FC2ブログ

フォード・トランジット・コネクト 続き

修理
02 /26 2015
イメージ 1
エキストラクタを10mmソケットに無理矢理押し込んで使用しました。


昨日紹介したフォード・トランジット・コネクトですが、たかがプラグ一本の為にヘッドを降ろすのも大変です。

そこで、問題のシリンダを上死点に合わせ、容積を最小にしてから、CRCで満たし、暫く放置しました。

そして、エキストラクタを使うのですが、プラグホールの中という状況で、通常のハンドルはつかえません。かといって、他に合う様なアダプターも無く・・・色々試しているうちに、10mmの12角ソケットに無理矢理打ち込んでやれば使えそうだ・・・ということになりました。

結果、物凄い力を要したものの、無事、取り外すことが出来ました。

イメージ 2

一つ心配なのは、どの程度ゴミが中に入ったか?なのですが、磁石を使って、可能な限り鉄粉を
  • このページをウォッチす
取り除き、無事作業を終了しました。

プラグ本体には、メーカー名は書いていないものの、品番から、NGK製の様ですが、メーカーが大量に安く作らせたモノなのでしょうか?それにしても粗末な品質なのか、それともフォードの品質が粗末なのか・・・実際、フォードでは結構起こっている様です。
スポンサーサイト



フォード・トランジット・コネクト

修理
02 /25 2015
イメージ 2

エンジンが失火するというフォード・トランジット・コネクト・・・。

ダイアグで診断すると、2番シリンダが失火していると出ます。

取り敢えずコイルを外して、2番と1番を入れ替えても変化なし。
そこで、プラグを外して点検したら・・・これが、その写真です。

イメージ 1

錆びてネジ山の部分がシリンダヘッド側に残ってしまいました。
プラグ周辺に水が溜まって抜けない設計もろんがいですが、2万キロ少々で、
こんな所に、こんなに水が入る設計は、日本では考えられません。

ここまで錆び付いたモノ、エキストラクターで抜けるとは思えませんし、まあ、ヘッド降ろしになるんでしょうねぇ…。

マツダの設計の様ですが、随分マツダも粗雑になったものですね・・・。


最低映画を決めるラジー賞が発表!新婚キャメロン・ディアスが初の最低女優賞!

ニュース
02 /23 2015
昨年1年間の最低映画を決定するラジー賞こと第35回ゴールデンラズベリー賞が、第87回アカデミー賞授賞式を翌日に控えた現地時間21日に発表され、今年1月に結婚したキャメロン・ディアスが最低女優賞を獲得。最多7部門でノミネートされていた、映画『トランスフォーマー/ロストエイジ』のマイケル・ベイ監督が最低監督賞に選ばれた。

先月5日に人気ロックバンド、グッド・シャーロットのベンジー・マッデンと結婚式を挙げたばかりのキャメロンは、3度目のノミネートにして最低女優賞を初受賞。『ANNIE/アニー』の演技でノミネートされていた最低助演女優賞にこそ選ばれなかったが、同作も最低続編、リメイク映画賞を獲得するなど、散々な結果となった。

 ベイ監督は、5度目のノミネートにして、2009年の『トランスフォーマー/リベンジ』以来、2回目の最低監督賞受賞という快挙を達成。ベイ監督のプロデュース作『ミュータント・タートルズ』に出演したミーガン・フォックスも最低助演女優賞を受賞している。

 最低映画賞に選ばれたのは、人気コメディードラマ「愉快なシーバー家」のマイク役で知られるカーク・キャメロン主演映画『カーク・キャメロンズ・セイビング・クリスマス(原題) / Kirk Cameron's Saving Christmas』。最低男優賞、最低脚本賞、最低スクリーンコンボ賞など最多4部門で受賞し、今年の台風の目となった。(編集部・入倉功一)
第35回ゴールデンラズベリー賞の受賞結果は以下の通り。

