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千葉パルコ、採算悪化で来年11月に閉店へ 特損19億円計上

ニュース
07 /31 2015
パルコは31日、千葉パルコ(千葉市中央区)を平成28年11月末に閉店すると発表した。客数の減少などから採算割れが続いており、閉鎖が妥当と判断した。これに伴い平成27年8月中間期決算に特別損失約19億円を計上する見込みという。

 千葉パルコは昭和51年12月に開店。店舗面積は約4万平方メートルで、26年度の売上高は約57億円だった。


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JR千葉駅の周辺というのは、少し不思議な開け方をしています。
JR千葉駅からガード沿いに繁華街があるのは当然ですが、この千葉パルコの位置というのは、現在の中心街から考えると、何とも微妙なのです。

というのも、JR千葉駅は、過去に一度移転しており、かつての千葉駅前の繁華街が、現在の風俗街として知られる栄町で、その栄町から、隣の千葉中央駅まで続く一直線上に位置しており、千葉中央駅の駅前繁華街の一部でもあったのです。

千葉駅の移転後は、当然の様に栄町は寂れ、代わりに現在のJR千葉駅の周辺が栄える様になりました。
そして、千葉そごうが、千葉駅のすぐ近くにあるので、どうしても、一駅分程の距離のあるパルコからは、人が遠のいてしまったのです。

私に言わせれば、正直、今までよく持っていた…という感じなのですが、こういうランドマーク的な店が無くなるのは、やはり寂しいものです。
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ホンダの部品供給事情

Motorcycle
07 /31 2015
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我がホンダCX650ユーロも、今年で31年目、元々不人気車であるだけに、年々部品の供給が厳しくなっています。

先月の話しですが、出かけ先でギアのニュートラルに入れようとしたら、スカッ・・・全く手応え(足応え?)が無いのです。
アレっと思ってもう一度やってもスカッ・・・コレはミッションが逝かれたかと血の気が引くのが判りました。

昨年エンジンを開けた時、このシフトリンケージも外しているので、その辺りのトラブル?色々な事が頭に浮かびましたが、
取り合えず冷静になって、シフトペダルの辺りを見てみると・・・シフトペダルが折れていました!

辛うじて一箇所、何とかくっ付いているだけで、完全に折れ曲がった状態です・・・。
今まで30年近くバイクに乗ってきて、正直、転倒以外でレバー類が折れたのは初めてです。

先ずはAA(日本のJAFに相当)に電話をしたものの、金曜日の夕方ということもあり、全く繋がりません。20分位待ったでしょうか?それでも全く電話が繋がらず、こんな状態なら、仮に繋がったとしても、引き取りに来て貰うまでに数時間は間違いなく掛かると思い、車載工具のプライヤで弄って、何とかセカンドギヤに入れることが出来ました。

コレで一応発進も出来るし、スピードも50キロ程度なら出るので、家まで15キロ程、何とか我慢して走り続けました。
やはり上り坂の発進なんか、少し気を使いましたが、Vツインの振動に耐えながら、何とか家まで到達・・・結構疲れました。

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手前が破損した方で、丁度、溶接の付け根の部分で折れたのが判ります。


この手のシフトペダルは、非常に特殊な形をしており、しかも、この車種専用となると、まあ、生産中止は当たり前・・・eBay辺りで何とかなるだろう・・・なんて気楽に考えていたところ、全く有りません!ブレーキペダルなら何個も見かけたのですが・・・。
この車種は、アメリカでは販売されなかったので、イギリス、フランス、ドイツ等のebayを見ることになります。

あとは、CXターボの物を幾つか見かけましたが、明らかに形状が違うのでパス・・・。そして、日本では更に台数の少なかったカスタムのモノは、幾つか有りました!当然形状が違うので、コチラもパス・・・。

結局、ネットで新品を購入することができましたが、送料込みで1万円近くになってしまいました!

あれから数週間経ちますが、未だにユーロ用のシフトレバーは、eBayで見かけません。結構頻繁に起こることなのでしょうか?それか、やはりバイクは左側に倒す人が多い・・・というのと関係が有るのでしょうか?

