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掟破りの300馬力、2000万円超…カワサキ、ホンダのモンスターバイクに「まるでジェット機、クレイジーだ!」

ニュース
01 /31 2016

 走行性能が怪物級の「モンスターマシン」と呼ばれるバイクが人気を集めている。ホンダが昨年12月に納入を始めた排気量1000ccクラスの「RC213V-S」は、最高時速350キロで競う世界選手権レースの出場モデルを公道で走れる仕様に変更。2190万円(日本)と価格も怪物級だが、500件以上の商談が殺到した。川崎重工業のサーキット仕様車「Ninja(ニンジャ) H2R」(1000cc)は300馬力以上の出力で、量産車として世界最高速を標榜。海外サイトではあまりの性能に「まるで、ジェット機並みの速さ。クレイジーなバイクだ」と話題が沸騰している。日本勢はモンスターマシンで技術力をアピールし、欧米勢の牙城である大型バイク市場で存在感の発揮を狙う。

 ■生産1日1台の希少品

 昨年12月21日、ホンダはイギリスにあるレース活動拠点で、RC213V-Sを初納入した。購入したマンチェスター市在住のバイク販売店オーナー、ジョン・ブラウン氏は、「ホンダのレース活動の歴史の一部が手に入るなんて、これ以上のチャンスはない。特別な日になった」と興奮した様子で語った。

 RC213V-Sは、2013、14年と世界選手権レース「Moto(モト)GP」を連覇したモデルにライト類など公道走行に必要な装備を追加。ホンダはこれまでレース参戦のために培った技術を市販車に生かしてきたが、「レース仕様車を公道で走行させる新たな試みだ」(広報部)。

 価格はホンダのバイクとして最高を更新したが、“億円単位”のレース仕様車に比べれば「破格」。熊本製作所(熊本県大津町)の熟練作業員約25人による手づくりで、生産は1日約1台という希少品だ。

 世界最高峰のレーサー気分が味わえるとあって昨年7月~12月末にウェブサイトで商談を受け付けたところ、受注枠250台の2倍以上の商談が舞い込み、日本でも約30件が成約した。

 鈴木哲夫執行役員は「コレクションにしたいという要望や、早く乗りたいという意見など大きな反響があった」と話す。

 ■閉塞感を打ち破る挑戦

 川崎重工が14年7月から国内納入を始めたH2Rは、加速力を高める機械式過給器「スーパーチャージャー」を搭載。300馬力以上の出力で、「大排気量のスポーツカー並みのパワーがある」(広報部)。

 価格も530万円(税別)と高級車並みで、量産車ながら米国のレースでは300キロ超えを記録している。併せて欧米限定で投入した公道仕様モデル「H2」は、出力を200馬力に抑えた。だが、「公道で乗りたい」と逆輸入する日本のファンが後を絶たないという。

 その結果、15年モデルは世界で販売目標の2倍超を受注。H2Rの16年モデルは昨年11月1日から国内受注を始めたところ、想定以上の申し込みで予定より1カ月早い1月15日に受付を終了せざるを得ないほど人気が集まっている。

 川崎重工は「加速力と燃費改善を両立するシステムとしてスーパーチャージャーを選んだ。技術の閉塞感を打ち破るため、どこまで走行性能を高められるのか挑戦したかった」(同)。燃費性能も両立したスーパーチャージャーの開発も並行して進んでいるという。

 ■操縦性や乗り心地アピール

 ヤマハ発動機もモンスターマシンの先駆けとして1997年に「YZF-R1」(1000cc)を発表。最新の2015年モデルは200馬力のパワーに加え、カウルにカーボン材を使い、燃料タンクは鉄の代わりにアルミ製として徹底的に軽量化を図った。

 欧州を中心にサーキット走行を楽しむファンの要望は強く、15年3月の発売から初年度で年2800台程度の販売を計画する。日本では道路事情などから09年モデル以降の販売はないが、逆輸入車は少なくない。

