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ビュイック・リーガル

ビュイック
05 /31 2016
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先日酷評したポンティアック・グランプリですが、丁度その兄貴分のビュイック・リーガルをカメラに収めました。

最終モデルでも20年経っていことが信じられない位に綺麗で、恐らくワンオーナーで年配の方が乗っているのでしょう。

それにしても酷いデザインです。

Wカーは、とにかくプロポーションの悪さが致命的なのですが、その中でも何が悪いか…というと、やはりCピラーの形状だと思います。

当時のWカーは、どれもグラスエリアを大きく取りたかったのか、Cピラーをこうやってガラス張りにした様なデザインでしたが、これでは安定感が出ないのは当然です。安定感どころか、グリーンハウスが完全に宙に浮いてしまっています。

そこで、その辺りを中心に、フォトショップで弄ってみました。

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その結果が、此方です。

やはり、Cピラーの形状だけで、全く受ける印象が異なりますね。

ただ、この車の場合、予想通りコレだけではダメで、結構アチコチを細かく弄っています。

中途半端な高さのトランクを少し持ち上げ、妙に丸っこいリアガラスを少し直線的にし、リアドアの後部のラインも少し整形してあります。

あとは、ドアガラスの下端、つまりベルトラインですが、オリジナルでは、妙に丸っこいラインがだらしなく見えるので、直線的に整形してあります。

正直言うと、リアのホイールアーチを始め、フロントマスク等、弄りたい所はまだまだあるのですが、コレ位なら、もう少し評価もマシだったのではないでしょうか?

改めて弄ってみて、これはカッコイイ訳が無いです。

因みに、このwカーの特徴は、金太郎飴化したGM車の反省から、ブランド毎の個性を徹底的に追求したはず…なんですが、ポンティアック・グランプリのセダンは、グリルとテールランプ以外、全く同じ格好をしており、ココでもGMのバカさ加減を存分に発揮しています。

80年代当時、重病のGMを鞭打ち、徹底的に引きずり回した挙句、更に病状を悪化させたロジャー・スミスCEOは、Wカーの失敗の原因を質問され、分らないと答えています。一度でもこの車を目にしたら、大抵の人は瞬時に理解するのですが…GMの経営陣というのは、その程度だったのです。
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ウィンドウズ10更新、マイクロソフトの「汚いトリック」と批判

IT関係
05 /26 2016
ゾーイー・クラインマン、テクノロジー担当記者、BBCニュース

パソコン基本ソフト(OS)ウィンドウズのアップグレードを利用者に促すポップアップ・ボックスの仕様について、マイクロソフトを批判する声が上がっている。ウィンドウズ10への更新を推奨するポップアップ右上の赤い「x」をクリックすると、ボックスが閉じるのではなく、更新手続きが始まるからだ。

赤い「x」をクリックするとポップアップは閉じるのが、これまで通常だった。それだけに、ウィンドウズ利用者の間に混乱が広まっている。

マイクロソフトによると、アップグレード開始時間を知らせるポップアップが開くので、そこでアップデートをキャンセルできる。

ポップアップ・ボックスの仕様が変わったのは、このアップグレードが「推奨」に分類されており、今では多くの利用者がセキュリティー対策として「推奨」更新を受け入れるようパソコンを設定しているからだだ。つまり、ポップアップを不要扱いしても更新を不要扱いしたことにはならない。

ウエブサイト「PCワールド」の編集者、ブラッド・チャコスさんは「汚いトリック」だと批判する。

「こういう汚いトリックは、長年のウィンドウズ・ユーザーを怒らせるだけだ。おなじみで大好きなOSを使い続けるだけの理由がある人たちなのだから」とチャコスさんは書いた。

マイクロソフトは、「ウィンドウズ10への無料アップグレード特典が7月29日に期限切れとなるので、ウィンドウズの最良バージョンへのアップグレードを手助けしたい」と説明している。

「10月に情報共有したように、『推奨』アップグレード受け入れを設定しているウィンドウズ7と8.1の利用者に、ウィンドウズ10を提供する。ウィンドウズ10の更新を受けるか拒否するか、利用者は選ぶことができる」



私も先日、コレに引っかかりました。
勝手にアップデートが始まり、それだけでも結構長い事時間がかかり、ほぼ最後の段階で、アップデートを拒否したことで、何とかウィンドウズ7のままにすることが出来ました。

アップデートに掛かった時間、データの浪費、更にウィンドウズ7に戻す時間…何時間もパソコンが使えず、大変に頭にきました。

マイクロソフトも、ここまで強引なアップデートを行うのなら、それ相応の納得の出来る説明をすべきです。

実際マイクロソフトですら、本音では特別ウィンドウズ10が優れているとは思っていないそうじゃないですか!

