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母音と子音…日本人の英語が下手な本当の理由!

無題
08 /29 2017
日本人は英語が下手…私が初めてカナダに来た20年前も当然ですが、現在でもソレは変わりません。

何がダメなのでしょうか?

確かに学校の授業が文法の公式を教えているだけ、教えてる先生からして話せない…ソレも確かなのでしょうが、もっと根本的な問題が有るのです。

それは、日本人が「子音」を聞き取れないことなのです。

日本語の音は、全て「あ・い・う・え・お」の母音で終わります。「か」というのはkaであり、やはり母音の「あ」で終わっています。

ソレに対して、英語は子音で終わるのです。

たとえば発音記号のkという音とkuという音を日本人は混同します…というか、日本人は前者を聞き取れません。

McDonald's…所謂有名なチェーン店ですが、日本語では「マクドナルド」と発音します。

コレを英語で発音すると、多くの日本人は「マーダーノー」の様に聞こえてしまうのです。「マーダーノー」と英語を母国語にする人の前に言っても、コレは絶対に通じません。

məkd?nldz発音記号で書くと、こうなりますが、マクドナルドのクは母音で終わるkuではなく単にk...つまり子音なのです。

ナルドの部分はna lu do ではなく、子音のnldなのです。
これがna lu doでは、余分な音が付いている様に聞こえるのです。

そして最後に's が付いていますが、コレは殆どの日本人が聞き取れない様です。
これもzuではなく、子音のzなのでず。

McDonald's…敢えてカタカナで書くとしたら、マクダーノーズという感じでしょうか?

こうやって、日本人が英語を発音する時、必用のない母音を付けてしまうこと…コレが通じない最大の理由なのです!

そして、子音を聞き取れないこと…これがヒアリングの問題なのです。


以前、ダットサンの事を取り上げたことがありますが、DATSUNというのを、「アメリカ人はダッツンと発音する」と得意気に話す人が物凄く沢山いました。

コレも間違いです。

dǽtsən 発音記号はこうなります。tsのこの2つの子音が日本人には明確に聞き取れないこと…コレが「ダッツン」と聞こえる理由なんです。英語が聞き取れる人には、この ts が2音だということは聞き取れるのです。

敢えて言えばダーツスンの様に聞こえます。

昔と比べて英語のテキストも増え、英語学校に行く人も増え、昔と比べて文章をたくさん知っている人は増えたと思いますが、相変わらずこの「子音」を真面目に取り扱っている英語教育が、日本では普及していない様です。

正確に言うと、日本語のカタカナで、英単語の読みを表すのは、音自体が全く違うので、本当は不可能なことなのです。

この便利なはずのカタカナ…実はコレが英語において足かせになっているんじゃないでしょうか?

…なんて偉そうな事言いましたが、私自身、年とともに英語が億劫になって来ていますが…。


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アメ車の存在感、ますます希薄に あのブランドも日本撤退へ

クライスラー
08 /27 2017
「クライスラー」が2017年中にも日本国内で販売を終了することになりそうだ。フィアット・クライスラー・オートモービルズ(FCA)はクライスラーの日本市場撤退を検討している模様で、今後はスポーツタイプ多目的車(SUV)の人気ブランド「ジープ」のみ、日本国内で販売することになりそう。日本国内で米国車は人気がなく、フォードも2016年に撤退している。かつての米ビッグスリーのうち、ゼネラル・モーターズ(GM)は販売を続けるが、日本市場でアメ車の存在はますます希薄になりそうだ。

 現在、FCAの日本法人がクライスラーブランドで販売しているのは高級セダン「300S」の1車種のみ。2000年代には日本でもユニークなスタイルで人気を博した「PTクルーザー」を販売。イタリアのフィアットが資本参加後は、ランチアの小型車「イプシロン」を「クライスラー・イプシロン」として日本でも発売したが、2014年で販売を終了していた。

■クライスラーの国内販売台数

 クライスラーの日本国内の販売は、ピークだった1996年は1万7400台だったが、直近の2016年は300台以下に低下。FCAとしては、これ以上、日本市場にとどまるのは得策でないとの判断に傾いているようだ。