 日本メーカーのモンスターマシンの投入が相次ぐのは、大型車市場で存在感を発揮するためだ。世界生産で4割を占める日本勢だが、大型車市場は独BMWや伊ドゥカティ、米ハーレーダビッドソンなどにブランド力で後れを取る。高い技術力の象徴としてモンスターマシンを投入し、「操縦の楽しさをアピールし、長距離のツーリングを楽しむモデルの多い欧米勢と差別化したい」(同)。

 欧米勢に対して、日本勢が“ぶっちぎり”の走行性能で技術力の高さを示せるかどうか。モンスターマシンが巻き返しの契機になりそうだ。(会田聡)




結局日本のバイク業界って、「レーサーと同じ」とか「馬力」とかでしか勝負出来ないんですね・・・。

これは、40年前に既に言われていた事なんですが、結局何も変われなかったみたいです。

1969年にホンダCB750が登場した時、世界最速を売りにしていましたが、後にカワサキがZ1を出し、スズキがGS1000を出し…という具合に、DOHC化、大型化、高出力化の競争になってしまいました。

そんな中でもCBは地味に改良を続け、段々と良いバイクになっていったものの、ソレよりも、ユーザーもメーカーも、目に付くカタログスペックを求める競争に終始したのです。

そんな頃、少し肌色の違うホンダGL1000というバイクが登場しました。今のゴールドウィングの祖先に当たりますが、とにかく大型車の実用性、快適性に主眼を置いたモデルでしたが、コレも年々大型化、ゴテゴテ化をして、当初とは似ても似つかないモデルへと変貌していきました。

結局メーカーに主体性が無く、顧客の要望に流され、変な方向に流れていく…この繰り返しなのだと思います。

主体性の無い頻繁な変化は、ユーザーに対して特定のイメージを植え付ける事に失敗し、ソレは即ちブランドイメージの確立に失敗しているのです。

今やガンダムの出来損ないみたいな変なゴテゴテデザインばかり…正直、ヨーロッパ車と比べた、明らかにカッコ悪いのです。まるで「電人ザボーガー」みたいな…。

かつて、安易なレーサーレプリカ化のお陰で、バイクのデザインが深刻な停滞を招きました。
一体、こういう安易な発想が何時まで続くのでしょうか?

例えば、実用的で乗りやすいとやらのバイクは、本当に何の魅力も無いものばかり。
シングルといえば、チンタラ走る年寄り向けか、東南アジア向けの「なんちゃってレプリカ」…。

結局やるべき事を何もやらないで、手軽に簡単な事しかやっていないんだから、ブランドイメージが定着しないのは当然です。

レーサーを市販する?結局昔と何ら変わっていないし、それらを市販したからって、これからも変わることは無いでしょう。

カワサキにしても、先ずH2Rというカビの生えた様な名前からして…70年代初頭のレーサーの名前の復活ですか…更にスーパーチャージャーって、手軽にパワーを求める手段であって、高級とか、そういうモノじゃないんですけど。

結局何処も、安易な高出力化、軽量化とか、スペック競争でしかないのは、昔と全く一緒です。

普通のバイクは、100キロ出すのに、精々10馬力位しか使っていないのです。それで300馬力って…。
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フォードの日本市場撤退は「自業自得か」

ニュース
01 /31 2016
米自動車大手フォード・モーターは1月25日、今年末までに日本とインドネシア市場から撤退すると発表した。これと同時に明らかになったのは、同社が最後まで一貫して、「閉ざされた日本市場」を批判する態度を維持するつもりだということだった。

同社の広報担当、ニール・マッカーシーは撤退の発表後にAP通信に対し、「日本は先進国の中で最も自動車市場が閉ざされた国だ。新車の年間販売台数のうち、輸入車が占める割合は6%にも満たない」と語った。前段の部分は、米自動車貿易政策評議会(AAPC)の受け売りだ。正しい主張であると証明する根拠はない。さらに、後段は独創性に富んだ「統計でウソをつく法―数式を使わない統計学入門(How to lie with statistics)」からの借用とみられる。

日本の自動車販売台数のうち、輸入車が占める割合が10%前後 (軽自動車を含めれば約6.5%)であることは確かだ。だが、フォードが誰にも気づいてほしくないのは、この数字は日本の輸入車市場に活気があることを明示しているという事実だ。この割合は欧州では約4%、中国では同5%(中国自動車工業会のデータによる)であり、日本よりずっと低い。しかし、フォードが欧州や中国の自動車市場について不平を言うのは聞いたことがない。これら各国で自社が握るシェアがその理由だろう。

