1.85m弱と、アコードよりも大きいボディながら、室内は閉塞感に溢れ、辛うじて残るアメ車的なユッタリとした乗り味が、年配の方に受けた…という程度で、正直車の出来として見れば、アコードに完敗でした。

やはり、アメリカ製のコンパクトカー(往年のフルサイズと比べて)は作りがイマイチで、かつては日本車が小さかった故に、取り敢えず維持していたマーケットを、日本車の大型化と共に完全に失うことになったのです。

バンクーバーでは、このクラスはタクシーとして使われていましたが、タクシーの引退と共に、カプリスの時と同様に、見かけなくなってしまいました。

2005年には、ラ・クロスと名前を変え、センチュリーと上級版のリーガルを統合したモデルになり、2009年まで販売されました。

そして、Wプラットフォームは、現在、シボレー・インパラとして、業販専用モデルとして生産が続いており、タクシーや警察等で使用されています。
因みに、市販用のインパラは、今年からイプシロン2(キャデラックXTSと共通)ボディーを採用した新型になっています。

今回、何故この車を取り上げたか…というと、先日、アコードの記事で触れた時、まだ取り上げていなかったことに気付いたこと、そして、手元に手ブレしたセンチュリーの写真があり、最新のフォトショップCCに搭載された「手ブレ補正」が、どの程度効果あるのか試していた序に…という感じでした。

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<赤福前社長>「おかげ横丁に外人は来てほしくない」

ニュース
11 /27 2013
20年に1度の式年遷宮でにぎわう三重県伊勢市の伊勢神宮内宮(ないくう)門前にある商店街「おかげ横丁」について、地元の老舗和菓子製造販売「赤福」の前社長、浜田益嗣(ますたね)氏(76)が26日、津市であったフォーラムの対談で「おかげ横丁には外人は来てほしくない」などと発言した。伊勢市は今年の神宮参拝者を1300万人と予測し、外国人誘客にも取り組んでいる。

【スラムダンク作者】井上雄彦さん:伊勢神宮に墨絵奉納

フォーラムは同県などが主催。地域活性化をテーマに、経営者ら約350人が集まった。この中の対談で、おかげ横丁建設の経緯などについて聞かれた浜田氏は「外人は来てほしくない。いたらおかしいでしょ。来ないでくれとは言えないが、英語の表記をするような気遣いはしない」と話した。

内宮、外宮(げくう)では今年10月、式年遷宮のクライマックス「遷御(せんぎょ)の儀」が行われ、参拝者が過去最高の1000万人を突破している。市は外国人観光客をもてなすため、飲食店や土産物店の経営者向けに英会話の研修会を開くなどしている。

浜田氏は毎日新聞の取材に、社長を務める関連会社を通じて「伊勢は日本人の心のふるさとで、日本の方々に喜んでもらう街をつくりたいという意味の発言だった。外国人への偏見ではない」とコメントした。【大野友嘉子】

こんな事を言うと、やれ人種差別だ何だ…と騒ぎ出すのが、自称人権家の方々ですが、近年、アチコチの観光地が、「外国語の併記」「バリアフリー化」といった流れの中で、情緒が薄れつつあるのも、また事実です。

お伊勢様( IMEの変換でオイセ様と出るのが情けない…)は日本人の心の故郷…そういう街を喜んでもらうのならともかく、取り敢えず金が有るから、有名だから来るという外国人に合わせて、変な外国語の併記や、そんな連中を相手にした下らない店が増えるとなれば、本末転倒も甚だしいところです。

有りのままの、その土地の文化を楽しむのが観光です。それ以外の求めるなら他に行ってくれ…。それ位の態度で問題ないと思います。
無理な観光地化は、必ず情緒の破壊に繋がるのは、何処も一緒です。

私はこの発言、支持します。

6代目ホンダ・アコード

日本車
11 /26 2013
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97年に登場した6代目ホンダ・アコードは、北米にて、日本車の優位性を決定付けた画期的なモデルだと思います。