 かつて米ビッグスリーの一角を占めたクライスラーは、1998年に独ダイムラー・ベンツと合併し、ダイムラー・クライスラーとなった。米国で2004年に登場し、その後、日本でも販売した300シリーズはダイムラー・クライスラー時代の開発で、メルセデス・ベンツと一部の部品を共有するなど、アメ車ながらもドイツ車の影響を受けたモデルとして一定の存在感があった。

 しかし、クライスラー部門はその後、世界的な販売不振などで2007年にダイムラーと分離。リーマン・ショック後の2009年に経営破たんし、北米への足がかりが欲しかったイタリアのフィアットに事実上、救済される形で経営統合した。
ジープブランドはなお一定の勢い
 今も東京都内ではアメ車らしいグラマラスな300シリーズのほか、クラシカルなPTクルーザーの姿を見かけるが、日本の輸入車市場は圧倒的にメルセデス・ベンツやBMW、フォルクスワーゲン、アウディなどドイツ車に席巻されているのが現実だ。

 現在、日本国内でクライスラーとジープの看板を掲げる正規ディーラーは、ジープの看板に統一する方向という。ジープは現在、日本国内で6車種を販売。伝統の「ラングラー」「チェロキー」に加え、初のスモールSUV「レネゲード」を発売するなど、ジープブランドはなお一定の勢いをキープしている。


前回日本に帰った時、見掛けたアメ車というと、クライスラー300、ダッジ・チャージャー、ジープ系という感じで、GMやフォードを全く見掛けなかったのに対して、クライスラーは比較的頑張っている?という印象が有りましたが…。

比較的見掛けた?とは言っても、台数的には全く話にならないレベルなのは確かなのですが…。

まあ、クライスラー300系は、見た目とは裏腹に、品質も酷いもので、コチラでも一頃結構人気あったものですが、今では全く見掛けなくなりましたし、特に現行モデルなんか、本当に見掛けません。

現地ですら売れないんですから、日本で売れなくても当然。まあ、撤退は止むを得ないといった所なのでしょうが、フォードと違ってジープが残るのが、せめてもの救いですね。

因みに96年というと、ホンダがジープを売っていた頃ですね。ソレを取り上げてから、大いに販売が失速したのですが…。

あと、ネオンやLHカーなんかが販売されていた時期ですね。

ベルリン2017 トラバントの話

ヨーロッパ 2017
08 /26 2017
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1989年のベルリンの壁崩壊の象徴として話題になったのが、東ドイツ製の車「トラバント」でした。

発売されたのは1957年で、共産主義体制故に、それ以降、大きなモデルチェンジもなく生産され続けていた為、89年当時、西側とのその技術差は如何ともしがたいもので、立派な西ドイツ製の車の間を、煙と騒音を撒き散らしながら走るトラバントの姿は、ベルルンの壁崩壊の象徴、そして新しい時代への象徴として、大いに話題になったものでした。

当時、既に西側では絶滅した2ストロークエンジンでしたが、この車は、かつての2ストロークの名門DKWの流れを汲んでいるのです。

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元となった旧アウトウニオン(Auto Union)は、高級車のホルヒ、中級車のアウディ、大衆車のヴァンダラー、2ストローク及びバイクのDKWの4社が合併したもので、現在アウディのエンブレムとなっている4つのリングは、その4社を示しているのです。

アウトウニオンも、ドイツの分断によって、東西に別れ、西は2ストロークのDKWで復興し、後に4ストロークに切り替える時、アウディになりました。

東はVEBザクセンリンクとして復興し、当初は戦前のDKWを生産しながら、1957年、このトラバントの発売に漕ぎ着けました。

この車は、ボディーがダンボールで出来ている…と言って散々バカにされたものでした。

ドイツのジョークとして、

”メルセデスのSクラスとトラバントが正面衝突をした時、Sクラスの
ドライバーのすべき事は…ワイパーひと拭き…”

なんてのも有りました。

このボディーは、当初グラスファイバーで作られていたのです。初代コルベットの発売が53年…それを考えると、非常に早いことがお判り頂けるでしょう。

しかし、コルベットが少量生産で、軽量化を目指していたのとは異なり、トラバントの場合、当時、極度に鉄が不足していたという東ドイツの経済状況からの苦肉の策でもあったのです。

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エンジンは600cc、横置きの2ストローク並列2気筒、馬力は23/3900rpmでした。