今日、パソコンの需要は減少傾向にあり、タブレットの業界では、ウィンドウズは主力とは言えません。
そんな中で強引なやり方に出た訳ですが、逆効果ですね。

カナダのパソコン事情

カナダ情勢
05 /25 2016
先日、カナダの家電量販店に足を運びました。

時間が有ったので、パソコンの売り場も見たのですが…驚きました!

何と日本のブランドが皆無だったのです!

あるのはAcer、ASUS、HP、Dell、Lenovoだけでした…。

富士通やNECは随分前から見なくなっていますし、ソニーもVAIO売却後は見かけなくなりましたし、最後まで残っていた東芝すら無くなりました。

今から20年ほど前、ウィンドウズ95の大ヒットでパソコンがブームになっていた頃、人から聞かれて、「パソコン以外でインターネットを使える機器が出てくるまでの一時的なブーム」と答えたことがあります。

その「インターネットを使える機器」とは、結局スマホやタブレットという事になるのですが、出てきて普及するまでに随分と時間が掛かった気もしますが、現在日本では、既にパソコンを使えない新入社員が出てきていると言われていることからも分かる様に、パソコンというものが今後、主流ではなくなっていく前触れなのかも知れません。

まあ、東芝はサービスが酷いので、撤退は当然だとして、今後はDellかマックか…という風になりそうですね。

そして10年後には、パソコンは中高年向け商品…なんて具合になっていそうです。

英語の試験(IELTS)の現状

カナダ情勢
05 /24 2016
先日、ある事情から、英語の試験IELTSを受験しました。

日本では、この手の試験では、TOEICが圧倒的なシェアを誇りますが、コレは東南アジアのごく一部の事であり、国際的には、IELTSのシェアが大きくなっています。

私としては、以前、ニュージーランドの永住権を取った時以来の受験で、15年ぶりということになります。

今回の受験で驚いたのが、先ずはパスポートによる本人確認の上に、指紋の登録、更には荷物の持ち込みは禁止で、ポケットも空、飲み物は、透明のボトルのみ許可、筆記用具は鉛筆と消しゴムのみ。

そして、他の荷物は一切、受付で預けることになります。当然携帯も禁止です。

更に試験が始まって驚いたのが、4項目の試験のうち、最初の3科目(リスニング45分)(リーディング60分)(ライティング60分)はぶっ続けで行われ、途中、一切の休憩どころか、トイレにすら行けない状況だったのです!

15年前は、それぞれの項目が終わった時点で休憩があったものですが…。

こんなのでは、実力以前に疲労で本来の集中力すら得られませんね・・・。

何故こんな事になったか?というと、要するにカンニング対策なのです。

ニュージーランド時代も、様々な話しを聞きましたが、替え玉は当たり前、あらゆる手を使ったカンニングは言うに及ばず、それどころか、実施機関の一部がグルで、試験前に試験問題を売り飛ばしている様な問題まで発覚したものでした。

要するに、移民マフィアと、一部の国の人間が、試験の実施機関に潜り込み、グルになっていた…という、よくあるパターンです。

ココまでしないといけない…となると、最早試験としての価値を失っているとしか思えませんでした。

一部の国…というのは、要するに中国のことなんですが、一般的に中国人の英語のレベルは、日本人を遥かに下回ります。当然日本人より遥かに上手い人も沢山居ますが、人口比でいくと、ソレはごく一部であり、一般の人は、YES,NOすら知らないレベルの人が山ほど居るのです。

そういう人を移民させるには…当然試験の不正は不可欠なのです。

過去20年間で、バンクーバーは明らかに世知辛い世の中になりました。
地価は高騰し、自動車事故が劇的に増え、保険が高騰し…その他諸々…。

今回のIELTSの問題も含め、その理由の殆どが中国人対策であることを考えると、何とも迷惑な連中ですね…。

1960リンカーン?