90年代初頭には、アメリカ市場での日本車のシェアは、3割に達していました。
乗用車では、アコードとカムリが、トーラスとトップ争いを演じていましたが、他にも、不人気を言われたGMのWカー連合も、全ブランド合わせると、トーラス、セーブル連合よりも販売量は多く、更にクライスラーLHカー等、まだまだ、中型ファミリーセダンの市場に於いてアメ車は健在で、日本車は一歩及ばないという印象が有りました。

ところが、この世代のアコードは、長さ、幅を最小限のコストアップで変更することが出来る設計で、北米向け、ヨーロッパ向け、そして日本向けと、3種類のサイズを、それぞれのマーケットに合わせて投入してきたのです。

それまでも、北米モデルが、日本向けモデルよりも幅が広いということは有りましたが、それは、サイドパネルが若干膨らんでいるだけで、居住性には差が有りませんでした。

このアコードの場合、室内の広さから、日本仕様とは完全に別物で、日本市場との兼ね合いを捨て去ることで、アメリカで求められるサイズで作ることが可能になったのです。

エンジンもV6が本格的に搭載され、ボディーサイズ、エンジン排気量、共にアメリカ製中型セダンに見劣りしないもので、更に、遥かに高品質で高性能だったのです。

その2年前に登場した3代目トーラスが、デザインで失敗して失速、そして、同時期に登場した2代目Wカーも、余りに魅力の無い内容で人気が出ず、気が付けば、カムリと共に、アメリカにとって最も重要な中型ファミリーセダンの市場まで奪っていたのです。

ところが日本仕様は・・・何とも地味なデザイン、そして先代よりも小さくなり、狭くなった室内も災いしてか、大した人気を得る事はありませんでした。
あの徳大寺先生曰く「日本風味の薄味というが、私に言わせればダシ殻だ…」とのことでした。

私は当時、敢えてこの日本仕様は避けたのですが、それは、日本メーカーは「日本専用車」で手を抜くという悪癖があるからだったのですが、反面、北米使用のソレは、非常に走りも良く、スムーズで静粛ながらも適度にスポーティーで、コレならレジェンドは要らないと思った程でした。

ところが、その後、同モデルのタイ製に乗ったら、何ともグニャグニャした感じがして、前述のソレとは、まるで別物という感じで、工場間のバラつきは確実に存在することを実感しました。

現在、アメ車で最もよく見かける4ドアセダンといえば、フォード・フュージョンですが、それですらトップ10に入らない有様ですが、このアコード以降、その流れが決定的になったと言えます。

日本人は韓国ブランドに興味なし=日本のスマホ市場でサムスンは元気なし―中国メディア

ニュース
11 /24 2013
2013年11月22日、中国網は日本のIT専門リサーチ会社・MM総研からの情報として、日本の2013年9月末のスマートフォン契約数は5015万件で、中国、米国、インドに次ぐ世界第4のスマホ大国だが、サムスン電子はこの巨大な市場で赤信号に直面していると伝えた。

【その他の写真】

今年1~9月に世界で最多の9000万台近いスマートフォンを売り上げたサムスン電子だが、日本市場では4位に甘んじている。

米紙ウォール・ストリート・ジャーナルによると、iPhoneは日本人に大人気の端末だ。面白いことに、同端末の日本でのシェアは、ベンダーであるアップルのお膝元・米国でのシェアよりも高い。ある投資銀行の推計では、iPhoneの日本国内での販売台数は今年1100~1200万台に達し、14年には2000万台を超え、シェアは50%近くになるとみられる。それと対照的なのがサムスン電子で、日本での市場シェアは下落が続いている。メーカー別シェアではアップル、ソニーモバイル、シャープに次ぐ4番目だ。同紙は「日本人消費者の韓国ブランドに対する嫌悪感によるもの」と報じている。(翻訳・編集/NY)

一寸的外れな記事です。

日本でアップルのシェアが高い理由…これは、日本人特有のブランド信仰とも無縁ではないでしょう。そして、かつて、ソフトバンクに独占されていたiphoneが、au、Docomoから発売されたことも、後押ししていることでしょう。