今年、コレクタープレートを取得しましたが、これだけ部品供給が悪くなると、本当にコレクターアイテムになってしまいそうです。
現在手に入る部品というと、基本、同年代の他車と共用の物ばかりで、この車種特有の部品は、年々むずかしくなっている様です。

今のところ元気に走っていますが、出先で故障した時のリスクを考えると、遠出も難しくなりそうです。

かつてホンダといえば、最も部品供給の優れたメーカーでした。本田宗一郎社長のポリシーで、一台でも走っているなら部品を供給する…というものだったのですが、それが明らかに変わったのが、90年代になってからだと思います。
宗一郎社長亡き後、そのポリシーは大きく変更された様で、しかも80年代といえば、モデルチェンジを乱発した時代です。その部品供給は、真っ先にリストラの対象になった様です。

部品を維持管理すれば、保管場所が必要で、それに人件費が掛かり、固定資産税も掛かります。ソレを考えれば、有る程度は仕方が無いのかも知れませんが、国内4社で最悪、10年前のモデルでさえ欠品だらけと言われる様になるとは、少し考えものです。
特に80年代のバイクといえば、私に言わせれば、最も手頃に乗れて、完成度が高いだけに、残念な話しです。

ダッジ・コロネット

ダッジ
07 /27 2015
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かつて、フルサイズであったダッジ・コロネットも、59年モデルを最後に暫くのブランクの後、65年にインターミディエートクラスとして再登場しました。

60年代には、コンパクトやインターミディエートという、よりコンパクトなクラスが登場しましたが、その理由として、やはりフルサイズが大きくなり過ぎたこと、そして、2台以上の車を所有する家庭が増え、その2台目として、圧倒的に安価でコンパクトな輸入車に顧客が流れたことが挙げられます。

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65年には、20万台以上を売り上げ、ダッジブランドのベストセラーとなっています。
写真はクーペスタイル故か、セダンに比べてかなりスポーティーな雰囲気となっており、コレをベースに、後に兄弟車として、ダッジ・ベルベディア、チャージャー、プリマス・ロードランナー等が登場しています。

かつてはポリスカーにも採用され、映画でもお馴染みであったコロネットも、76年には生産中止になっており、その後、他の兄弟車も順次生産中止になっています。

それは丁度、高級ブランドのインペリアルの廃止、ダッジ・アスペン/プリマス・ヴォラーレの兄弟が悪評を振り撒いた時代と一致しているのが興味深いところです。

クラスこそ若干違うものの、新世代のアスペンが、悪しきクライスラーの筆頭とすると、コロネットは、古き良きクライスラーの最後であったと言えるのかも知れません。

元々販売台数の差から、GMやフォードに比べて、クライスラーのクラシックカーの数は、決して多いとは言えませんが、この様な車を、しかも若い女性が乗っているのを見ると、何か嬉しくなりますね・・・。


クライスラーが遠隔操作の恐れで140万台リコール 米

ニュース
07 /25 2015
ニューヨーク(CNNMoney) 自動車大手のクライスラーは24日、ハッキングにより遠隔操作される恐れがある車両140万台について、リコール(回収・無償修理)を発表した。

クライスラーのいくつかの車種に脆弱(ぜいじゃく)性が見つかり、ハッカーによってブレーキやエンジンなどを遠隔操作される恐れがある。

同社は21日に脆弱性の存在を発表し、ソフトウエアの更新プログラムをできるだけ早くインストールするように顧客に呼びかけていた。23日にはネットワークを更新し、顧客やディーラーが作業することなく遠隔操作を防げるとしていたが、24日、正式なリコールに踏み切った。

リコールにより、ネットワークレベルの対策とは別のセキュリティー対策が提供されるとしているが、その詳細は不明。またリコールでは顧客にUSBメモリーが提供され、車に挿入することでソフトウエアが更新できるという。

リコール対象の車種は2014、15年モデルのジープのスポーツ多目的車(SUV)「ジープ・チェロキー」や「ジープ・グランドチェロキー」など。

21日付けの米ワイヤード誌では、自動車セキュリティーを研究するチャーリー・ミラー氏とクリス・バセック氏が、ジープの遠隔操作を実演してみせていた。だがクライスラーはこの報告を除き、事故や負傷例は把握していないとしている。

クライスラーを傘下に持つフィアット・クライスラー・オートモービルズ(FCAU)の株価は24日、2%下落したほか、クライスラー車のネット接続を提供する米携帯大手スプリングの株価も8%下落した。