リンカーン
05 /24 2016
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写真は、恐らく1960年モデルと思える、リンカーンです。

恐らく…というのは、正直、私自身、この車に対する知識が無いからなのです。同世代のキャデラックに比べ、リンカーンは大変に地味な存在であり、しかも当時のリンカーンは、同じシャシーでコンチネンタル、プレミア、カプリと作り分けており、その差も外観上は非常に少ないので、判別も容易ではありません。

グリルやCピラーの形状から、コンチネンタルではなく、プレミアかカプリだと思います。

写真には、砲弾型バンパーが見て取れますが、これは50年代のアメ車に多く見られたアイテムながら、57~8年を境に、各社姿を消しています。
リンカーンでも、59年で一旦姿を消したものの、60年に復活していた様です。

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この頃のリンカーンは、こんな巨大なボディーながら、当時としては珍しいモノコックを使用していたのが特徴でしたが、如何せん地味な車で、販売面では苦戦していました。

この時代のキャデラックは、今でも結構見かけるものの、リンカーンは本当に珍しいですね。

エンジンは7リッターV8一本で、トランスミッションも、3速オートマが唯一の選択となります。

ボディーサイズも、全長5.77mと非常に大きいものになっています。
70年代後半のコンチネンタルが5.9mを超えますが、コレは5マイルバンパーの出っ張りによるもので、実質のボディーサイズでは、58年モデル5.81mが最大になります。

ホイールベースも3,32mと長く、70年代後半の3,23mと比べても、巨大な物になっています。

コンチネンタル・マークⅡ亡き後のリンカーンでは、58年以降、リンカーン・コンチネンタルの上級仕様にマークⅢ、マークⅣ、マークⅤと名付けていたものの、リー・アイアコッカ氏のリンカーン・マーキュリー部門の社長就任後に発売したマークⅢこそを正当なマークⅡの後継者と位置付け、以降、マークⅣ、マークⅤ…と続けて行くのですが、そうやって、この50年代末の「マークシリーズ」は、無かった事にされてしまっている事からも分かる様に、要するに、それ程存在感が無かったのです。

どうもこの時代のリンカーンというと、地味な黒塗りというイメージしか無いのですが、こういう色だと、やはり随分とイメージが違うものですね。

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一見華やかに見える50年代後半のアメリカの自動車産業ですが、その頃のフォードといえば、手作りの逸品マークⅡは商業的に失敗し、他のリンカーンはキャデラックに完敗、マーキュリーもビュイックやオールズモビルの足元にも及ばず、鳴り物入りで登場したエドセル部門の大失敗とあり、正に踏んだり蹴ったりの時代でした。

それでも、今改めて見ると、キャデラックとは、また違った良さが有りますね。
当時のキャデラックといえば、まるで流星号を思わせる様なテールフィンの派手なデザインですが、ソレに比べると、やはりフォーマルなシチュエーションには、リンカーンの方が似合っていると思います。

しかし、現在改めて見ると、非常にボディーの面が綺麗に出ていますね。どの程度オリジナルが保たれているのかは分かりませんが、70年代後半~80年代のボディーの面がヨレヨレだったのとは、正に雲泥の差です。

マークⅡとは異なり、この手は、ベルトコンベアーによる大量生産品なのですが、それでも大変に上質に作られていたことは、容易に想像が付きますし、こんな車を大量生産できたアメリカというのは、やはり凄い存在だったんですね…。

因みにこの写真、チャイナタウンで撮影したものですが、何となくチャイナタウンって、このブログで取り扱う様な車種に遭遇する確立が高い様な気がします。
そして、曇天だと、ボディーの質感が上手く出ますね…携帯のカメラなんですけど。

ローバーSD1???

イギリス車
05 /23 2016
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先日、街を歩いていたら、向こうの方で信号待ちしている車のフロントビューが、妙に印象的でした。

グリルレスの精悍な顔つき…コレはもしかして、あのローバーSD1???

ローバーSD1に関しては、随分前に記事にしましたが、ブリティッシュ・レイランドの車は、MG系以外、殆ど北米で見かけることはありません。
やはり、その耐久性に大いに問題があった上に、メーカーの北米撤退も手伝って、殆どが廃棄されてしまっているからです。

珍しいな…なんて思いながら、信号が青になり、此方に向かって走ってくるのを待ちました。

そして、近付いてきたソレは…コイツでした...........................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................................




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ポンティアック・グランプリ…。

あれだけ精悍に見えたフロントマスクも、グランプリと判った途端に、何とも軟弱に見えてしまいました。

オマケに、丸っこいルーフラインも、前の方から見たら、何となく雰囲気が似ていたのかも知れません…。

その時間、僅か1分にも満たない時間が、途轍もない無駄であった様に感じた瞬間でした…。


トヨタ・スプリンター・トレノ AE86

日本車
05 /23 2016
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80年代を代表する・・・と言える車の一台に、ハチロクを忘れる訳にはいきません。
土屋圭一によるドリフト走行で有名になり、若い世代には、某豆腐屋の漫画で人気を誇ります。

さて、この世代を超えて愛されるハチロクですが、一体何がそんなに魅力なのでしょうか?

