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ナッシュ・メトロポリタン

独立系メーカー
07 /31 2014
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このコンパクトでユーモラスなスタイル…コレもれっきとしたアメリカ車です。

ナッシュ・メトロポリタン…ナッシュモーターズは、GMの創業者ウィリアム・デュラントの片腕として、デュラントの自動車産業参入以前からの付き合いであったチャールズ・ナッシュによって1916年に創業されました。

前年、経営不振の責任を取って経営から離れていたデュラントが、シボレーを元にGMの株式の過半数を取得し、GMの経営に返り咲きますが、ナッシュは、その直後にGMの社長を辞職しているのです。

特に戦後、巨大化が顕著になるアメリカ自動車産業に於いて、ナッシュは手頃なコンパクトカーを得意とするメーカーでしたが、1954年、ハドソンと合併し、アメリカン・モータースとなっています。

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この車が発売されたのは53年、AMCになる1年前ですが、合併後は、ナッシュブランドの他にも、ハドソン、そして後にAMCも名乗っています。

全長3,79m、全幅1,56m、エンジンも1.2リッター及び1.5リッターという、アメリカでは異例のコンパクトな車に仕上がっています。

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その最大の特徴は、アメリカで設計開発された車が、イギリスのオースティングループによって生産されたことで、同じ車が、ヨーロッパでは、オースティン・メトロリタンとして販売されました。
事実、このサイズは、同時代のイギリス車で一般的なものと言えるでしょう。

メカニズムも、オースティン製のものとなっており、そんな理由から、オースティンの車をナッシュが生産していたと勘違いする向きがありますが、実際は、その逆でした。

ただ、当時のイギリス製エンジンというのは、アメリカのソレに比べると、オイル漏れは当たり前で、手が掛かるのが当たり前で、その辺りも若干不利に働いたのではないでしょうか?

巨大で豪華な車ばかりの50年代のアメリカで、こんなお洒落でキュートな車が販売されていたという事実も、忘れてはいけません。

そして、アメリカにも実は小型車を作る技術が有ったということも・・・。

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佐世保の女子高生殺害事件

ニュース
07 /31 2014
まあ、色々聞いていると、加害者の女生徒、以前からかなり問題行動が有った様です。

給食への異物混入…こんなのは、どう考えたって殺人未遂ですし、1回ならともかく、5回もやっていた様です。

そして、自分の父親の寝込みを襲って、バットで殴りつける事件も起こしています。

この様な問題行動が有りながら、異物混入は、教育委員会に勤めていた母親がもみ消した様です。

父親の事件も、弁護士という立場上、ウヤムヤにした様です。

結局、親の面子ばかりが大切で、その背景に何があるのかが完全に抜け落ちているのです。
そして、母親の死後、すぐに再婚、妊娠…余りにハシタナイとか言い様がありません。
オマケに高校1年生で一人暮らしの上に、留学予定…要するに体裁の良い子捨てです。

その上に、最近の子供の特徴は、スマホやタブレットで、何も感じる事無く、何でも出来る・・・つまり、あらゆる事に実感が無いのでしょう。

よく、何故佐世保で…と言われていますが、メディアは10年前の事件との関連性云々必死に言及していますが、それ以前に、問題のある家庭だったという風にしか見えません。

反日中国人の増加に警戒 独の警告「同じ轍を踏むな」 移民の大量受け入れ

ニュース
07 /30 2014
日本の少子高齢化に伴う労働力不足の穴埋め策として、「移民」が取り沙汰されている。先に導入した欧米諸国では、さまざまな問題が噴出しているが、大丈夫なのか。今月初め、トークライブ「日本を移民国家にしてよいのか」(主催・雑誌『正論』)にも参加した、元警視庁捜査官でノンフィクション作家の坂東忠信氏が、中国人増加が招く危機に迫った。

日本の人口減は深刻だ。現在、約1億2722万人の人口は、2060年には8674万人に減り、2110年には4286万人にまで落ち込むという。ここで浮上しているのが「移民の大量受け入れ」だ。

内閣府は、毎年20万人を受け入れることで、合計特殊出生率が人口を維持できる2・07に回復すれば、今後100年間は人口の大幅減を避けられると試算した。経済財政諮問会議の専門調査会を中心に議論を進め、年内に報告書をまとめる方針だが、私は疑問を呈したい。

法務省の在留外国人統計(13年度版)によると、在日永住者は約100万人で、非永住者は約102万人。中でも、景気や震災に関係なく人口を増やしているのが中国人永住者である。在日中国人は約70万人で、00年に在日中国人のうち約15%だった永住者が、13年には32%に増加した。