近年の自動車には、様々な電子制御が付いており、アクセルから「ケーブル」が無くなって、随分と経ちます。

トヨタの急加速が何かと騒がれたのが、記憶に新しいところです。

それどころか、ABSやトラクションコントロールといった装備も、より進化し、車の姿勢を制御し、危険な状態に陥らない様にコントロールするVSC(ビークル・スタビリティー・コントロール)等の装備を各社が設定しています。

より、自動運転に一歩ずつ近付いており、前述の装備は、その前段階のプロトタイプとも言えるものです。

この自動運転というものは、裏を返せば、第三者によるコントロールが可能になるということでもあり、例えば犯罪に使われた車両を停車させる等の利点がある反面、その情報を誰が管理するか?によっては、極めて危険な状況にもなり兼ねないものなのです。

既にこのネット社会に於いて、プライバシー等無きに等しい今日ですが、高度化した車が「ハッキング」の対象になるのも、時間の問題なのかも知れません。

ハッキング対策も当然ですが、ドライバーによる入力と、第三者による入力が著しく異なる場合、どの様なフェイルセールを行うか等、新しい対応が必要になってくるかも知れません。

YHって何? 施設数・利用者激減 門限もやめました

ニュース
07 /19 2015
 世界最大級の宿のネットワーク「ユースホステル」(YH)が、国内で受難の時代を迎えている。施設数はこの10年間で99棟減少し、昨年の利用客数はピーク時の10分の1、会員数は20分の1程度にまで落ち込んだ。最近の客層は、他の客との交流を望みつつ、プライバシーを重視する傾向が以前より高くなったのが背景にあるという。

 日本YH協会(東京)によると、昨年末現在の全国のYH数は220棟。1974年末の587棟をピークに減少傾向だ。73年に341万人いた利用客数も昨年は38万7千人に。国内外のYHで割引特典がある会員の数は、72年末の63万4千人から3万5千人に減少した。

 日本協会の広報担当、池田和誠さんは、YHの苦戦について、(1)安い宿全体の数が増えた(2)インターネットの普及で安い宿探しが容易になり、ネットワークを持つYHが必ずしも有利ではなくなった(3)YHの建物が老朽化した(4)運営側が高齢化し、後継者も不足している――の4点を主な理由としてあげる。


海外では、安く旅行するのに手頃なユースホステルですが、国内で旅行しようと思うと、結構探すのに苦労する上に、有っても予約を取るのが大変だったりします。

近年の若者は、とにかく個室を好むと言われ、3,000円台からビジネスホテルが結構あり、その辺りに客を取られているというのも有るでしょう。

あとは、旅行先での出会い等を求めなくなった傾向も挙げられます。
北米でもそうですが、以前は、ユースホステル等に泊まり、そこで出会った人たちと一緒に観光したり、情報の共有をしたものですが、現在は、情報はネットで、友達はフェイスブックで…という感じで、北米のユースホステルでも、ラウンジで5人集まったとしても、其々がコンピューターを持っており、それを操作する事に熱中し、周りの人と話をする様なことも無くなりました。

フェイスブックで常に人と繋がっていることを求める割には、現実の人間関係はそれ程求めない…この傾向は、確実に顕著化しており、そうなると、ユースホステルのメリットよりも、デメリットの方がクローズアップされてしまうのでしょう。

私も、5年前に日本を旅行した時、ユースホステルの他にも、カプセルホテルやビジネスホテルにも泊まりましたが、やはりユースホステルの方が楽しかったですね…。

トヨタ・カムリ

日本車
07 /16 2015
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初代のトヨタ・カムリが登場したのは1980年。驚く事に、セリカの4ドアバージョンで、正式名をセリカ・カムリと言いました。

まあ、この初代が生産されたのは、僅か2年と短く、販売台数も少ない物でした。

そして、2代目カムリとなる写真のモデルは、トヨタが新たな販売店チャンネルと共に立ち上げたビスタの兄弟車となっています。

ビスタは、トヨタ初の横置きFFとして登場した車で、そのメリットを最大限に追求し、コンパクトな車体ながら、クラウンよりも広いと言われる程、非常に広大な室内を有していました。
しかし、広大ではあるものの、どこか貧相で、内装も外装もペラペラといった印象が付いて回る車であったのも確かです。