■最低映画賞
『カーク・キャメロンズ・セイビング・クリスマス(原題) / Kirk Cameron's Saving Christmas』

■最低監督賞
マイケル・ベイ『トランスフォーマー/ロストエイジ』

■最低男優賞
カーク・キャメロン『カーク・キャメロンズ・セイビング・クリスマス(原題)』

■最低女優賞
キャメロン・ディアス『ジ・アザー・ウーマン(原題) / The Other Woman』『セックス・テープ(原題) / Sex Tape』

■最低助演男優賞
ケルシー・グラマー『エクスペンダブルズ3 ワールドミッション』『トランスフォーマー/ロストエイジ』

■最低助演女優賞
ミーガン・フォックス『ミュータント・タートルズ』

■最低リメイク、パクリ、続編映画賞
『ANNIE/アニー』

■最低脚本賞
『カーク・キャメロンズ・セイビング・クリスマス(原題)』

■最低スクリーンコンボ賞
カーク・キャメロンと彼のエゴ『カーク・キャメロンズ・セイビング・クリスマス(原題)』

■ラジー名誉挽回賞(ラジーの救い手賞)
ベン・アフレック(『ジーリ』から『アルゴ』『ゴーン・ガール』)




イメージ 1
婚約解消という設定でジュリーは去りましたが、その裏で、ゴタゴタが有ったのです。


世の中、色々な賞がありますが、こういうのは、余り日本では耳にしない類ですね。

キャメロン・ディアスはともかく、このニュースで私が気になったのは、カーク・キャメロンの方だったりします。

カーク・キャメロンといえば、80年代に大ヒットしたアメリカのコメディー、Growing Pains(愉快なシーバー家)の主演で大人気で、同時代、ティーン雑誌では、何処を見ても彼の姿を目にしたものでした。

実は、彼は極めて保守的なキリスト教原理主義者として知られておし、その独善的な行動から、番組の他の出演者とも常に摩擦を起こしていたのは有名な話しです。

当時、彼の恋人役だった女優が、過去にプレイボーイにヌードが掲載されていたという理由で圧力を掛け、クビにしたのは有名な話しですが、彼女は「彼は私のような人物は地獄に落ちるというが、私は、自分の信仰のために人を不幸にする事は無いし、自分の人生を楽しんでいる。」というコメントを残し、今でも犬猿の仲なのです。

私自身、この映画のことも知りませんし、観ようとも思いませんが、恐らく独り善がりな内容なのでしょう。

かつての天才子役?も、最早通用しない様です。

2016 ニッサン・マキシマ

カーデザイン スタジオ
02 /23 2015
イメージ 2

ニッサン・マキシマという車は、元々北米輸出をメインとした車種で、当初はブルーバードに6気筒エンジンを搭載したもので、国内でもブルーバード・マキシマと呼ばれていたものが、後に独立してニッサン・マキシマと呼ばれる様になりました。

元々北米をメインにした車種だけあり、日本での人気はイマイチで、90年代前半、同クラスで同じく低迷してセフィーロと統合され、マキシマの名前は消え去りましたが、北米では、現在に至るまで続いています。

イメージ 1

さて、この2016年型マキシマですが・・・それにしても凄まじいスタイルです!かつてのコンセプトモデル、ほぼそのままの形で出てくるそうです。実際、ニッサンカナダのホームページにも、この一番上の写真が掲載されている位なので、信憑性は高いと思います。

Cピラー周辺の形状が、キア・オプティマ辺りに似ている様な気がします。

イメージ 3


それどころか、全体の雰囲気も何となく・・・。

4ドア・スポーツカーだそうですが、こんな巨大なセダンでスポーツカーも無いでしょう・・・。どうせ大型FFセダンなんでしょうから。

いつもニッサンと言うメーカーは、コンセプトカーのデザインを載せる車種を間違っていると思うのですが、コレだってスポーツカーと言うのなら、マキシマじゃなくて、スカイラインに使うべきデザインだったのではないでしょうか?

まあ、スカイラインに使った所で、カッコイイとは思いませんが・・・。

変わった客・・・

修理
02 /23 2015
随分と前の話しですが、私が日本で仕事をしていた頃、印象の残るお客さんがいました。

何台も83年式メルセデス560を車検に持ち込むのですが、皆同じ色で同じエンジン、しかも、皆放置されていた様な感じで埃を被っているのです。

とにかく車検さえ通してくれれば問題ないということで、一切のメンテナンスもせず、本当に車検を通すだけだったのです。

それも1台や2台ではなく、定期的に何台も何台も持ってくるのです。そして、ある時、自分でお乗りになっている新しいBMWも車検に持ってきて頂いたのですが、その辺りからしても、金回りの良い方であったのは確かでしょう。

それにしても、あんなに何台も同じ型の車を次々と車検に持ってくるというのも、何とも不思議な事でした。当時はバブル崩壊後で景気がどん底の時代・・・差し押さえ物件にしては古すぎるし、転売するにも、価値が有ったとも思えません。