もう一つ、フォードがあなたに知られたくないのは、自社が日本市場での競争において、欧州勢に負けたという事実だ。日本が昨年中に輸入した30万台超の外国製の自動車のうち、80%以上は欧州ブランドの車だった。米国製は、わずか4%にとどまっている。国内に10社を超える自動車メーカーを擁する日本は、競争の激しい市場だ。フォードをはじめとする米国メーカーには、やる気がないのだろうと思わされる側面もある。輸入されるフォード車の一部は、ハンドルが逆側に付いたままだ。フォード車の販売台数はGMと合わせても、米国メーカーの中で人気があるFCAのジープの半分にも及ばない。こうした状況下で、フォードが今まで日本市場から撤退せずにいられたのは、奇跡といえるだろう。

インドネシア市場は「あきらめた」?

インドネシア市場からの撤退は、完全な「降伏」だ。あるアナリストは、「米自動車産業の世界的な敗北に向けての新たな一歩だ」と述べている。

日本市場はすでに飽和状態だ。そして人口減少と高齢化により、下降線をたどっている。だが、インドネシアはそれとは正反対だ。人口は日本のおよそ2倍。自動車市場は成長し始めたばかりだ。人口1,000人当たりの自動車保有台数が日本で約600台なのに対し、インドネシアは約50台。10年ほど前から急成長を遂げてきた同国の自動車市場は2014年、年間販売台数が過去最高を記録した。このことは、インドネシアが先見の明と少しばかりの忍耐力を持った自動車メーカーに対し、長期的な利益を約束する国だという事実を否定しないはずだ。

だが、フォードにとっての問題は、インドネシアは日本以上に、日本メーカーが強い市場だということだ。日本メーカーのシェアは2015年、96.5%にまで達した。同年1~11月までのインドネシアでのフォード車の販売台数は、5,000にも満たなかった。一方で日本車の販売台数は、100万台近くを記録している。


一言、「そうです!」。

日本のどの辺が閉ざされているというのでしょうか?

メーカー直営店が多くて、ディーラー網を構築しにくい?
フォードは90年代半ば頃、マツダからディーラー網を買い取って、アメ車としては最大規模のディーラー網を構築したはずですが・・・。

しかし、肝心な売る車が無かった…それまで比較的人気のあったトーラスも、モデルチェンジで大失敗。マスタングも最初はともかく、大したこと無いのが直ぐにバレてしまった…。

千葉なんかは、かつては23店舗あったのが、今や驚く事に一軒!

ディーラー網が有っても、車が無ければ売れない。

オマケにフォードなんて、ヨーロッパでも、アメリカでも「カッコいい」とか「品質がいい」いう類の車ではありません。正直安くてナンボの車です。ソレを適当に日本に持ってきたところで無理なのは当たり前…事実、ブッシュの押し売り以前よりも販売台数を減らしているんですから。

それどころか、カナダですら、フォーカスやトーラスといった車、全く見ないんですけど。フォードで見るのはピックアップばかり。現地の人さえ見向きもしない物を、世界一厳しい日本に持ってきても、そりゃ無理ってものです。

アメリカの数値至上主義は、適当に自分に都合のいい数字ばかりを並べて相手を批判する、言葉は悪いけれどマスターベーションに他有りません。
ビッグ3だダメになったのも、結局はコレなんですが、何処までも学習能力の無い連中ですね。

ヤマハ XJ400

ヤマハ
01 /29 2016
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4本マフラーのXJ400Dです。


カワサキZ400FXは発売以来、爆発的なヒットを飛ばしましたが、当然他社も指を咥えて見ているだけではありませんでした。2番手として400cc4気筒の市場に参入したのは、ヤマハでした。

元々2ストを得意とするメーカーで、4ストに関してはイマイチ地味であったヤマハの参入は、当時既に勃発していた、所謂HY戦争の影響も大きかったことでしょう。
ホンダはこのマーケットに対して極めて慎重で、事実、最後発となるのですが、正に鬼の居ぬ間の洗濯といった感じでもありました。