12年5月から施行された外国人に対する「高度人材ポイント制導入」では、来日5年で永住が許可され、両親やメイドの帯同も許可された(6月11日可決の入管法改正で、永住許可条件は5年から3年に短縮)。評価ポイントは学歴や年収中心で、日本社会が重視する協調性などは問われない。中国人は親の面倒を見るため、高度人材の51%を占める「中国人対象」との見方もある。

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私の住んでいるカナダも、以前住んでいたニュージーランドも、移民を大量に受け入れる国として知られています。

その結果がどうなったでしょうか?来る連中というと、中国人とインド人ばかり。

これだけ色々な国が有り、しかも、公平なはずのポイントシステムを採用していながら、何故この様な差が出るのでしょうか?

ポイントシステムとは、一般に語学力、特殊技能の有無、経歴、学歴と言ったものを数値化したものです。
そのシステムに、何故中国人とインド人が殺到するのか…それは単純に、この2国には、「賄賂」という文化が確立しており、その賄賂如何で、どんな書類でも入手が出来るからなのです。

語学力は、英語の試験を受けることになりますが、そんなモノ、金さえ払えば何とでもなるのです。

特殊技能?そんなモノ、政府機関に賄賂を渡せば、政府が正式に発行した国家試験の合格証だって、大学の卒業証書だって、簡単に手に入ります。

職歴だってブローカーが何とでもしてくれます。

移民というシステム自体が、そういった政府も絡んだ大規模な不正組織によって完全に食い物にされているのが現状なのです。

書類自体嘘でも、「偽造書類」ではなく、実際に政府が発行した書類だけに、見分けることは不可能です。

そして、一人に移民を与えたならば、その人の妻、子供、両方の親…といった具合に、扶養家族が当たり前の様に付いて来ます。当然言葉も全く出来ないで、即生活保護の申請といったことになります。

一体コレの何処が経済に良いと言うのでしょうか?頭数が増えても、実質来るのは、子供と年配者が中心で、本人ですら限りなく怪しい…というのが現状なのです。

70年代初頭、工業化を目指したニュージーランドは、南太平洋の島々から、多くの移民を導入しましたが、その多くが工業化の失敗後も居座り、多くが無法者と化しました。

現在、様々な分野でオートメーション化が進み、同じ産業でも、昔ほど人が要らないという風になりつつあります。その事を考えると、「2060年には8674万人に減り…」というのが、実際どの程度影響ある事なのか、正直分からないのです。

もう一度言いますが、移民とは、中国人とインド人を不正に大量入国させるだけで終わります。しかも順法精神など皆無で、数に物を言わせて政治力を持ち、自分の都合の良い様に法律を変えようという輩です。

犯罪組織の輸入にしかならない事を、肝に銘じておくべきです。

キャデラック・エルドラード・コンバーチブル

キャデラック
07 /29 2014
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1977年、GMのフルサイズカーは一斉にダウンサイズを受けました。全長20センチ、幅10センチというものでしたが、キャデラックの最高級車、エルドラードがダウンサイズを受けたのは79年で、先代と比べると、全長50センチ、幅22センチという更に大幅なもので、最高級のエルドラードが、同時代のド・ヴィル/ フリートウッドよりも小さくなってしまいました。

エンジンも、かつての7リッター、8.2リッターという巨大なものから、5.7リッター、6リッターと、大幅にダウンサイズを受けています。

そして、この世代から、キャデラックの最小モデルとして登場したセビルとの兄弟関係が始まります。

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この写真で目に付くのは、コンバーチブルであることです。

GM最後のコンバーチブルが76年エルドラードで、以降、アメリカ製コンバーチブルは暫く絶滅状態にありました。

よく、安全基準強化のせいで絶滅した様に言われていますが、別に当時、アメリカでコンバーチブルが禁止された事実は全く無かったのですが、GMの場合、75年にハードトップの絶滅、そして76年にコンバーチブルの絶滅と時を同じくした為、そういう風に言われただけで、実際は70年代初頭、既にコンバーチブルの需要は殆ど無く、消えていたのです。

その理由として、大気汚染、エアコン、オーディオの普及、そして、経済の低迷といったものが挙げられます。

そして、82年、リー・アイアコッカの下、クライスラー・ル・バロン・コンバーチブルが復活第一弾となり、キャデラック・エルドラードも、84年、85年モデルで少数ながら販売していた様です。