フィアット500が20馬力前後、シトロエン2CVが12~15馬力程度であったことを考えると、当時としては十分以上のものでした。

潤滑方式は、ガソリンの中にオイルを混ぜる「混合給油」です。後に主流となる「分離給油」が登場したのは、60年代も後半になってからのことです。

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エンジンにはカバーが付き、冷却ファンによる強制空冷になっています。

このトランスミッションの配置の仕方は、現在のFFの直接の祖先とも言えるもので、寧ろFFの元祖の様に言われるミニよりも、より現代的です。

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エンジン後方に設置されたガソリンタンクは、キャブレーターより高い位置に置くことで、燃料ポンプが不要ということで、同時代の小型自動車に見られたレイアウトですが、反面、安全性には問題が有り、現在は考えられないものです。

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個人的に面白いと思ったのが、このフロントサスペンションです。

ダブルウィッシュボーンで、アッパーアームの代わりに左右を横置きのリーフスプリングで連結することで、非常に低コストで、シンプルかつ合理的な設計です。

フロアも完全に平らで、全長3.5m、全幅1.5mというコンパクトサイズからは感がられない程のスペースを有しています。

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シートのクッションも、結構シッカリと分厚いものでした。

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リアシートも、173センチの私に十分なスペースがあります。

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更にトランクも、このサイズとしては十分以上のサイズですし、このヒンジ…現在のパンタグラフ式の原型とも思えるもので、限られたスペースを有効利用しています。

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以上の写真は、一般的に最も有名なトラバント601と呼ばれるモデルです。

57年発売当初のモデルはP50と呼ばれ、エンジンは500ccでした。

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トラバントP50…可愛らしい顔が印象的です。

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1962年には、600 ccに拡大されたP60が登場しました。

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そして、コチラが次期モデルのP601で、1664~90年という大変に長い期間生産されたため、一般に我々の知るトラバントというと、コレになります。

P60をベースに、主に外装のグレードアップが特徴で、ホイールベースはそのままに、全長、全幅も拡大しています。

そしてベルリンの壁の崩壊と共に、この車の愛らしい姿が西側で話題になったのです。

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1989年4月の段階で620万台の受注があったものの、当時東ドイツ国内での生産台数は年間15万台程度で、注文して実際に手に入るのは10数年後というのが当たり前でした。

故に、特に必要ないけど、取り敢えず注文しておく…子供が生まれたから取り敢えず一台…という人が大量に居た為、実際の需要がどの程度であったかは不明なところもありました。

取り敢えず注文だけしておいて、キャンセルしたら…喜んで次の人が買ってくれるので、問題なかったのです。

ベルリンの壁崩壊によって、東ドイツの産業は皆一気に苦境に追いやられました。

仮に50年代のトップレベルとは言ったところで、90年代の西側の技術に太刀打ちする術はありませんでした。

トラバントの歴史は、常に社会主義政権との戦いであったと言われ、発売に漕ぎ着けるまでにも、最終的に一番大変だったのが、役人を説き伏せる事であったと、当時の技術者のインタビューで語られていました。

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そんな中で登場したのが、トラバントの最終型、1.1です。

この車は、フォルクスワーゲン・ポロの1.1リッターエンジンを積んでおり、トラバント唯一の4ストローク水冷4気筒車です。

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実はこのプロジェクトは、84年頃からP1100プロトタイプとして始まっていたのですが、役人との折り合いが付かなかったこともあり、実際に発売される事は無く、お蔵入りになっています。

その代わり?として1.1が発売に漕ぎ着けたのは、ベルリンの壁崩壊後の1990年になってからでした。

この車は、寧ろVEB ザクセンリンクの雇用を守ることが主目的であったと言われています。

しかし、同時に大幅に値上がりしたこと、そして、西側から大量に西ドイツ車の中古車が流入したこともあり、販売は不振に終わり、この事は、トラバントの市場が統一ドイツに於いて皆無であることを示し、わずか一年で39.474 台生産された後に生産中止になっています。

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 -  こんなの役に立つの?なんて思いますが、まあ他も同じなので…

以降、トラバントというと、まるでジョークの様に扱われ、無意味に破壊されたり、無残な扱いを受け、急激にその台数を減らしました。

当時のドイツ人には、この車の歴史的価値を理解できなかったのです。

そして、現在の台数は24879台という事です。

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現在、ドイツの市街地では、この様な古い車を通常の方法で使う事はできませんが、歴史的価値のある車種に関しては、特例が設けられているということで、VWビートルなんかと共に、トラバントもソレに相当します。