しかし、同時期に登場したRZが、実にスポーティーな雰囲気であったのに対して、何故か此方はカラーリングを始めとして、全体の雰囲気が非常に地味なものでした。

当時のヤマハは、4ストでのレースの実績が無かった事も、関係しているのか、4ストをスポーティーな位置付けにしていなかって様ですが、カワサキよりも2馬力上の45馬力に、9キロ軽い車体のお陰で、取り回しも含めて、遥かに軽快に、良く走る走るバイクで、80年の400ccクラスのベストセラーになりました。


後に何故か4本マフラーのDを追加したのは、不思議なものでした。当時、4本マフラーは、過去の遺物以外の何者でもなく、地味なカラーリングと相まって、かなり微妙な存在でした。

後にスズキ、ホンダも、このマーケットに参入しますが、その中でも最も地味な印象で、中古価格も非常に安く、珍走系の方々に大いに好まれたものでした。
まあ、中古が安いというのは、当時のニューモデルラッシュの中では、FXも同じ事でしたが・・・。

当時の私は、全く興味のない一台で、試乗すらしたことが無かったのですが、10年ほど前、ニュージーランドで売りに出されていたのを(日本から来た中古車です)試乗に行きました。

すると、どうでしょう?
大柄な車体からは信じられない位に取り回しが良く、適度な手応えのあるハンドリング、適度なトルク感を伴った加速フィーリング、完璧な乗車ポジション… 80年代初頭の400cc4気筒のベストと聞かれたら、私は、迷う事なくXJを挙げます。

先発のカワサキと、最後発のホンダに比べ、ヤマハとスズキが地味に見えたのは、カワサキの作った路線に忠実すぎたからなのかも知れません。

それだけバランスの良いバイクなだけに、あの地味なカラーリングが残念でした。かつては、検無し現状渡しで10万そこそこで買え、解体屋にもゴロゴロしていたものですが、今や、コレにもプレミア価格が付いていて、身近な存在ではなくなってしまいましたが、初代RZ250の様な色に塗って、今でも乗ってみたい一台です。


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因みに、XJには、アメリカンスタイルのスペシャルというモデルが有りました。

かつての人気漫画「ハイスクール奇面組」の似蛭田妖が乗っていた「ヤマサキUSO800」というバイクは、このXJ400スペシャルがベースになっている様です。

ホンダ・ブロス 二兎を追う物は・・・

ホンダ
01 /27 2016
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途轍もなく不細工なバイクでした・・・。

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フォトショップによる加工…随分マシになったと思います。


先日会った旧知の常連の某氏との会話から、このバイクを取り上げます。

ホンダ・ブロスが発売されたのは1988年、時代は正にレーサーレプリカ一色の時代でした。

毎年の様にモデルチェンジが行われ、ほんの数年前からは考えられない様な高性能車が当たり前に市販車として売られてい時代です。

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80年代初頭の大ヒットモデルCBX400F・・・コレが、ほんの5年ほどで・・・

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こうなりました・・・!


ところが、同時に年々実用性は低くなり、まるで競技用自転車の様な極端な前傾姿勢を強いられ、少し倒しただけで破損する高価なフルカウル、軽い転倒でも廃車確実のアルミフレーム、快適性など全く無視した薄っぺらいシート、夏場は灼熱地獄と化す水冷エンジン…正直普通に乗るには無理が有り過ぎました。

別に、そういうバイクの存在を否定する気はないのですが、ソレばかりになってしまったら、やはり問題です。

レプリカブーム初期の頃は、カウル無しのバージョンも販売されていましたが、88年頃になると、それさえも無くなっており、超高性能レーサーレプリカか、かったるいアメリカンか…しか存在しなかったのです。