しかし、次の世代では、コンバーチブルは用意されなかった事からしても、恐らく販売台数は少なかったのでしょう。

安全性…という話しをしましたが、この頃のコンバーチブルも、70年代前半のソレと比較して、特別安全対策が取られている訳でも無いことから、「安全性を理由に消えた」というのが、都市伝説に過ぎないことを証明しています。

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それにしても、この内装…この派手な色が、決して安っぽく見えない辺りが流石です。こんなデザインは、アメリカ人にしか出来ないものですし、やはりキャデラックならではの世界観が存分に現れています。

実際には、同時代のヨーロッパ製高級車よりも安価で、実際の造りもプラスチックを多用した安物で、高級家具ではなく、カラーボックスといった造りなのですが、それでも、ここまで豊かに感じさせる何かが確実にそこに有ります。

現在のXTSは、全長こそ若干短いものの、幅は遥かに広いのですが、全然豊かそうに見えません。

キャデラックという車は、アメリカの幌馬車時代からの歴史を一身に伝えてきたものですが、その土から離れて、妙な大陸(ヨーロッパ)志向に走った結果、土から仕返しされた…そんな気がしてならないのです。

エルドラードという車は、キャデラックの最高級2ドアクーペとして、53年の発売以降、コンスタントに売れ続けたモデルですが、街中で普通に見かけたのは、このタイプが最後で、86年に登場した次期モデルでは、更に急激なダウンサイズが災いして、殆ど人気が出ませんでした。

米アップル製品、使用禁止を…中国紙が論評掲載

ニュース
07 /29 2014
北京=五十嵐文】中国共産党機関紙・人民日報系の環球時報は28日付で、党員や政府職員、軍人らに対し、米アップル社のスマートフォン「iPhone(アイフォーン)」などの製品の使用禁止を呼びかけるインターネット専門家の論評を掲載した。

 アップル製品を通じて米当局が盗聴や通信データの不正入手を行う危険性を指摘し、中国国産の携帯電話への切り替えを推奨している。

 米政府は、中国の大手通信機器メーカー「華為技術(ファーウェイ)」の製品が 諜報 ( ちょうほう ) 活動に使われる懸念から、同社の製品を排除する動きを強めている。中国政府がこうした動きに対抗し、今後アップル社への圧力を強める可能性がある。

アップル製品は、ユーザーの場所から何から、プライバシーの垂れ流し…という噂は、結構前から言われています。

だからと言って中国製…正直、アップルよりも遥かにタチが悪いと思うのですが…。

特に中国でiPhoneを使う人というと、それなりに収入のある人でしょう。その様な人達が、この時代に、こんな馬鹿げた話しを信用するとは思えません。

中国といえば、少し前まで、インターネット・エクスプローラ6の使用を推奨していましたが、コレは、重大なセキュリティーの欠陥がある=監視し易いからでした。

アメリカのがダメで中国製の方が良い?バカも休み休み言え!って感じですね。

夏の定番「ホラー映画」のテレビ放送が減ったのはなぜ?

日本の話
07 /26 2014
夏の風物詩のひとつといえば、やはり怪談やホラーだろう。だが、ホラー映画の劇場上映はよく見かける一方、地上波テレビでのホラー映画放送は、ほとんど目にしなくなってしまった。そもそも、映画放送の枠自体が少なくなっていることもあるが、ここまでホラー映画をやらなくなったのは、なぜなのだろうか。関係者に聞いてみた。

まず、過去にどのようなホラー映画がテレビ放送されていたかというと、日曜洋画劇場(テレビ朝日系列)で『13日の金曜日』、金曜ロードショー(日本テレビ系列)で『バタリアン』、ゴールデン洋画劇場(フジテレビ系列)で『エルム街の悪夢』、木曜洋画劇場(テレビ東京系列)で『サスペリア』『ゾンビ』など軒並みテレビ放送されたのを筆頭に、『チャイルド・プレイ』『遊星からの物体X』『死霊のはらわた』『サンゲリア』など、怖すぎるホラーが並ぶ。今でこそ、よく地上波放送できたものだと思うが、80年代~90年代はホラー映画のテレビ放送が自然だった。