現在ベルリンで見かけるトラバントというと、殆どが観光用で、実際に運転を体験できるツアーもあります。

あれから30年近くも経つというのに、相変わらずこういうのがアトラクションになっているのが面白いですね。

しかし、こうやって見て行くと、結構合理的な作りをしていて、面白いですね。東ドイツとはいえ、改めて当時のドイツの技術水準の高さを垣間見た思いがしました。

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現在、Youtubeなんかでも、この車のインプレッションを観る事ができますが、その多くが、現在の車と比べてバカにしています。

残念ながら多くの人が、「当時の技術レベルでは」という思考回路を持たずに、単純に現在の価値観で蔑んでいるのには、呆れるとともに、非常に腹立たしくも思います。

50年代後半のこのクラスというと、VWビートルやミニではなく、シトロエン2CV、フィアット500といった辺りになるのですが、その辺りを理解していない人が多すぎます。

尚、ココの写真は、ベルリンにあったトラバントの博物館で撮影したものです。小さな博物館がら、結構長居してしまいました。

そして、訪問者の殆どがドイツ語を喋っていた様です。

ベルリン 2017 ベルリンの壁

ヨーロッパ 2017
08 /26 2017
宿についてチェックインを済ませると、先ずは食料の調達に行きました。同じ建物の裏側にスーパーが有ったのですが、先ずはそこの値段に驚かされることになります。

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これだけ購入して、5.58ユーロでした!

このサラダミックスは、日本のコンビニで売っているサラダの倍以上はありますし、バンクーバーでも、同じモノを買えば、5ドルでは済みません。チーズも10ドルはします。その上、巨大なヨーグルトに1リッターのジュースなんかも入れて、この値段です…。

因みにこのジュース、後に購入したイタリアのスピリッツ「グラッパ」と非常に相性が良かったですね…。

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このグラッパというのは、かつて某大企業で世界中を飛び回った私の親戚から教えて貰ったものだったのですが、ブドウをベースにしたスピリッツで、アメリカでもカナダでも見たことがありませんでした。

コレも6ユーロ程度と安く、旅先で出会った人と一緒に飲む時、有りふれたウォッカやラムなんかと違い、より会話のネタになったものです。

後にミュンヘンにも行きましたが、ドイツは、兎に角食料品が安いという印象がありました。

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さて、ドイツの首都ベルリンですが、かつて東西に分断されていた事でも有名で、その半分が東ドイツに属していました。

第二次大戦末期、連合軍に攻め込まれたベルリンは、激しい市街戦に晒され、徹底的に破壊されました。その上、ベルリンの壁の周辺が開発から取り残されたこともあり、89年のベルリンの壁崩壊以降、急速な開発が進んだことから、写真のような近代的なビルが多く見られるのが、パリとの大きな違いです。

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ベルリンの象徴とも言えるブランデンブルグ門…この時は作業中で閉鎖されていました。予想していたより、かなり小柄な印象を受けました。

東西に分断されていた当時は、ブランデンブルグ門は東側に属し、丁度私の立っている辺りに壁が有ったことになります。

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ベルリンの名物といえばトラバント…東ドイツの旧アウトウニオン(現アウディ)のホルヒの工場で製造されたこの車は、ベルリンの崩壊で初めて西側に紹介されました。50年代から殆ど変わっていないその姿は、東西格差の象徴として話題になったものです。

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しかし、当時の人は、この車の歴史的価値を理解せず、単純に同時代の西ドイツの車と比較した上でバカにして、その多くが無意味な破壊に晒される運命を辿りました。

本来この車は、シトロエン2CVやルノー4CV辺りと比較するべきなので、その辺りとの比較では、決して劣っていない車なのですが、コレに関しては、回を改めて紹介しましょう。

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ベルリンと言えば、やはりベルリンの壁…という事になるのでしょう。

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こんな所にも、ベルリンの壁が残っています。

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こうやって市内の所々に残っているのですが、大体観光バス位の高さであることを考えると、頑張れば超えられそうで超えられない…という微妙な高さですね…。

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チェックポイント・チャーリー…かつてこの場所には、アメリカ軍によって東西への検問所がありました。手前が西側、向こう側が東側になります。

この建物は1990年6月、ドイツ統一の少し前に撤去されましたが、2000年に再建され、観光名所となっています。

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コチラは、東側から西側を見たものです。トラバントが…!!!