今から考えると、スタントの撮影用だったのかも知れませんが・・・。

その方が2年後、また車検に来たかどうかは・・・既に私が退職してしまっていたので、確かめる術はありませんでした・・・。

何れにしても、非常に気さくで、感じのいい方だったので、悪い印象は皆無なのですが、それにしても不思議な方でした。
しかも、最初に受付をしたのが私であった為、以降、毎回私宛に持ってきて頂いたので、その面でも、大変に印象に残っています。

iPad Miniの新しい使い道・・・

IT関係
02 /22 2015
昨年購入したiPad Miniですが、巷での評価とは裏腹に、私にとって、正直高いだけでかなり微妙な存在でした。

ところが最近、新たな使い道が出来、手放せないモノになりつつあります。

私事ですが、最近、再び某メーカー系のディーラーに就職しました。
最近はマニュアルの類が全てオンラインになっており、社員がそれぞれアカウントを保有し、そのアカウント経由でマニュアル、品質情報、オンラインコースの受講等を行う様になっているのです。

お陰で、インターネットさえアクセスできれば、何処からでも情報にアクセス出来るというメリットもあります。

例えば最近、用品取り付けにしても、マニュアルは付属してきません。そんなのも、オンラインでプリントアウトするなり、コンピューターで見ながら・・・ということになるのです。

そうなると、iPad Miniのコンパクトさ、そしてタッチスクリーンの良さが生きてくるのです。

最近は、スキャンツールもタブレットを使う様になっていますが、HP製のソレは、正直タッチスクリーンがイマイチで、アップルほど快適な操作が望めないのです。

そんな訳で、現在、仕事の道具として、新たな使い道が生まれ、私もiPadを持ち歩いている奴・・・ということになっています。

ところが、一つ問題なのは、日本の製作するこの手のサイトは、恐らくインターネット・エクスプローラを前提に作っているのでしょう。アップルだと、画面全部が表示されず、表示されない部分をスクロールして見ることも出来ない・・・ということが、時々発生するのです。

ニュージーランド時代、同社のマニュアルは、CDで配布する様になっていましたが、その時の物も、インターネット・エクスプローラでしか上手く作動しなかったのです。

どうせななら、クロームやサファリ向けにデザインした方が、遥かに楽だと思うのですが、日本では異常にシェアの高いインターネット・エクスプローラ・・・やはりコレを無視する訳にも行かないのでしょう。

しかし、かつては自分の車のマニュアルを購入する様な事も可能でしたが、今日はむずかしいでしょうね・・・。

「フェアレディZの父」死去

ニュース
02 /22 2015
アメリカに於ける日本の自動車ビジネスを大きく推進するという絶大なる功績を残した片山豊さんが亡くなった。日本では「フェアレディZのお爺さん」くらいのイメージしかもたれていないものの、片山さんという「切れ者」が居なければ、日本車はここまでアメリカで成功しなかったと思う。

アメリカの自動車ビジネスを根本から変えた、と言っても良かろう。

例えばアメリカでよく言われる「交換部品の翌日調達率」について初めて言及したのは片山さんである。
それまで壊れてもいつ交換部品が届くか不明だった。片山さんはダットサンをアメリカで売るにあたり、徹底的なサービス体制を作り上げた。さらにアメリカで販売するためのクルマを本社に強く強くリクエストし続ける。初代フェアレディZ(S30)やブルーバード510は片山さんの企画だ。

日産本社はアメリカに於ける片山さんの大活躍を好ましく思っていなかった、というのは有名な話。 一度お会いし、話を聞いてみたかったものの、私が自動車メディア業界に入った頃、もはや引退された後の70歳。2008年9月にやっと実現した次第。2時間ほどたっぷりインタビュー出来たのだけれど、御歳99歳と思えないほど矍鑠(かくしゃく)としており、満州駐在時代の話なども、たいへん興味深かった。

人柄はとにかく明るい。湘南&慶応ボーイの見本のようなお方であります。役人気質優勢だった当時の日産本社の人間がうらやんだのも、よく解る。初めて米国に渡ったのは1927年とのこと。パッカードの12気筒を新車で見たとおっしゃっていたから驚く。

ちなみにアメリカで最も広く知られる殿堂である『自動車の殿堂』入りは、本田宗一郎さん、豊田英二さん、品質工学で自動車のクオリティを大幅に向上させることになった「田口メソッド」の田口玄一さんに続く4人目。アメリカでは本田宗一郎さんと並び、たくさんのクルマ好きから親しまれていた。