そして、国産…やはり昔から、国産のソレは、アップルよりも行き届いた、きめ細かい機能が売りです。

そうなると、ブランド力も技術力も大したこと無いサムソンは、結局中途半端な存在でしか無いのです。

確かに、近年の韓国に対する嫌悪感が後押ししている面も、多少は有るでしょうが、それが主原因ではありません。

ヒュンダイが日本で売れなかったのと、原因は同じなのです。

若者に“TVはネットよりつまらない”の意識浸透と上智教授

ニュース
11 /23 2013
最近テレビがつまらなくなった」そう感じているのは、あなただけではなかった。今、民放各局の視聴率が著しく落ちている。上智大学文学部教授で、『テレビの教科書』(PHP新書)などの著書がある碓井広義氏はこう指摘する。

「BS、CSなどのチャンネルが増えたことによる多チャンネル化と、インターネット普及による多メディア化が最も大きな要因でしょう。もはや、テレビにとってこれまで通りの番組作りは通用しない。

 若い世代に“テレビはネットよりつまらない”という価値観が浸透し始めている。“民放19時台総1ケタ”のニュースは、テレビというメディアにとってまさに“終わりの始まり”かもしれない」

インターネットが登場する前、テレビはあ重要な娯楽の一つでした。

かつてはお茶の間に一台あったテレビを家族全員で囲むのが一般的な家庭の姿でした。
そして、テレビが一般化した頃といえば、それまで映画に関わっていた多くの人材がテレビに移動した関係で、非常に緻密で質の高い番組が作られたのです。

かつては7時代といえば、子供番組、8時代はドラマ…という風に、視聴者に合わせた明確な時間割もされていました。

今日はどうでしょう?7時台からどうでも良い様なバラエティー番組ばかり、しかも、何がやりたいのか分からない、大して面白くも無いお笑いタレント以下、只大勢芸能人の顔を揃えただけ…という番組作りが余りに多いと思います。

ドラマだって、先ずジャニーズありき…の様な安直なものが少なからずありますし、例えば30年前と比べても、低予算で、テキトーに作られているのが明らかです。

どうでも良いバラエティーに、どうでも良いドラマ、記者クラブの発表を垂れ流すだけの真実の欠片も無いニュース…これだけ揃えば、面白い訳がありません。

現在、液晶の壁掛けテレビが流行っていますが、正直私は持っていません。そんなモノを買ってまで観たいと思う番組が皆無だからなのです。
今日、パナソニックがテレビを大幅に縮小していますが、やはり番組の作り方と共に、半世紀以上に渡ったテレビという娯楽のあり方が、大きな転換期にあることだけは確かです。

アメリカでの手荷物チェック... フィルムカメラ

写真・カメラ
11 /22 2013
近年のアメリカでは、飛行機に乗る際、とにかく手荷物チェックが煩わしく思えます。

靴を脱ぎ、上着もベルトも時計も外し、コンピューターは鞄から出し、ポケットも空に…液体の持ち込み禁止…そして、非常に多くの係員がウロチョロしています。

今回、ニューヨークに行く時、バンクーバーでチェックを受けたのですが、その時、フィルムを使うカメラを一台持っていました。ISO100のフィルムなら、X線も大丈夫ということなのですが、余り気持ち良いものではないので、何時もフィルムカメラは通さない様にしていました。

ところが今回は、それが簡単に行かず、係員から「フィルムを出して見せるように」と言われてしまいました。

そうです。既にフィルムを実際に使った事のない世代が、世の中に出てきているのです。

そんな事は出来ないと言うと、「巻き戻して出せば良いだけだ」と・・・。

全く呆れました。押し問答の末、少し年上の係員が来て何とかなりましたが、少し前なら、簡単にパスできたものが、今回は目視ながら厳重なチェックを受け、更に薬か何かの付着を調べていたのでしょうか?刷毛の様なモノを当ててチェックしていました。