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この辺りは、こうやって今日でも理由に落書きして良い様です。

しかし、ベルリンの壁崩壊から、既に30年近くが経つというのに、今だにこういうのが観光名所というのも、何か不思議な気がしますね…。

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今でもこんな具合に、ベルリンの壁は売られています。

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こんなのも、ベルリンならではですね・・・。

因みに、このトラバントのミニカーは、小さいの2台、大きいの一台買ってきました。

日本行き航空券の話し

無題
08 /25 2017
所要で日本に帰国することになりました。

そこで航空券を買い求めることになるのですが…近年は、わざわざ旅行会社に行くことも無く、ネットでの予約が主流になりました。

日程、目的地を入力したら、色々な便がリストアップされるのですが…それで驚いたのが、物凄く中国系の航空会社が多いことでした。

中国航空、中国西方、中国東方、中国南方…その他色々…。

そして、その料金が非常に安いのが印象的でした。日本への往復で633ドルから有るんですから…!

ソレに対して先進国と言える国の航空会社はかなり割高で、エアカナダでは直行便だと1600ドルはしますし、カルガリー経由なんかでも、1300ドルはします。

実に中華系の倍もするのです!

まあ、時期的にまだローシーズンとは言えないので、これ位は仕方ないのか…と思って、キャセイ・パシフィックの991ドルが、まあ一番マシか…と思いました

コレは香港経由、成田になるので、飛行時間も成田直行に比べて4時間ほど長くなる上に、トランジットの待ち時間、そして、香港~成田の4時間と、かなり余分に時間が掛かってしまいます。

まだ席に余裕が有ったので、取り敢えず保留して、翌日再び検索してみた所、前日までリストに無かったJALが掲載される様になりました。

結局、キャセイ・パシフィックのソレに、+50ドル程度で、成田直行だったので、ソレにすることにしました。

今日、こうやってネットで購入出来る様になったことで、リアルタイムで値段の変動を体験できる様になりましたが、同時にうまい時期にうまい具合にチケットを買うのは難しいですね…。

因みに、中国系を避けたのは、やはりメンテナンスに不安があること、そして、機内の衛生状態に疑問があるからです。

私も車関係で経験がありますが、中国系の人々は、とにかく高い車を買うことには金を惜しまないものの、整備に関しては、一円たりとも払いたく無い国民なのです。

それは航空機でも同じことで、本来、一定時間ごとに行うべきメンテナンスも行わず、書類上は行ったことにしている…というのが日常茶飯事だそうです。

そして、私の知人のエアカナダのフライトアテンダントの話しでは、エアカナダの中国便ですら、床はゴミが散乱し、トイレは水浸しでグチャグチャになるそうです。

倍以上の金額を払ってエアカナダに乗れる人といえば、やはり半額の中華系に乗る人よりも上流階級のはず…という思いたいのですが…。

それでも、そんな感じなのですから、安い中華系がどんな悲惨か…容易に想像が付きます。

数時間のフライトならともかく、10時間近い長時間となると、やはり最低限の快適性と衛生状態は譲れないですよね…。

別に日本行きのチケットのオンライン購入が今回初めてではないのですが、こんなに色々な中国系が多数出てきたのは、今回初めてでした。

あと、何故かANAやアメリカ系、大韓航空が出てこなかったですね。

それと最近は、”Near by"といって、近場の空港というのも有るので注意が必要です。

私も一度ソレで間違えて、シカゴ~バンクーバーが、ワシントン州ベリンガムまでになっていた事がありました。

成田行きとしたつもりが、羽田だった…なんて事も起こります。前述のキャセイ・パシフィックでは、行きは羽田、帰りは成田…なんて事もありました。

価格を取るか、リスクを取るか…人それぞれなんでしょうけど…。

因みに今同じ条件で検索すると、既にJALは昨日より70ドル程値上がりしていますし、エアカナダが1100ドルで出てきましたが、バンクーバー~ビクトリア~カルガリー~成田という、とんでもない便でした。

Macのフォトビューアー Xee

IT関係
08 /24 2017
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 -アップル伝統のプレビュー…正直使えません…。

10数年ぶりにMACを使い始めて、改めて驚いたのが、相変わらずフォトビューアーが物凄く使い難いことです。

ウィンドウズを使ったことのある方なら分かることですが、ウィンドウズだと、アイコンをクリックして一つ画像を開いたら、後は左右の矢印をクリックすることで、前後の画像に切替えることが可能です。

ソレがMAC標準のソフト「プレビュー」では、相変わらず出来ないのです!!!