そんな中で、カワサキZ2の爆発的なプレミア騒動に端を発したレトロブームが起こり、間も無く80年代初頭に販売された400ccの4気筒モデルにまで波及しました。

コレは、漫画の影響によるブームという面もありましたが、反面、余りに現実離れした現行モデルに対するアンチテーゼという意味合いもあったと思います。

そんな中でメーカーも、より自然体で付き合えるバイク…というのを真剣に考える様になっていたのですが…

時代は80年代後半、日本がバブル経済に向かって大いに経済的に発展している時代でした。
それは技術面でも同じであり、新しい事こそ全て…そんな時代であった為に、より自然体で…というのも難しい命題だったのです。

カウル無しで行くのは当然として…ただ、現在の市場の動向を見ると、アルミフレームは外す訳には行かない。足回りも最新のレベルを維持したいので、取って付けた様な片持ちスイングアーム…という具合に、正に二兎を追った状態で開発されたのが、このブロスだったのです。

一見上品なデザイン…も、無駄に自己主張の強いアルミフレームで全てが帳消しで、当時のホンダの技術者ですら、出来上がったソレを見て、「結局コレ、誰が乗るの?」という感じだったと言います。
その後も、スパーダ、CB-1と同系のデザインを採用しますが、後に登場するカワサキ・ゼファーに完敗し、どれも短命に終わりました。

正直デザイン的に見ても、完全に新設計にも関わらず、レーサーレプリカからカウルを取り外しただけの様に見えるのです。

カウル無しのバイクの場合、ヘッドライトの位置、メーターの形状、ウィンカーの位置といったものがデザイン的に重要なのですが、その辺りは完全に無視。

不恰好で寸詰まりのタンク、寸詰まりの上にピョコンと跳ね上がったテール、短小包〇と言われたマフラー、唐突なデザインのホイール・・・カウル付きが当たり前になって僅か5年で、こんな常識さえも忘れ去られてしまったのです。

当時の日本は、現場の入れ替わりが激しかったことを物語っている様でもありました。

このバイクを評すると、
1.二兎を追う物は一兎も得ず。
2.僅か5年で、現場がカウル無しのデザインを完全に忘れてしまった。

こんな感じだと思います。
CBX400Fと比較して、如何でしょうか?

某カラオケでバイクが登場する時、やたらブロスである確立が高い…なんていう話もあったりします。

米フォード、日本とインドネシア事業から今年撤退へ=内部文書

フォード
01 /26 2016
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リンカーン・コンチネンタル・マーク4…かつては最も人気のある外車だったのですが・・・

[北京/東京 25日 ロイター] - 米フォード・モーター<F.N>は25日、日本とインドネシアの全事業を今年閉鎖する見通しだ。ロイターが25日に入手したフォードの内部文書により判明した。「収益改善への合理的な道筋」が見えないことが理由だという。

日本市場からの撤退に当たり、保有するマツダ<7261.T>の少数株式は影響を受けないと説明した。

アジア太平洋地域担当プレジデントのデーブ・ショッホ氏が域内の全従業員に送った電子メールによると、フォードはすべての事業分野から撤退する。ディーラーを閉鎖し、フォードとリンカーン車の販売や輸入を停止する。日本で行っている製品開発は他国に移転する計画だという。

フォードの広報担当者はロイターに対し、こうした決定に関する電子メールが25日、従業員に送付されたことを確認した。

ショッホ氏はメールで「残念ながら、事業閉鎖により日本とインドネシアにいる社員は両国にあるフォードの現地法人で働くことはできなくなる」と説明した。

同社の日本法人は1974年に営業を開始した。現在、社員は292人、販売特約店は52となっている。昨年の販売台数は約5000台で、輸入新車市場におけるシェアは1.5%程度だった。

インドネシア法人の社員は35人、販売特約店は44だという。

日本市場においてはトヨタ自動車<7203.T>、ホンダ<7267.T>、日産自動車<7201.T>など国内企業が独占しており、フォードはサブコンパクトカー「フィエスタ」、「マスタング」、スポーツ多目的車(SUV)「エクスプローラー」の販売に苦戦していた。さらに、高齢化や若年層の需要減少による販売の落ち込みにも悩まされた。


遂に来る所まで来た…という感じですね。

1990年代初頭、時の大統領、パパブッシュがアメリカビッグ3のCEOを連れて日本に車の押し売りに来ましたが、その時、一番上手く立ち回ったかに見えたのが、他でもないフォードでした。