この車が発売されたのは、1983年、当時のトヨタはFF化に対して、非常に慎重な立場を取っていました。

そこで、4ドアセダンのカローラは新規のFF、2ドアクーペのカローラ・レビン、3ドアハッチバックのスプリンター・トレノは、従来のカローラのシャシーを流用したFRで発売したのです。


今では改造スポーツカーとして有名なハチロクも、この時点では、普通のファミリー向けクーペでしかなかったのです。そして、当時の若者からは、実用的な「デートカー」として人気があったのですが・・・それでも特別に際立った存在でも無く、その当時、一体誰が今日の状況を予想したでしょうか?

この車が俄然注目を浴びたのは、むしろモデルチェンジで次期モデルがFFになってからでした。シンプルかつコンパクトなFR車が市場から消えた…ということで、ドリフトを楽しむ人たちから、俄然支持を集める様になったのです。シンプルかつ安価に改造出来る辺りも、若者から支持された理由でした。


90年代に入り、ハチロクの様な車を求める声に対して、トヨタが出したのは、アルテッツァでした。

最初はFRのシンプルな車…と考えたのでしょうが、段々と色々な欲が出てきたのでしょうか?
気が付いたら、若者向けというのは高過ぎ、高級車というにはガキっぽく、スポーツ…という程でもない…結局全てに於いて中途半端になってしまい、後にレクサスISとして、高級路線に走ることになりました。


そして、現在販売されているハチロクですが…やはりスポーツカーとして、少し頑張りすぎたんじゃないでしょうか?
旧ハチロクの持っていた手頃さも、実用性も全く無いんですから。

ハチロクを復活させようとするなら、先ずスポーツカーとして考えるのは間違えです。

あくまでも、スポーティーな雰囲気のクーペ程度に留めて置くべきなのですが…結局ファンが多い、開発も横槍が多い…こんな具合に、結局似ても似つかない車になってしまうのでしょう。

事実、現在ハチロクに乗っている人たちというと、中年以上が殆どです。
安車が高級路線にシフトしたところで、成功は難しいところです。むしろ安車は安車のままで、原点に帰る勇気こそが必要なのかも知れません。

スズキGSX-R

スズキ
05 /19 2016
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1984年の400ccクラスは、正にこのGSX-RとヤマハFZ400Rが市場を牽引したといっても過言ではありません。

前年のRG250ガンマに続き、アルミフレームを採用し、152キロという驚異的な乾燥重量を実現していました。これは、当時の平均的な400ccよりも、実に20キロ以上も軽量化されていたことになります。

馬力も、前年登場したGSX400FWをベースにしながら、前年末に登場したホンダCBR400Fよりも1馬力多い59馬力を達成していました。そして、コレ以降、400ccは59馬力が自主規制値ということになっていきます。

鉄フレームであったヤマハに比べると、遥かに本格的に見えたこのバイクですが、実際に乗ってみると、意外なほど低速からトルクが出ており、FZの様な神経質さは無く、大変に乗り易いのが印象的でした。

ゼロ位置が真下を向いていて、3000回転より下では作動しないタコメーターながら、意外なほど発進も容易なものでした。

尚、当初はGSX-Rというのが正式名称で、排気量を示す数字は有りません。これはクラスを超えた性能という事をアピールしていたという事です。

極めて軽量な車体ながら、車格は非常にボリュームがあり、大型車に憧れる中免ライダーの所有欲を満たすにも十分で、更に最高レベルの性能ながら、非常に乗り易い…非常に良く出来たバイクであったという印象があります。

こうやって、84年は59馬力競争に終始した訳ですが、その競争を制覇したのは…以外にも58馬力のCBR400Fだったりしました…。

ホンダGB250クラブマン

ホンダ
05 /18 2016
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1983年に登場したホンダCBX250RSは、ホンダの思惑とは裏腹に、先代のCB250RS似比べ、販売実績はイマイチでした。

それは、CB250RSの開発当時と比べ、シングルに対する姿勢に迷いが出てきたのだと思います。

CB250RS当時は、単純にオフローダーのエンジンを流用して手頃なスポーツバイクを作っただけで、シングルの味?何ソレ?という感じであったのでしょう。

ところが、いざソレが売れるとなると、アレもコレも…といった具合に迷いが出てきたのは、容易に想像が付きます。

先ずはシングルならではの「鼓動」です。CB250RSの場合、バランサーが付いており、定常走行ではスムーズながら、アクセルを開けた時に適度な鼓動を感じる…という程度のものでした。