折角の広大なリアスペースも、貧相でペラペラな上に、グニャグニャのクッションに、やたら寝かせたシートバックのお陰で、収まりは極めて悪く、快適とは程遠いものでした。

このだだっ広い割りに貧相で締りの無い内装のことを、あの三本先生が「ゴムひもの緩んだパンツの様にガボガボ」と酷評してのは有名な話しです。

今から20年近く前、ココ、バンクーバーで車の整備をしていた頃、80年代のアコードは、アチコチで見かけましたし、修理の入庫も結構ありました。

ソレに比べると、この世代のカムリは、一度も入庫した事無く、街でも殆どみかけませんでした。

正直、車の出来としても、FFに手馴れたホンダの方が遥かに良かったと思いますし、80年代半ば頃のトヨタは、50年代後半に北米輸出を開始した当時に作ってしまった悪評を払拭し切れていない時代だったと思います。
カローラはともかく、それより大きい車は、正直ホンダには敵わない状態でした。

私の父が乗っていた車でもありますが、正直、10年であらゆる部分がガタガタになりましたし、タイミングベルトも10万キロ持たずに切れましたし、そこら中からオイル漏れしていましたし、ATも限りなく怪しい感じでした。

20年前ですら、殆ど見かけなかったこの車…今となっては、思わず写真を撮ってしまう位に珍しい存在になってしまいました。

当時の日本では見かけない様な色のお陰か、幾らか質感が良く見える様です。

現在、北米では、トヨタを代表する車種として定評のあるカムリですが、初期の頃は、こんな感じだったのです。

因みにカムリという名前は、「かんむり」という日本語から来ており、同じくかんむりの英語読みがクラウン…という事になります。

クラウンという名前は、既に悪評故に使うわけに行かなかったのわ分かりますが、英語でも通じるビスタではなく、敢えてカムリという名前を輸出名に使ったのは、何か不思議な気がします。

※クラウンの悪評
トヨタが国内メーカーの先陣を切って北米に上陸したのが1957年、初代クラウンでした。
当時の日本車は、98%が砂利道で、高速走行をテストできる道路も皆無という日本の道路事情に合わせて作ってあった為、固い足回り、低いギヤ比から、それを北米に持ってきた所、世界最遅の車と言われ、高速道路に合流すら出来ない程で、操縦性も危険で、オーバーヒートも起こす…。オマケに融雪剤による錆、冬季の始動不良等、アメリカの事情を全く知らずに輸出した故に、悪評を作ってしまったのです。
そして60年には北米から撤退し、ランドクルーザーのみ…という事になってしまったのです。

それ故に、ニッサンの場合、徹底的にアメリカでテスト走行を繰り返し、問題を解決した後に販売した為、高い評価を得るに居たり、北米では、トヨタに先行する様になりました。

<冥王星>米探査機が到達…48億キロ、9年半かけ

ニュース
07 /15 2015
米航空宇宙局(NASA)は14日、無人探査機「ニューホライズンズ」が打ち上げから9年半の旅を経て、日本時間の同日午後8時49分ごろ、冥王星上空に到達したと発表した。探査機が冥王星へ接近するのは史上初。接近観測にも挑み、冥王星を通過後はさらに遠くにある太陽系の小天体観測へ向かう。

【写真特集でみる冥王星】最大の衛星も

 探査機は現在、地球から約48億キロ離れており、探査機の現状を確認する通信には片道約4時間半かかるが、探査機は秒速約14キロのスピードで冥王星から約1万3000キロに近づいたとみられる。NASAのアラン・スターン主任研究員は「私たちは太陽系(の主な天体)の初探査を達成した。米国が偉業を成し遂げたことを誇りに思う」と喜びを語った。

 探査機は、2006年1月に打ち上げられた。冥王星上空から地表や大気の組成などを観測する計画で、最接近時の観測が成功したかどうかや詳しいデータは、15日に公表される見通し。観測データ全てが地球に届くまで16カ月かかるという。

 探査機が撮影した画像などから、冥王星のクレーターと見られる地形や表面の模様が確認された。NASAは14日、冥王星から76万6000キロの場所から13日に撮影したハート形の明るい模様が確認できる画像を公開。同じ模様は7日も撮影されたが、輪郭や地形がくっきりしてきた。

 国立天文台の渡部潤一副台長は「惑星は小さな天体が合体してできたと考えられており、惑星を鶏に例えるならば、小惑星が卵で、冥王星などの準惑星はヒヨコ。鶏と卵は調べられてきたが、ヒヨコ段階は分かっていなかった。冥王星を調べれば惑星の成長途中を知ることができる。我々の予想がつかない結果が出てくるのではないか」と話す。【伊藤奈々恵】