経営危機にあったマツダからディーラー網を買い取り、一頃、アチコチでフォードのディーラーを見かける様になりましたが、幾ら販売拠点が増えても、売る車が無いのでは、商売が上手くいく訳もなく、その後はフォーカスの様なヨーロッパフォードに力を入れたと思ったら、ソレを引っ込めて、またアメリカフォードをメインにしたり、利益率の高いリンカーンを止めたり、一番売りやすかったマツダ製の車種を整理したり、正に行き当たりばったりといった印象しな無く、気がつけば、街でフォードの看板を見かけることもなくなりました。

日本車に近いサイズだからといって、ヨーロッパの粗末な車を持ってきても、日本車に対するアドバンテージはありません。

第一、「適正な価格で適切な製品を売る」という、商売においての基本の基本が出来ていないんですから。フォーカスが300万…バカも休み休み言え…としか言えません。

どうせ数が売れないのなら、日本では作れない様なSUVやピックアップといった辺りをメインにすれば、例え台数は限られても、ブランドイメージは確立出来たと思うのですが・・・。

結局日本でフォードの売れない理由は、ヒュンダイが売れなかった理由と全く同じなのです。ヒュンダイの場合、安いだけまだ許せましたが…。

幾ら魅力の無い車を持ってきても、日本では無理です。フォードという名前を有りがたがったのは、40年も前の話しです。

過去10年間で日本の市場は大きく様変わりしました。果たしてフォードがソレに少しでも適応していたと言えるでしょうか?

または、アメリカ車でしか味わえない魅力が果たして有ったと言えるでしょうか?

台数が売れないから単価を高くする、日本仕様をちゃんと仕立てない…では、根本からダメです。

私の感覚では、日本では、クライスラー300系やダッジ・チャージャーをたまに見かけたものの、フォードは正直見た記憶が無いです。

大正時代から日本で輸入販売され、更には国内でも生産され、国内市場で圧倒的な存在感を示した歴史のあるフォードが…というと、やはり感慨深いものがあります。

かつての近鉄モータースも紆余曲折の上に消滅し、ニューエンパイアモータースも、移転した上に整備業務だけを継続していましたが、若い頃、恐る恐るそのショールームに入ったのが懐かしく思えますし、改めて時代の変化を感じずにはいられません。


天使のように上昇…米でホンダジェット発売

ニュース
01 /23 2016
 自動車メーカー・ホンダが30年かけて研究・開発した小型ジェット機「ホンダジェット」の販売がアメリカで始まり、22日、購入者に引き渡された。

 アメリカ・アリゾナ州で開かれた式典には、日本円で約5億3000万円の「ホンダジェット」を購入した約10人が参加し、一部の購入者に、機体が引き渡された。

 アメリカで製造されているホンダジェットは最大7人乗りで、燃費の良さや室内の快適性を売りにしている。ビジネスジェットの中では小型だが、競合する他社より室内空間は2割ほど広いという。購入者からは「本当に静かで加速もとても速い。天使のように上昇していくね」といった声が聞かれた。

 ビジネスジェット機の市場は年々成長していて、すでに企業の経営者を中心に、百数十機、受注しているということで、ホンダは製造計画を現在の年間約50機から拡大する方針。


第二次大戦後、日本の航空業界は壊滅しました。

その後、少しは復活したものの、依然として欧米に大きく差をつけられていました。

そこに自動車メーカーのホンダが出てきたというのは、大きなことです。

戦後、自転車に取り付けるエンジンから始まったホンダが、バイク、自動車、そして遂に飛行機まで手を広げました。戦後のベンチャー企業としては、正に異例の発展だといえるでしょう。

私がホンダに居た当時、飛行機の話なんて、全く知りませんでした。30年というからには、当時既に開発は行われていた訳ですが、正にトップシークレットだったのでしょう。

基本的に、この手の顧客は、旅客機の様な一般人ではなく、裕福層がメインになります。そうなると、一応は高級車でも実績のあるホンダには有利なところです…が、内装に関しては、もう少し頑張って欲しいところですが・・・。