それがCBXの場合、鼓動を演出する為に、あえてバランサーを外し、その上でエンジンをラバーマウントする…という方法を取ったのですが…どうもコイツは振動が酷く、ハッキリ言って長距離は疲れます。

CB250RSは、ニュージーランドの片田舎のワインディングロードを一日中走っていられたものですが、CBXでは、とてもそんな気分になりません。

スタイルといい、振動特性といい、間違った方向への進化が、このバイクを短命に終わらせたのだと思います。

ところが、CBXの発売から半年ほど経った頃、新たなバリエーションが登場しました。

GB250クラブマン…CBXは、ホンダなりにシングルの味を追求したバイクだったのですが、本当はもう少しクラシカルなデザインにしたかった…しかし、当時の市場を見ると、ソレは危険な冒険だったということで、通常のスタイルのCBX先に…という方法を取ったのでしょう。

そう考えると、むしろ本音としては、此方が本流だったのかも知れません。

デザイン的には、イギリスというより、むしろBMWっぽい雰囲気もありますね。

当初は多くの部品をCBXと共用していた関係で、クラシカルな雰囲気と考えると、完成度はイマイチでしたが、写真の赤は、ゴールドのラインと合わせて、結構いい雰囲気であったと思います。

その後、各部の質感を向上させながら、97年まで、実に14年間ものロングセラーとなりました。

このエンジンは、DOHC化されたのが特徴ですが、そのヘッドは、RFVCと呼ばれ、4バルブを放射線状に配置し、理想的な燃焼室の形状を実現しています。
ただ、この形状は、バルブ周辺にムリな力が掛かる様で、特にヘッド周りのトラブルが多いことでも知られています。

更にバランサー無しのエンジンは、ラバーマウントが劣化すると、更に振動特性が悪くなり、不快な乗り心地のバイクになります。

このバイクは、クラシックなスタイルを追求して改造するよりも、むしろ普通のバイクとして乗る方が、より自然体の様な気がします。

それなら、やはりCB250RSを正常に進化させるべきであったのでしょうが、HY戦争の激化する中で、そんな声はかき消されてしまったのかも知れません。

そして、CB250RSからの代替需要を得られなかったという意味でも、やはりイマイチという評価をせざるを得ません。

98プリマス・ヴォエジャー スターター不良

修理
05 /16 2016
隣人の兄の車が、家の前で始動不能に陥り、朝早くから、私のところに話が来ました。

車種は98年型プリマス・ヴォエジャー…所謂クライスラーのミニバンです。

キーを捻ると、カチッ、カチッ・・・というだけで、スターターが回りません。
バッテリーの電圧も十分ですし、この音は、間違いなくスターターのソレノイドの不良です。

大抵の車の場合、キーを回しながら、スターターのソレノイドをハンマーで叩いてやれば、何とか始動するものなのですが、この車に関しては、幾ら叩いてもウンともスンとも言いません。

オーナーはスターターを買いに、部品屋に直行し、その間、私がスターターを取り外すのですが…とにかく、ありとあらゆる所がオイル漏れを起こしており、しかも、前をジャッキアップして、下から取り外すので、その汚れには閉口させられました。

98年式の日本車なんで、オイル漏れ一つ無く、現役のバリバリです。ソレに比べたら、コイツはゴミです。やはりアメ車って粗末な作りですね…。

当然取り付けボルトなんか、見えもしないモノを、オイルの汚れと戦いながら、手探りで探し当てる感じですが、まあ、他に何も外す必要が無かったので、今日の車としては、物凄く整備性がいい…ということになりますが、それにしても、ボロボロ落ちてくる泥とオイルの化合物には閉口しました。

しかし、スターターの値段が98ドルとお値打ち!それも変な安物ではなく、ACデルコ製です。更に古いのを返却すれば、20ドル程デポジットが返ってきます。

一般的に、この手の修理でも、牽引して整備工場に運び、修理が終わるまで、大体その日の夕方まではかかるであろうところですが、週末の朝、急にトラブルを起こして、牽引されることも無く、昼前に家の前で直ったのだから、オーナーとしても、臨時収入のあった私としても、まあ良し…といった所でしょうか?

americancars4ever

アメ車のブログとして開設して11年目、車以外にも様々な身の回りの話題を取り扱っています。