1957年、トヨタが先陣を切ってアメリカ市場に乗り込んだものの、その評価は散々なもので、最初に悪いイメージを作ってしまいました。

その教訓を元に、ニッサンは商社と組んで、ライバルは当時売れていたVWビートルに定め、徹底的にアメリカでのテストドライブを行った後に発売し、「ダットサン」は、順調にアメリカでの販売を伸ばして行きました。

ダットサンの販売で有名な片山氏ですが、フェアレディZの開発も有名な話しで、安くて丈夫で高性能なソレは、それまで人気の有ったイギリス製のスポーツカーを完全に駆逐するまでになりました。

慶応ボーイで、初めてアメリカに渡ったのが1927年と、当時の日本人としては、だれよりもアメリカの事情を知っていたことでしょう。そして、それ故に成功なされた訳ですが、同時にニッサン本社は、余り氏のことを快く思っていなかった・・・やはりニッサンとは、その程度の会社なんですね・・・。

ニッサン本社は、ニューヨークにアメリカ本社を置きたかったものの、片山氏は西海岸のロスに置くことを譲らなかったのは有名な話しですが、今日に至るまで、輸入車に寛容な土地柄を理解していたからに他有りません。

折角の510ブルーバードも、その後は肥大して全てが台無し、Zもモデルチェンジ毎に高級にシフトし、気が付けば顧客が居ない・・・70年代以降、ニッサンは腐敗の度合いを増し、折角浸透したダットサンのブランドを捨ててニッサンという歯切れの悪い名前にした挙句、アメリカ市場でも低迷し、日本市場でも、トヨタに水をあけられてしまいました。片山氏無き後のニッサンの不甲斐なさといったら・・・。

1909年生まれで105歳・・・日本の自動車産業の創世記から現在までを知る、稀有な方が亡くなられました。
日本の企業文化の中で、これだけ個人名が前面に出てくるというのも、決して多いことではありません。

カナダの詐欺電話

カナダ情勢
02 /19 2015
今日、私の電話にフリーコールの番号で電話が来ました。

電話に出ると、相手は私の名前を言ってきます。
普通、私が誰であるかを確認する様な電話の場合、先ず相手が自分の身分を明かすのが筋だと思い、「其方は誰なのか?」と質問すると、口ごもりながら、電話の主の名前を言ってきました。

そして、電話会社から・・・という話しを始めたのですが、「貴方の名前など、コチラに何の意味も無い。何処の会社なのか?」と聞いても明確にせずに、更に話しを進めようとするので、「社名を名乗らないと切る」と言っても、名乗らずに更に話しを続けようとするので、電話を切りました。

バックグラウンドは、ザワザワして、オフィスの様な感じでした。

 1 866 612 8483

この番号を検索してみたところ、クレジットカードの番号を聞くなど、詐欺である様です。
日本の振込み詐欺もそうですが、気をつけないと、高齢者なんかは騙される可能性がありますね・・・。


シーナ&ロケッツのシーナさん死去 子宮頸がんで

映画・音楽
02 /15 2015
シーナ&ザ・ロケッツにとって特別な曲といえばコレ・・・


4人組ロックバンド「シーナ&ザ・ロケッツ」のボーカル、シーナさん=本名・鮎川悦子=が14日朝、子宮頸がんのため、入院先の都内の病院で亡くなった。61歳だった。夫で同バンドのギタリストの鮎川誠がデイリースポーツの取材に応じ、「35年一緒に(シナロケを)やれて、幸せでした。ファンの方にも幸せでした、と伝えてください」と悲しみをこらえ、気丈に話した。

シーナは昨年7月、急病でライブ出演をとりやめたが、鮎川によると、この時、末期の子宮頸がんと診断されていたという。8月にステージ復帰。9月13日に日比谷野音で行われたシナロケの35周年ライブにも出演したが、この時、体調が悪いことを伏せて、ステージに立っていたという。

その後、体調が悪化し、11月下旬に入院。正月は自宅に戻り、家族で過ごすことができたが、今年1月中旬に容態が急変。再び入院。この日、家族が病室に集まり、手を握りながらみまもったが、パソコンでシナロケの35年分の音楽を聴きながら、息を引き取ったという。