いずれにしても、日本にとって非常に嬉しいニュースです。

ベッキーのスキャンダル・・・

日本の話
01 /23 2016
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最近、バス事故、スマップ騒動に次いで日本を揺るがしている大スキャンダルが、ベッキーの浮気騒動です。

正直、私にいわせれば、その騒いでいる方がキモイですね。
大体30超えた女性、しかも芸能人にそんな「清純」を求める神経・・・正直尋常じゃないです。

確かに浮気というのは、相手の家庭を崩壊させるので、論理的に許されるものではありませんが…男の方は殆ど批判されずにベッキーばかりが批判され、CM降板など、被害が拡大しています。

ラインの会話が表沙汰になったって・・・誰がが人の携帯を覗き見しているってことじゃないんですか?
私はラインとかいうモノに対して全く無知ですが、何らかの方法で人のアカウントに入り込むというのは、それこそプライバシー侵害ですし、ハッキングにも相当する犯罪なんじゃないですか?

確かに浮気という行為は誉められたものじゃありませんが、それを騒ぎたて、ラインの会話まで公表し…言っちゃ悪いが、そっちの方がキモイです。

メディアも本当に公正なら、ラインを公表した方も、問題にすべきでしょう。

槇原敬之 邦楽崩壊の予感・・・

映画・音楽
01 /16 2016
接着剤…もう少しマシな表現無いの…?


ウィークデーの午前中、テレビでは高田純次が散歩番組をやっています。
番組の内容はともかく、そのオープニングを聴いた時、唖然としました。

ファンの方には申し訳ありませんが、私は、槇原敬之こそが邦楽の崩壊の引き金を引いた張本人だと思っているのです。

90年代初め頃でした。とあるグループで長距離ドライブに行った時、その中の一人が、槇原敬之のカセットを持っていたのです。

その時の印象は、「言わんとしている事は悪くないんだが、言葉遣いが稚拙」、「何となく鬱陶しい」というものでした。

それ以来、その事も忘れていたのですが、程なくして、彼をテレビでも目にする様になりましたが、やはり印象は同じでした。
当時、実家の母がそれを観て「この人、国語力が無いんじゃないの?」と、私が何も言わないうちに、そう口にしたのを覚えています。

それまでの邦楽というものは、プロの作詞家が練りに練って作った、所謂「文語調」が主体でした。別に作詞のプロという訳でなく、例えば谷村新司、さだまさし、松山千春、もう少し新しくても杉真理といった、所謂シンガーソングライター達は、ソレが当たり前に出来ていたのです。

要するに、短歌や俳句といった、日本古来の詩歌に通じるものでもあったと思います。

それが槙原氏の場合、言葉が会話調というか、話し言葉や説明文調なのに、先ず驚きました。その上にリズム感を感じないのです。
良く言えば、理解し易いともいえますが…。

例えば暗いと言われるさだまさしの曲にしても、非常にシッカリとしたリズム感は存在するのですが、どうも槙原氏の曲からは、それを感じないのです。

この辺りからだと思います。小学生の作文程度の文章力で作詞をする「ミュージシャン」とやらが増えたのが・・・。

プロの作詞家が居なくなった・・・80年代と90年代の音楽の最大の違いはそこだと思います。
そして、その後、小室による音楽の量産体制が確立し、CMとのタイアップによりミリオンセラーを連発し、その流れは一層加速していくことになり、今日に至っています。

そう言えば、昔、某スキー会社のCMやってたキンキン声の女性歌手の歌も、そんな感じでしたね。

私が小学生の時、担任のI先生が、「詩は説明文じゃない!」という名文句を仰いました。今日、改めてそれを思い知らされる気がします。

日本のガラパゴス...セルフ給油

日本の話
01 /14 2016
日本の物は、海外の同等な物に比べて著しく高性能であることが少なくありません。

当然いい事も多いのですが、何でココまでやるの?と疑問に思う事も少なくありません。

その筆頭に上げたいのが、セルフ給油機です。

日本に来て思うのが、異様な位のキャッシュ社会であることで、セルフ給油機も、それに合わせた構造になっています。

メンバーシップカードをバーコードにかざす。。。何回やっても認識されません。
現金を入れる。。。一枚づつ入れようとしたら、一枚しか入らず、まとめて入れようとしたら、当然入らずに、金を入れる段階で四苦八苦でした。