確かにフィルムカメラといえば、X線を通さずに済む・・・それを悪用する輩が増えたのでしょうが、同時に、フィルムを出せとまで言われるのには正直、驚きました。

今日、フィルムを使った事の無い世代は、確実に増えています。
デジタルで写真を始めて、最近趣味でフィルムに手を出した・・・なんていう人には、フィルムが入っている時は、蓋を開けない、ISO感度は途中で変更しない…こんな事まで注意しないといけない時代なのです。

かつては、あれだけ馴染みのあったモノながら、今や確実にロスとテクノロジーと化しつつあります。

ビュイック・リビエラ

ビュイック
11 /21 2013
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写真は、79年に発売されたビュイック・リビエラです。

ビュイック・リビエラは、キャデラック・エルドラード、オールズモビル・トロナードと共に、GMのEボディーを採用した高級2ドアクーペですが、オールズモビル、そして一足遅れてキャデラックがFFだったのに対して、ビュイックはFRを採用していました。

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先ずは「走る実験室」ことオールズモビルでFFを試し、そして、最先端のキャデラックにも…という事だったのかも知れません。

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66年型リビエラ... 寸分の隙も無い、素晴らしいスタイルです


リビエラと言えば、特に66年に発売されたモデルが有名ですが、トロナードと並び、その流麗かつ凄みの有るスタイルは、GMの中でも屈指の出来だと言えるでしょう。

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70年台初頭の、通称ボートテール...凄まじいデザインです。


そして70年に登場した、通称ボートテールと呼ばれたソレは、賛否両論有りながら、大変にユニークなデザインとして知られていました。

GMにとって74年モデルというのは、ハードトップが消えた年、5マイルバンパーの装着が始まった年として知られていますが、それ以降、GMの金太郎飴化が始まり、その影響は、当然リビエラにも及び、他者との差別化が曖昧になり、地味な存在へと落ちぶれていきました。

79年に登場したこのモデルは、大幅なダウンサイズが施された上に、他のEボディー車と共通のFFになったのが、大きな変化でした。

ただ、デザイン的にも、メカ的にも、特に目立つ事も無く、地味な印象しか無いのですが、年間5~6万台、つまり今日のトーラスと同程度の販売台数は有った様です。

今日、この世代のEボディー車というと、キャデラック・エルドラードを時々見かける程度で、ビュイックやオールズモビルは、本当に見かけません。

エルドラードは、取り敢えず従来路線を維持して、一定の支持を得ていたものの、リビエラには、かつて見せた個性的なデザインも無く、単にエルドラードの廉価版程度にしか見えなかったのも、地味に見える原因だと思います。

ニューヨークのハーレムで見かけた一台、きれいにオールペイントされている様ですが、本当に久し振りに見かけた一台です。

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コチラが、その前日に見かけた、同世代のキャデラック・エルドラードです。
やはり、遥かによく見かけるコチラの方が、より良いデザインだと思います。

因みに、この手の車、ダウンサイズされたとは言え、今日の目からすると、堂々として見えますが、全幅1.81mしか有りません。
今のアコードは、コレよりも幅が広い1.85mというんですから、逆に驚きます。

B&H ユダヤ人の合理的経営?

アメリカ情勢
11 /20 2013
ニューヨーク滞在中、有名なカメラ量販店B&Hに行って来ました。

ニューヨークといいえば芸術の街…その中でも、最も人気の有るカメラ店ですが、前回から8年ぶり、一階がコンピューター関係、2階がカメラという風に変わっていました。

この店の面白いところは、それぞれの従業員が、単一の仕事しかしない事でしょう。

例えばヨドバシカメラだと、商品説明をする店員が、支払いから商品の引渡しまで、一通り世話してくれることになります。

B&Hの場合、店頭に居る店員は、基本的に商品の説明、そして購入が決まると、コンピューターへの入力…それだけが仕事になります。

すると、その情報が在庫管理のスタッフに行き、商品が用意されます。

そして客は、渡されたレシートを、支払い専門のカウンター(現金専門とカード専門に別れている)に行き、更に商品受け取り専門のカウンターにて、商品を受け取ることになります。
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受け取りカウンターの光景。カウンターの数も凄いですが、袋詰めされ、壁に掛かった商品に注目! 当然、袋詰め専用のスタッフが居るのです。