シナロケのパートナーとして、プライベートでは仲の良いおしどり夫婦としてしられた二人。鮎川は、本紙の取材にいつもと変わらぬ穏やかな口調で応じ、「歌うことが好きで、病気治ったら何したい?って聞かれたら『歌いたい』って。(最後にそれが)かなわんかったから、歌聞きながら…。素晴らしい歌手でした。一緒に35年過ごせて、幸せでした。ファンの皆さんから愛されて、とても幸せやったと思います。ハートが大好きだったから、バレンタインが命日(に)なって…」と語った。

シーナさんは1978年、サンハウスのギタリストだった夫の鮎川誠とSHEENA&THE ROKKETSを結成。シングル「涙のハイウェイ」でデビューした。79年、細野晴臣プロデュースのシングル「ユー・メイ・ドリーム」がヒット。福岡県北九州市出身。同じく福岡出身の鮎川の強烈な個性、九州弁とともにシナロケは日本を代表するロックバンドとなった。

シーナさんはミニスカートと網タイツをトレードマークに、圧倒的な歌声とカリスマ性でファンを魅了し、日本を代表する女性ロックボーカリストとなった。“ロックンロールハート”を体現し続けたシーナさん。2009年、著書「You May Dream」を出版。鮎川との間に双子を含め3姉妹がいる。


80年頃、YMOのファンであった私がシーナ&ザ・ロケッツというバンドを最初に知ったのは、YMOファミリーというカセットのみの販売のベストアルバムからでした。

YMOの楽曲の他にも、坂本龍一のソロ曲、そして、同じくYMOにかかわりのあったシーナ&ザ・ロケッツの曲も何曲か入っていました。
リーダーで夫の鮎川誠氏は、YMOのツアーでギターの演奏をしており、あの伝説とも言える武道館コンサートにも参加しており、所謂YMOファミリーの一員でもあったのです。

CD世代の方には想像できないかも知れませんが、当時はレコードやカセットを買う場合、前もって試聴する様なことは出来ず、当然YouTubeで・・・なんて訳にもいきません。
1~2曲知っている曲が入っているというだけのアルバムに2800円なりの大金を払ったのは、今から考えると博打のようなものです。

当然、「何だコレ?」ということも多々あるのですが、しばらく聴くうちに、最初に知っていた曲よりも、むしろアルバム曲の方にはまる・・・ということも、結構ありました。

私にとって、シーナ&ザ・ロケッツとは、その様な存在のバンドでした。

因みに、このYMOファミリーは、後にCD化もされる事無く、今では幻のアルバムと言われている様で、ネット上にも情報はありません。

一度、姫路ポップフェスティバルに来たことがありますが、残念ながら、その時はシーナさんは欠席されており、ザ・ロケッツとして演奏しましたが、鮎川誠氏の圧倒的な存在感に驚いたものでした。

その日は、他にも4~5のグループが来ており、その中で圧倒的に印象に残ったのが、ザ・ロケッツで、驚く事に、あのハウンドドッグも居たのですが、ffヒット前の同バンドの印象は、「喧しい」の一言だけでした。

そんな訳で、シーナ&ザ・ロケッツとしてはライブで聴いた事は無いのですが、その凄さは容易に想像出来ます。

80年代初頭に活躍された方が既に60代、そして既に鬼籍に入られた人も何人も居ます。
久々に名前を聞いたら訃報・・・何とも寂しいものですね・・・。

シボレー・シティーエクスプレス

シボレー
02 /11 2015
イメージ 2

今日、GMのディーラーの前を通り掛ったら、何処かで見たような車が…。

シボレー・シティーエクスプレス…どう見ても、あのニッサンNV200のバッジエンジニアリングです。
VINの最初の二桁が3Nとなっていましたが、3はメキシコ製であることを示し、Nはニッサンであることを示しています。

近年、原油高から、コンパクトなバンの需要が増加しており、ヨーロッパ製のフォード・トランジット・コネクトが人気を呼んでいます。

しかしGMといえば、同じくヨーロッパのオペル・コンボが有るはずですが、ニッサンと提携…結局自前では何も出来ないメーカーなんですね…。

イメージ 1

数年前、この元となったニッサンNV200が、ニューヨークのイエローキャブを独占するという話になり、賛否両論が渦巻きましたが、一応それは撤回された様です。

昨年9月のアメリカ旅行で、一台もこの手のタクシーを見ること無く、一安心していたところですが、もしかしたら、今後、NV200ではなく、「シボレー・シティーエクスプレス」のタクシーを目にする様になるかも知れません・・・・

シボレーのマークで若干マシに見えるものの…。

americancars4ever

アメ車のブログとして開設して11年目、車以外にも様々な身の回りの話題を取り扱っています。