ファインダーの中に表示されたアイコンをクリックすると、プレビューというソフトが開き、次の画像を見る時は、次のアイコンをクリックして…私の様に写真をやる者としては、コレは物凄く使い難いものなのです。

一切のアプリを使わずに解決する方法としては、見たい画像のアイコンを選択してから、スペースキーを叩くと、左右の矢印で、選択した範囲の画像を見ることは出来ますが…やはりコレも、ウィンドウズのソレに比べたら、かなりイマイチです。

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特にファインダーがアイコン表示になっている場合、マックは上の画像の様に、列の途中から、列の途中までを選択する…というのがウィンドウズの様に簡単に行きません。

それ故に、この方法も、私としてはかなり微妙なのです。

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そこで私が使っているのは、Xeeというソフトです。

このソフトは、無料で使える上に、PSDの様なAdobeのファイルも開くことが出来て、大変に便利です。

コレなら、ウィンドウズのフォトビューアーよりも遥かに良いと言えるのですが…何故にアップルは、頑なにコレを採用しないのでしょうか?

アップルと言えばデザイナーの為の…と言われていますが、こういう所が相変わらず使い難いのは、如何なものでしょうか?

マクドナルドのサービスが遅い!

カナダ情勢
08 /21 2017
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先日、久々にマクドナルドに行きました。

現在、夏限定でアイスコーヒーが1ドルになっているんですが、ソレが注文してから10分位掛かるんで、驚きました!

別に注文受けてからコーヒーを挽く訳でも無いのですが…。

北米では、昨年辺りからマクドナルドの受付が大きく変わった様です。

コンピューター端末による無人の注文システムが出来たのと同時に、カウンターでも、注文専門のカウンターと、受取専門のカウンターに別れる様になりました。

どうも、このシステムの導入以降、明らかにサービスが遅くなった気がするのです。

従来は、カウンターが幾つもあり、その空いている所に行けば、注文までの待ち時間も大したものではありませんでした。

それが現在は、注文カウンターは一つであることが多い様で、そうなると、当然長蛇の列になります。

従来は、客の注文を受けたスタッフが品物を用意し、そして受け渡しを行ったものですが、現在は受取専門のカウンターで受け取ることになります。

注文するまでも非常に待ち時間が長く、しかも注文してからも、その待ち時間が長い・・・正直コレでは、何のための新システム導入だったのか、非常に疑問ですね。

アメリカのデータでは、ドライブスルーで2016年の注文後に掛かる時間が208.16秒で、10年前と比べて25%遅くなっているそうです。

ドライブスルーですら、そんなに掛かるんですから、カウンターでは更に時間がかかるのです。

IT化なのか、人減らしなのか知りませんが、タダでさえ客離れが進んでいるのに、こんな事やってたらダメですね・・・。

しかも、私の注文したアイスコーヒーだって、カウンターの向こうで用意された奴が暫くの間放置されていたんですから・・・。

結局世界精鋭の技術者集団が作り上げたシステムというのが、この程度の実用に則さない糞だった・・・という事なんじゃないでしょうか?

ベルリン 2017

ヨーロッパ 2017
08 /16 2017
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パリの滞在後は、ドイツの首都ベルリンに向かいます。

ヨーロッパ内で移動するには、一番手頃なのが長距離バスになります。そのバスも、国によって色々あるので、特にこうやって国境を超えたバスを使う場合、便利なのが、GOEUROというサイトです。

コレだと、日にちと行き先を入力すれば、適切なバスを選んでくれますので、各国のバス会社を検索して・・・という手間が省けます。

今回は、 Eurolinesという会社を使うことになります。

バスターミナルは、宿から地下鉄で一本で、駅と直結しているものの、どうもガランとしていて、イマイチです。

夕方7:30にパリを出発しました。

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大都市パリとは言え、30分も走ると、本当に何もない所に出ます。