 【ことば】冥王星

 1930年に米国の天文学者トンボーが発見した。太陽系最遠の惑星である海王星のさらに外側に張り出した楕円(だえん)軌道を約248年かけて1周する。直径は2370キロ。発見以来、太陽系9番目の惑星とされてきたが、太陽系の外縁部に同じくらいの大きさの天体が複数見つかり、2006年の国際天文学連合総会で「準惑星」に位置付けられた。冥王星の半分ほどの直径を持つ「カロン」など5個の衛星が見つかっている。


アメリカが冥王星の為に探査衛星を…随分と非効率な気もしますが、やはり、アメリカ人が発見したという事も大きかったのかも知れません。

かつて、水星と同じ位あると思われた大きさも、実は、衛生カロンの影響だったということも、随分前に判っており、その後、冥王星よりも大きな外縁惑星が複数見付かったこともあり、2006年には「準惑星」に格下げされていますが、前回のボイジャー計画のコースにも入っていなかっただけあり、ボイジャーによる79年の衝撃的な木製の画像から36年、随分とかかった気もしますが、ボイジャー2号が海王星に到達したのが12年後であったことを考えると、冥王星まで9年というのは、随分と速くなったものですし、通信技術や画像処理技術等、30年の技術差が、どの程度の情報をもたらしてくれるのか、興味の有るところです。

70年代、この様なニュースに人々は大いに沸き上がったものですが、36年前と比べると、何とも醒めている気がしますね・・・。

ホンダCB450Tホーク

ホンダ
07 /13 2015
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ホンダCB450Tホーク…日本では250と400であったホークシリーズですが、アメリカでは82年より、450ccのモデルが登場しています。

外装的には、80年に国内で登場したスーパーホーク3に準じたものになっていますが、装備の面で、大きく異なっています。
国内でスーパーホーク3という装備を強化したモデルが販売されたのは、他社の4気筒モデルに対向するためのツナギとしてですが、海外市場では、一貫してリーズナブルなバイクとして販売された為、スーパーホーク3のトリプルディスクに対して、フロントはシングルディスク、リアはドラムとなっており、前後のサスペンションも、極一般的なシンプルな物になっています。

やはり、より大きな排気量程良しとするアメリカ市場故か、排気量を450ccにアップアップしていますが、馬力も45馬力を、400ccの40馬力に比べて、500rpm程低い回転域で達成しており、リッター辺り100馬力に、若干余裕を持たせています。

その排気量アップの背景には、ライバルのスズキGS400が、一足早く450ccにアップしていたのも無関係ではないでしょう。

国内で、4バルブのGSX400Eが発売されたのが80年ですが、海外では、日本でザリガニ等と呼ばれたあのスタイルに、旧来のGS系の2バルブエンジンを拡大したものが搭載されていたのです。

ホンダと同様、国内では、中免の若者向けに、より高度なメカの物を販売し、海外では、より安価でシンプルな物を販売していたのです。

写真のモデルは、社外の巨大なビキニカウルが目に付きますが、違和感なく上手くまとまって見えました。

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私の住んでいるカナダのBC州では、400ccまで保険が安いため、この450というのは、極めて微妙な存在になってしまうのです。まあ、コレクタープレートを付ければ問題ないのですが…なんて思って後ろに廻ったら、何とカリフォルニアナンバーが付いていました!

保険もちゃんと加入している辺りから、本当にコレでカリフォルニアから来たんでしょうか?なんて一瞬驚きましたが、考えてみれば、私も去年、あのCX650ユーロでカリフォルニアよりも更に遠いネバダ州まで行ってきたので、十分可能性はありますが… 。

余りツーリング中という感じにも見えないので、現在、バンクーバーで使用しているのかも知れません。

ココでは、カナダの他の州やアメリカから車両を持ち込んだ場合、3ヶ月以内に検査を受けて、地元のナンバーを取る必要がありますが、その3ヶ月の猶予期間中なのかも知れません。

私の記憶では、日本では83年頃に打ち切りとなったこのシリーズも、北米では86年頃まで生産されており、南米では、驚く事に92年頃まで販売されていた様です。

80年代初頭の日本では、400ccのスポーツバイクを買う層といえば、圧倒的に10代の中免取立てという人が多く、それ故に、可能な限り高性能で複雑なメカを持ったモノ程売れる傾向にありましたが、アメリカでは、安価な実用車的な存在であった故に、装備といい、製造期間といい、この様な差が出たのでしょう。