「テレビ局側での(自主)規制に拠るところが大きいと思います」と映画関係者は話す。「社会的事件が起こるたびに、ホラー表現が犯罪者心理に及ぼす影響が深く語られることなく、ホラー映画はやり玉に挙げられてきました。その結果、ひとくくりに“悪”とみなされたホラー作品は、テレビから姿を消してしまった。また、テレビ局やスポンサーは、いくら視聴率が取れたとしても、クレームや抗議というものに過剰に反応します。そうなると、敢えてホラー映画をテレビでやる意義が感じられないのかもしれない」。

さらに、ホラー映画では、セクシーなシーンが定番のひとつだが、「以前に比べ、テレビ局は裸体のシーンなどにも自主規制をかけている」と関係者が話すように、このセクシーシーンがゴールデンやプライムタイムの時間帯はもとより、深夜帯でのホラー映画の放送が減っている一因となっている。

そして、80年代~90年代と圧倒的に違うのが、テレビ局が映画製作に積極的に乗り出したという点だ。いわゆる、テレビ局映画の増加。2013年度の邦画興収トップ10を見てみても、テレビ局が製作員会に入っていない作品は1つもない。それほど、テレビ局映画は増えているのだ。

「テレビ局が映画の製作や出資に絡んでいるということは、もちろん、テレビでのオンエアも、テレビ局の映画が優先されることになります。だからこそ、ドラマのスペシャル版のようなものから、スピンオフもの、オリジナルのものまで、テレビ局の映画は多岐に渡っても、その多くの場合がテレビでのオンエアを前提とし、万人に受け入れられるであろう、マスを意識した作品になることが多い。結果、振り切った作品は敬遠され、“ホラー”というジャンルがテレビ局主導で積極的に作られないという状況も、テレビでホラー映画を観る機会が減った要因のひとつ」。

最後に、関係者はこう口にする。

「一般社会に受け入れられるにはちょっと分が悪いホラー映画ですが、ホラー映画とひとくくりにされてしまうことで日の目を見ない作品も増えており、市場縮小・文化縮小にも繋がりかねません。暑い夏に、皆でこわーい思いをするホラー映画がオンエアされることも楽しみの1つとして許容できるくらいの社会が健全なような気がします」。

さぁ、テレビ局さん、深夜からでもホラー映画を増やしてみます?

何か大きな勘違いをした記事です。

夏の定番=ホラー映画???

先ずココからして間違っています。夏の定番=怪談ならともかく・・・。
ホラー映画というのは、アメリカを始めとした、私に言わせれば大したストーリーも無く、低俗で殺人をメインに、グロテスクさを売りにした映画です。

怪談というのは、日本に古くから各地に伝わるもので、その背景には、人の心、怨念・・・こういった深い人間ドラマがあるのです。

13日の金曜日のどこに、そんなモノが有るというのでしょうか?

そんな基本的な事さえも理解しないで、日本の怪談も悪趣味なホラー映画をごちゃ混ぜにして…。
ホラー映画が低俗で悪影響があるのなら、日本の怪談物を放送すればいいだけです。
例えば、「異人たちとの夏」の様な作品も、この時期、いいでしょう。

夏の風物詩は、怪談であって、決してホラーでは無いのです。
その背景には、お盆という古来から伝わる日本の伝統も深く関わっているのです。

かつて、夏休みの昼間、テレビで観た怪奇特集「あなたの知らない世界」なんかも、最早遠い昔の話しです。

シボレー・カプリス

シボレー
07 /23 2014
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近年、ガソリン価格の高騰を理由に、かつてのフルサイズカーが急速にその姿を消しています。

それまでは、安くて丈夫という意味で、低所得者層にも愛用されたものですが、その層は、最早車にすら手が届かなくなっています。

シボレー・カプリス…この手のカプリスもほぼ絶滅状態にありますが、こんなノーマルな感じの物を見たのは、本当に久しぶりです。

写真を撮っていると、オーナーが戻ってきましたが、やはり80近いであろう高齢者でした。そして、やはりガソリン代が高くて…ということを嘆いていました。

現在、バンクーバーのガソリン価格は、リッター1.40ドル前後…140円前後と、日本よりは随分とマシ…と思えるでしょうが、ココで日本と同等の用事を済まそうとすれば、日本の倍は走行します。その事からも、むしろ日本よりもガソリン代が深刻なのです。

オマケに保険となれば、最低の何も無いモノですら年間10万円、しかし、今日のバンクーバーの交通事情では、非常にリスクが高く、結局保険料だけでも年間20万円近くになります。