しかし、パリの郊外で驚いたのが、兎に角広大な農地が何処までも続くことです。まるでアメリカの様に…。いえ、寧ろアメリカよりも何もない様に見える位でした。

アメリカだと、窓際に張り付いて、結構写真を撮ったりするのですが、正直そんな魅力は感じませんでした。

日没は9:40頃…随分と日が長いものです。

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後はひたすら薄暗い中を走るばかりです。丁度眠気も襲ってきます。

11:30頃、ブリュッセルに到着しました。辺りは一面の暗闇…知らぬ間に、国境を超え、隣のベルギーに入っていたのです。そこで乗客の入れ替わりがありました。

更に北上し、ベルギー北部のアントワープで再び乗客が入れ替わり、その後、オランダ南部を横切り、午前2時、ドイツ国境に到達します。

ここで、バスの中に警察官が乗り込んできました。「入管」ではなく、Polizei…つまり「警官」なのが不思議なところでした。

そこで初めてパスポートの提示を求められるのです。今までベルギー、オランダと国境を超えてきたにも関わらず、初めて…。

警官が一人ひとりパスポートを確認して行きます。そして、人によっては、色々質問されたり、パスポートを車外に持っていって確認作業を行う等していました。

そして私の所に来たのでパスポートを出した所、ソレを手に取ることもなく、完全に素通りされました!!

そんなに信用出来そうに見えたんでしょうか?

やはり見ていると、アフリカ系、中東系に対して厳しいのは、明らかでした。

ユーロ圏内ではかなり厳しい…というか唯一?のドイツですらコレです・・・。

しかし、特に誰一人として引っかかる者もおらず、無事国境を通過します。アメリカのソレを知っていると、本当に拍子抜けでした。

そして、再びバスがベルリンに向かって走り出します。

4:30には、辺りが明るくなり始めました。初夏のヨーロッパは、カナダよりも日が長いのです。

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6時前にハノーバー、10時半にポツダム、そして、10時50分、約1時間遅れでベルリンに到着しました。

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ベルリンに到着して最初に驚いたのが、バスターミナルにあるホットドッグスタンド?が非常に安いことでした。

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普通、こういう所は、観光地価格で割高なんですが…非常に良心的な価格です!
バンクーバーなら、間違いなく5ドルはします。

そして、バス停で道を聞いた職員が全く英語を理解しなかったこと…かつてはフランス人は…なんて言われたものでしたが、今回の旅を通して、寧ろドイツの方が英語が通じない?という印象を持ちました。

駅までは何とかなったものの、コレ以降も苦しめられ続けたのが、ドイツの駅の表示の分かり難さでした。

駅で地図を見せながら質問した所、この方達も、一切英語は分からず、ドイツ語で丁寧に教えてくれました・・・。

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一回乗り換えが有ったものの、何とか無事に宿にたどり着く事ができました。

トータル1000キロ、15時間のバス旅行となりました。料金は60ユーロと、1000キロの距離を考えると、十分にリーズナブルだと思いました。

あの蒸し暑かったパリよりは幾分涼しい様です。

街並みは、新旧入り交じっているという印象で、パリ程統制の取れた街では無い様です。

コーヒーのテイクアウト率、最も高いのは「忙しい」日本

ニュース
08 /16 2017
コーヒーを持ち帰りにするか、それとも店内でゆっくり飲むか、どちらを好む人が多いかは国によって大きく異なる。

コーヒーをテイクアウトで注文する人の割合は、忙しく慌ただしい一日を過ごす人が多い国で高くなり、イタリアやスペインのようにゆったりとした雰囲気の国では低くなっていることが分かった。

市場調査会社NPDと同社が提供する外食・中食市場に関する情報サービス「クレスト(CREST)」によると、イタリアやスペインでコーヒーを持ち帰る人は、購入者のわずか3%程度だ。

一方、北米や日本では、コーヒーを購入する人の半数近くが持ち帰りを選んでいる。米国では45%、カナダでは43%、さらに日本では48%が、持ち帰りで注文する。

そのほか、北米などのような一大市場になるまでには長い時間がかかると見られるものの、英国や中国など、これまでコーヒーよりもお茶を飲む習慣が根付いていた国でも、市場では変化が起き始めているという。