全てがベルトコンベア化されており(実際にカウンターの下を、ベルトコンベアが通っています)、それぞれが専門の受け持ち箇所のみを担当する…。

ある意味、大変に合理的なシステムだったりします。
それでも決して機械的で冷たいところが無く、非常にフレンドリーに、私の探している様な商品を、実に的確に探してくれたのが印象的でした。

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購入したカメラバッグ…非常に難しい商品ながら、カメラを見せると、瞬時に的確なものを選んでくれました。


金曜日は1時で閉店、土曜日は休みというのは、ユダヤ教の文化ならではのことで、ニューヨークのカメラ店では、一般的なことです。
バンクーバーで購入するより、送料や関税を払ってでも、安いので、時々通販も利用していますが、日本の様に国内のみ…というのが無い辺りも、良い所です。

既にバンクーバーでは、カメラ店というものが商売にならなくなっており、家電売り場で買うのが一般的で、カメラ店も年々縮小傾向にあります。それ故に、この店の持つ独特なエネルギーが嬉しく思えたものです。

リンカーンMKTのデザイン

カーデザイン スタジオ
11 /18 2013

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ニューヨークで見かけた黒塗りのリンカーンMKTです。
ハイヤーも、今はリンカーン・タウンカーが定番ながら、既に生産中止から、何れ他の物に切り替わる訳ですが、キャデラック・エスカレードと共に、このリンカーンMKTを結構見かけました。

このスタイル…正直、私は、この手のクロスオーバーと呼ばれるSUVタイプには一切興味が有りませんし、このコーナーで扱う初のクロスオーバーです。

敢えてコレを取り上げる理由は、決して美しいとは思わないものの、それなりに面白い形をしているからなのですが…。

こうやって横から見ると、何処と無く、クライスラーPTクルーザーを思わせる何かを感じました。
PTクルーザーは、戦前の車をモチーフにしたデザインが特徴でしたが、だったら…と、戦前のセダンの様に、少し短めのトランクを付けてみました。


そして、リアの延長と共に、後輪も若干後ろに移動させ、ホイールベースが延長されています。本当は、もう少しフロントを延ばしたいところですが、ソレは遠慮して…。

イメージ 2

コレだったら、ハイヤーばかりでなく、一般のタクシー、そしてリムジンとしても使えそうなプロポーションです。

デザイナーとしては、単にクロスオーバー型SUVをデザインしたんでしょうが、それが私の目には、古典的にも見え、それなら…と思って弄ってみました。

リンカーンMKTのデザイン

カーデザイン スタジオ
11 /18 2013
イメージ 1

ニューヨークで見かけた黒塗りのリンカーンMKTです。
ハイヤーも、今はリンカーン・タウンカーが定番ながら、既に生産中止から、何れ他の物に切り替わる訳ですが、キャデラック・エスカレードと共に、このリンカーンMKTを結構見かけました。

このスタイル…正直、私は、この手のクロスオーバーと呼ばれるSUVタイプには一切興味が有りませんし、このコーナーで扱う初のクロスオーバーです。

敢えてコレを取り上げる理由は、決して美しいとは思わないものの、それなりに面白い形をしているからなのですが…。

こうやって横から見ると、何処と無く、クライスラーPTクルーザーを思わせる何かを感じました。
PTクルーザーは、戦前の車をモチーフにしたデザインが特徴でしたが、だったら…と、戦前のセダンの様に、少し短めのトランクを付けてみました。

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そして、リアの延長と共に、後輪も若干後ろに移動させ、ホイールベースが延長されています。本当は、もう少しフロントを延ばしたいところですが、ソレは遠慮して…。

コレだったら、ハイヤーばかりでなく、一般のタクシー、そしてリムジンとしても使えそうなプロポーションです。

デザイナーとしては、単にクロスオーバー型SUVをデザインしたんでしょうが、それが私の目には、古典的にも見え、それなら…と思って弄ってみました。

americancars4ever

アメ車のブログとして開設して11年目、車以外にも様々な身の回りの話題を取り扱っています。