急速な移民増加で、交通モラルの低下、免許の不正取得、高価格車による事故急増、保険の不正請求といった背景から、保険料も高騰しているのです。

そんな理由から、かつて、フルサイズカーのメインの顧客であった高齢者からも完全に見捨てられ、現在、敢えてこの手に乗ろうという人は、車が趣味で、高い金を払うのを厭わないという人々が中心で、そうなると、ノーマル率が自ずと低くなるのです。

発売当時、嫌悪感すら覚えたこのスタイルですが、今となっては、暖かく見守っていきたいという思いで一杯です。

1967年フォード・マスタング

フォード
07 /19 2014
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64年に登場したフォード・マスタングは、そのスポーティーさと手ごろな価格が支持され、戦後最大と言われる大ヒットモデルとなりました。

当時のエピソードとして、マスタングの父、リー・アイアコッカの自伝によると、何処に行っても自称「マスタングの父」という人物に出会う…何れ、マスタングの母に出会うのではないか?と心配している…と…。

逆に「我こそはエドセルの父」という人物には、一度として会った事がない…。

ところがアメリカの常で、その素晴らしいオリジナルのデザインが維持されたのは僅か3年と短く、67年モデルでは、早くもサイズアップが行われています。

まあ、毎年の様にデザインに手の加えられた当時、3年というのは、十分長いといえるのかも知れませんが・・・。

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どちらかと言うと、後のマスタング2を思わせる様な…


全長5センチ、幅7センチの拡大でしが、ホイールベースは、そのままでした。コレはアメリカでよくあるオーバーハングの拡大ですが、それによって、より大きいエンジンが搭載される様になりました。

外観的にも、サイドのエアスクープが、よりアグレッシブなデザインになったり、特に写真の車は、ビニールトップが装備されている辺りからも、初代のシンプルかつスポーティーながら何処か上品な佇まいは、随分とスポイルされた様に思います。

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丁度カマロ/ファイアーバード兄弟が発売された時期に当たり、それに合わせて急遽、拡大路線に走った…というのが事実だと思います。
68年には、更にアグレッシブなスタイルになっています。

とは言っても、この辺りは、正にマスタングの絶頂期と言ってもいい時代で、売れ続けましたが、翌69年には、更にホイールベースはそのままに、更に全長10センチも拡大されており、デザイン的にも、まるで別物という感じで、そうなると流石に批判の声も出始めました。

結局ライバル出現前が一番正当な車であった・・・というのも、何となく皮肉なものです。

そして、発売から丁度10年後、74年モデルでマスタング2として、原点回帰を目指し、大幅なダインサイズに走りました。

音響機器メーカーとして知られた元東証1部上場の山水電気が破産

ニュース
07 /17 2014
元・東証1部上場の音響、映像機器メーカー、山水電気(株)(TDB企業コード985840202、資本金53億8215万8621円、東京都大田区蒲田5-29-3、登記面=渋谷区東2-23-3、代表室越隆氏ほか2名)は、7月9日に東京地裁より破産手続き開始決定を受けた。

破産管財人は相澤光江弁護士(東京都港区虎ノ門4-3-13、電話03-6721-3111)。債権届け出期間は8月13日までで、財産状況報告集会期日は10月27日午前11時。

当社は、1944年(昭和19年)12月に創業、47年(昭和22年)6月に法人改組された高級音響機器及び映像機器の専業メーカー。61年12月には東証2部へ、70年3月には東証、大証1部へそれぞれ上場を果たし、84年10月期には年売上高約525億5200万円を計上。高級アンプ「SANSUI」として世界的なブランドを確立するほか、世界的なスピーカー、JBL(米)の日本総代理店にもなっていた。しかし、製品開発、生産体制などの立ち後れから、80年頃より経営危機が表面化するようになり、89年10月には英国ポリー・ペック・インターナショナル社の傘下に入り、再建を目指すこととなった。

しかし、翌年同社が経営破綻したため、支援会社を模索。91年9月から香港のグランデ・グループと関係を結び、2001年11月28日から実質的にグランデ・グループの傘下に入った。財政的、人的な支援を受けて財務面は改善したが、営業損益段階での欠損計上が続いていたため、継続企業の前提に関する重要な疑義が注記されていた。

こうしたなか、2010年12月期より、音響、映像機器事業を休止するなど事業規模を縮小し、再建を目指していたものの、グループ中枢の親会社であるザ・グランデ・ホールディングズ・リミテッド(香港)が2011年5月11日付で香港高等裁判所により、暫定清算人が任命されて、事実上の倒産状態となった。このため資金支援を受けることが困難となったほか、グランデ・グループに対する債権の取立不能又は取立遅延の恐れが生じたことで貸倒引当金繰入額54億8624万円を特損計上し、債務超過に転落していた。