給油前に所定の場所をさわる?要するに静電気を放電する為なので、適当な金属部分を触っても、給油は開始されません。結局所定の場所を触らないとダメなんですね。

給油が始まると、モニターに動画が現れ、変な歌が流れる。。。

給油が終わったら、レシートを取り、精算機の所に持って行き、お釣りを受け取る。。。

正直カナダでは、こんなものデビットカードやクレジットカードで終わりです。はるかに迅速で正確です。

何か日本のソレは、現金で支払う為に無駄に複雑になっている気がします。デビットカード一つ普及させられないのは、銀行の怠慢でしょうし、こんな所からも、日本の銀行の無能さを垣間見た思いがします。

今回、某三菱のネットバンキングに登録ましたが、その登録手続きに、待ち時間入れずに1時間もかかり、登録が完了するのに、更に一週間かかる有様です。
何枚もの手書きの書類に捺印。。。80年代から殆ど変わってないんですね。。。この連中。
カナダなら5分も有れば手続き終了ですね。

D・ボウイ氏 がんで死去 69歳の誕生日迎えたばかり 「戦メリ」で日本でも人気

ニュース
01 /12 2016

 英国のロックミュージシャンで俳優のデビッド・ボウイ氏が亡くなったことが10日、分かった。公式ツイッターが伝えた。英国からの報道によると、がんだったという。8日に69歳の誕生日を迎えたばかりだった。

 1年半闘病生活を続け、家族に見守られながら亡くなったという。

 1947年、ロンドン生まれ。本名はデビッド・ロバート・ジョーンズ。64年にファーストシングルを発表もしばらく無名だったが、69年に「スペイス・オディティ」が全英チャートでトップ10に入り、人気ミュージシャンとなった。その後も「レッツ・ダンス」などのヒット曲を発表した。

 歌舞伎に興味を持つなど、日本との関係も深く、83年には大島渚監督の「戦場のメリークリスマス」に英国軍人役で出演。ビートたけしらと共演し、人気を博した。独特の美学を追究する「グラムロック」の旗手として、後世のアーティストに多大な影響を与え、00年には、英国の音楽雑誌で「20世紀で最も影響のあるアーティスト」に選ばれた。

 03年に心臓疾患で一時活動を控えていたが、13年に新曲を発表。ロンドンの美術館では回顧展が開かれるなど、人気が再燃しそうな矢先だった。


また一人、伝説が逝きました。

私は天性と言える程、音楽センスの皆無な人間なので、音楽に関しては、この際、敢えて語りません。

私がデヴィッド・ボウィで最も印象に残っているのは、「戦場のメリークリスマス」を外す訳にはいきません。

この映画は、当時YMOで活躍していた坂本龍一の主演が話題になりましたが、やはり主役と言えるのは、デビッド・ボウィだったのではないでしょうか?

あの時のあのヨノイ大尉を演じられたのは、役者としての経験の全く無い坂本龍一以でしたが、実に上手く、あの役を演じ切っていたのてはないでしょうか?
日本のトップミュージシャンと、イギリスのトップミュージシャン、更にはコメディアンビートたけしを抜擢するというのも、やはり大島渚監督ならではの大胆さなのでしょう。

そして、これだけ主要人物を素人で揃えながら、これだけの仕上げを見せた大島渚は、やはり只者ではないのでしょう。

イギリスの美しい田園風景、そして、南の島での捕虜生活、敵に対する複雑な感情、処刑…この映画の最も重要な人物の一人です。

YMOは、私が嵌って聴いた数少ないバンドで、そのYMOつながりでこの映画を最初に観たのも、既に30年以上も前の話しです。

そして、海外の文化に触れた今、当時とはまた違った見方で、この映画を観ることができます。
ほんの少し前にテレビで観たと思ったら、この訃報…残念です。

americancars4ever

アメ車のブログとして開設して11年目、車以外にも様々な身の回りの話題を取り扱っています。