85年のプラザ合意で日本円が急騰すると、当然バイクの価格も急騰し、それまでリーズナブルな価格であった日本のバイクも、最早手頃な存在ではなくなり、販売台数は激減しました。CBX550FやVF500といったモデルも、同年に生産中止となっており、このクラスはCBR600Fに統合されてしまいました。

私は、全ての面に於いて、この頃のバイクが一番好きなのですが、特に最近のホンダは部品の供給が悪く、この辺りは、既にネット無しに部品の入手は難しくなってきているのが残念です。





大いなる勘違い・・・トヨタ・キャバリエ

無題
07 /12 2015
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コンピューターを整理していたら、ニュージーランド時代の古い写真を見つけました。

コレ…所謂トヨタ・キャバリエなんですが…。

この車の一体どの部分にTRDの何かが有るというのでしょうか・・・?

トヨタ・キャバリエを知らない方の為にもう一度書きますが、この車は、日米自動車摩擦の時、アメリカ側の批判をかわす為にトヨタが敢えて販売し、そして全く売れなかった車で、アメリカのシボレー・キャバリエのバッジエンジニアリングです。

当初、トヨタとGMの共同開発という話しだったと思うのですが、結局トヨタが担当したのはバッジとパネルの隙間の均一化のみといっていい位でした。

当然販売は不振を極め、警察等、政府機関にリース販売された後、リースの終了と共に、殆どがニュージーランドに廃棄されたのです。

彼の地では、それらの事情は全く知られておらず、そして、日本人には安っぽく見えるスタイルが、何故か良く見えた様で、仕入れれば、右から左に売れる程の人気を誇ったのですが…トヨタに修理を依頼すると、トヨタの車じゃないということで門前払いされ、GM(ホールデン)のディーラーに行けば、当然GMニュージーランドが売った車じゃないと門前払いされる有様だったのです。

しかし、クーペなら何でも大好きな中国人のガキにも結構な人気で、こんな勘違いも生まれた訳です。

因みにZ24というバッジが付いていますが、トヨタ・キャバリエに搭載されたエンジンは、2.4リッターのDOHCで、本国では高性能バージョンに当るもので、台数的には圧倒的にSOHCのタイプが多くなっています。

信号待ちで、車の中から撮った写真なので、鮮明ではありませんが、もう二度と目にする事は無いであろうトヨタ・キャバリエの、しかもTRD仕様…思わず記事にしてしまいました。

因みにカナダでトヨタ・キャバリエの話しをすると、正に笑い話として受け取られてしまいます。

カナダBC州の山火事

カナダ情勢
07 /09 2015
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コレは先週の日曜日、午前中の太陽です。


今年のカナダ、BC州は異常気象です。
冬も異常な暖冬で、スキー場も雪が少なく、シーズンパスの払い戻しなどという話にまでなりました。

そして、7月1日のカナダデー辺りまでは、普通、日本で言う三寒四温といった状態が続くのですが、今年は、4月頃から真夏の様な日が続き、それが今日まで続いています。

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まるで黄砂にでも襲われたかの様な空の色です。


そうなると、当然山々は乾燥して、山火事が起き易くなります。
先週の土曜日は快晴だったのですが、翌日曜日は、前日の空模様が嘘の様に、朝からドンヨリと曇っており、しかも何となく空が変な感じで、何か天変地異でも起こらなければ良いが…なんて思っていたら、ソレが山火事による煙によるものだったのです。

曇っている様に見えても、気温は実際の曇りに比べるとかなり高く、かといって、余り蒸し暑い感じでもありません。

風向き等によって、毎日天気は違いますが、日曜日と比較すると、一応改善はしている様ですが、相変わらずの空模様です。

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コチラは、今日の夕方の太陽ですが、まだ相当高いにも関わらず、赤い月の様に見えますし、それなら、さぞかし夕日はドラマチックか…と思い、カメラを用意して出かけたものの、やはり低くなる程煙の層が厚いので、日が低くなると、見えなくなってしまいます。

当然、体調にも影響がある様で、特に煙が匂うことも無いのですが、何となく体調が優れない…というのが、ここ数日の感想です。

これだけ晴天が続くと、逆に今度は、例年に増して雨ばかりの冬になりそうな気がします・・・。

americancars4ever

アメ車のブログとして開設して11年目、車以外にも様々な身の回りの話題を取り扱っています。