スタバのイタリア進出の影響は

米コーヒーチェーン大手、スターバックスは今年に入り、2018年中にイタリア・ミラノに同国初の店舗を開設する計画であることを明らかにした。同社の進出がコーヒーにうるさいイタリアの消費者の態度を変えることになるのかどうか、非常に興味深いところだ。

スターバックスはイタリアでは、大きな課題に直面することになるだろう。まず、消費者らにコーヒーを店舗の外で飲む習慣を身に着けてもらう必要がある。そしてまた、国内に約15万店舗あるとされるカフェとの厳しい競争にも挑まなくてはならない。

各国の「持ち帰り」率

以下、調査結果から明らかになった13か国のコーヒー注文数に占めるテイクアウトの割合を紹介する。

・日本: 48%
・米国: 45%
・カナダ: 43%
・韓国: 35%
・オーストラリア: 23%
・ドイツ: 17%
・フランス: 17%
・ロシア: 17%
・英国: 17%
・ブラジル: 13%
・中国: 10%
・イタリア: 3%
・スペイン: 3%


かつて日本でも、コーヒーと言えば、家や職場、喫茶店で飲むものといった印象でした。

現在は、アメリカよりもテイクアウト率が高いそうで・・・単にコレは、スターバックスの影響なんじゃないでしょうか?

あと、ココでは書かれていませんが、特に都心部では、コーヒー店に入っても、席が空いていなくて、仕方なくテイクアウト…というパターンも少なからずあると思います。

ニューヨークなんかでもそうですが、兎に角座席を確保するのが大変なのです。

ソレに比べると、例えばフランスなんかでは、アチコチに小さいカフェがあり、オープンテラスで…というのが一般的で、食べ物と共に店の雰囲気を楽しむものなのです。

>>まず、消費者らにコーヒーを店舗の外で飲む習慣を身に着けてもらう必要がある。


確かにヨーロッパは、基本的に余り飲食しながら歩く文化が無いので、ソレは時間かかりそうですね。

それ以前に、もう少しマシなコーヒー出すことの方が先じゃないでしょうか?
コーヒーの本場、パリでも、アメリカと変わり映えしない様な糞不味いコーヒー出しているんですから…。

まあアチラでのスターバックスの存在意義は、現地の人ではなく、観光客にとって敷居が低く、しかも確実にインターネットが使える…という所にあるのです。

そう考えれば、下手に美味しいコーヒー出す必用も無いのかも知れませんが…。


“100万ドル紙幣”への嘘の投資で現金詐取か 男逮捕

ニュース
08 /15 2017
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実在しない「100万ドル紙幣」への嘘の投資話をもちかけ、名古屋市北区の高齢女性から現金600万円を騙し取ったとして82歳の男が逮捕されました。

詐欺の疑いで逮捕されたのは、自称大阪府豊中市の無職、中村克隆容疑者(82)です。警察によりますと、中村容疑者は2015年、ほかの男2人と共謀して北区に住む当時72歳の女性に対し、「100万ドル紙幣1枚を150万円で購入すれば1年以内に約4500万円に換金できる」などという嘘の投資話を持ちかけ、女性から現金600万円を騙し取った疑いがもたれています。

調べに対し中村容疑者は「まったく理解できません」と容疑を否認しているということです。警察は中村容疑者が、この嘘の投資話を共犯の男2人に持ちかけるなどした首謀者とみて調べを進めています。



えぇ・・・と・・・先ず100万ドル紙幣が存在しないのは当然なんですが、100万ドルって、一億オーバーですよ!

そんな高額紙幣が有る訳がありませんし、本来1億の価値のあるものが150万円で買えるって…ソレだけだって十分におかしな話でしょう?

更に1年以内に4500万円に換金できるって…100万ドルなら、一年待たずに即換金したとしても、4500万よりも高い1億になるんですけど?

話自体、全く馬鹿げていますが、そんなのに騙される人が居たというのにも驚きます。

被害者は認知症だったんでしょうか?

容疑者も82歳…近年詐欺の巧妙化が指摘されていますが、この馬鹿さ加減は凄まじいですね・・・。

americancars4ever

アメ車のブログとして開設して11年目、車以外にも様々な身の回りの話題を取り扱っています。