その後も、別途、ザ・グランデ・ホールディングズ・リミテッドの親会社グループからの融資や別の手段による外部機関からの資金調達を模索したものの、契約に至らず、2011年12月期の計算書類に対する監査法人からの意見表明も受領できないほか、定時株主総会も延期されるなど動向が注目されていた。こうしたなか、2012年4月2日に東京地裁へ民事再生法の適用を申請し、同年5月3日に上場を廃止。同年12月27日付で、民事再生手続きを終結していたが、その後、資金繰りが続かなくなり今回の事態となった。

負債は約3億5000万円。


かつて日本の若者は、車、バイク、オーディオといったモノに大金を叩いたものでした。

高級オーディオというものは、明らかに音が違いましたし、アナログレコードから発せられる音色は、大変に奥深いものがあり、それ故に趣味として存在していたのです。

やはり、その流れが大きく変わったのは、CDが登場した辺りからでしょうか?ノイズが無く、一見綺麗な音も、明らかに情報量が少なく、奥の深みに欠け、その辺りから、余りオーディオというものに人々が拘りを持たなくなったのではないでしょうか?

現在は?というと、所詮はiPodの音に満足する世の中です。最早ステレオでもなく、ラジカセですら無く、精々iPod用スピーカー程度で満足といった世の中です。

これではオーディオ専門メーカーも大変です。

SANSUIというブランドは、ニュージーランド時代、Kマートの様な量販店で、安物のテレビや電化製品が売られていましたが、皆中国製で、往年の姿とはかけ離れたもので、正直中国製の偽ブランドにしか見えませんでした。

それ等の製品が、山水と関係あるのかどうかは知りませんが、もし、あの程度のOEM製品の様なモノが主流だったとしたら、ブランドとしての価値は無くなったと見ていいのかも知れません。

音質の遥かに良いソニーよりも、アップルを選ぶ…そんな世の中なのです。
今から10数年前、iPodが最初に出た時、音楽文化が崩壊すると思ったものですが、それが現実となりつつある様です。まあ、同時に新しい文化も生まれましたが・・・。

かく言う私も、敢えて高級オーディオが欲しいと思う程の音楽がないのが現状です。

63年型リンカーン・コンチネンタル

リンカーン
07 /12 2014
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写真は、63年型リンカーン・コンチネンタルです。

リンカーン・コンチネンタルとは、元々フォードの2代目社長であったエドセル・フォードのために作られた車と言われ、スタイリッシュな2ドアクーペとコンバーチブルが用意されていました。

戦後、その復活版として、マーク2と共にコンチネンタルの名前が復活し、写真のこの世代は、4代目ということになります。
マーク2までは、手作りの極めて豪華な車で、2ドアのみでしたが、それ以降、4ドアもラインナップされ、極普通のアメリカ的な高級車になりました。

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この車の特徴は、4ドアハードトップで、ドアが観音開きであったことでしょう。
そして、当時のアメリカは、2-3年でモデルチェンジを繰り返していたのに対して、驚く事に9年間も同じスタイルを維持していたのも、大きな特徴でした。

あのケネディー大統領が暗殺されたのは、61年型の、このリンカーン・コンチネンタルのリムジンでした。

リンカーン大統領とケネディー大統領の一致という事が言われていますが、リンカーンが暗殺されたのがフォード劇場、そしてケネディーが暗殺されたのがフォードの車(リンカーン)・・・となっています。
事件当日、ハードトップの屋根が取り外されていましたが、この事件以降、大統領専用車にオープンカーが使われることは無くなりました。

同時代のキャデラックが非常に豪華で世界中で人気を得たのに対して、リンカーンはあくまでも地味でフォーマルな車で、当時のカーグラフィック誌も、10年一日の様なデザインと評していました。

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コチラの写真は、97年に登場したホンダ・アコードと並んだものですが、こうやって比べてみると、キャビンの大きさが殆ど変わらなか、むしろアコードの方が大きい位だということに気が付きます。やはり、相当に無駄のあるデザインですね・・・。

それにしても、何故コチラの人は、こんな似合わないホイールを履くんでしょうか?

因みにこのパノラマは、3枚の写真を合成したものですが、フォトショップの機能が作動せず、完全な手動での作業になりました。

americancars4ever

アメ車のブログとして開設して11年目、車以外にも様々な身の回りの話題を取り扱っています。