トヨタ・カムリ2代目
日本車
トヨタが2年続けて生産台数世界一を達成したから…という訳でも無いのですが、再びトヨタネタです。
写真は、2代目のトヨタ・カムリです。
初代カムリは、1980年にセリカの4ドアバージョンとして登場したもので、セリカ・カムリという名前でした。
セリカと同じFRのシャシーでしたが、僅か2年という短命に終わっており、生産台数も多くありません。
実質的、写真のこの車こそが初代カムリと言って良い位だと思いますが、1882年1月、兄弟車のビスタより一足先に発売されています。このビスタ・カムリ兄弟は、トヨタ初の横置きFFを採用した車として知られていますが。それを強調する為に、非常に広大な室内空間を有しているのが特徴で、クラウンよりも広い位でした。
ただ、広いものの、一体感に欠け、前後ともにグニャグニャで締まりのないシートといいペラペラな内装といい、高級感や快適性とは程遠い出来で、三本和彦先生からも「ゴム紐の緩んだパンツ」と酷評されてしまいました。
さて、写真はその北米仕様なのですが、ヘッドライトがシールドビームの4灯になっているのが目に付きます。それにこの色…当時の日本では全く考えれれない色ですね…。

LEというグレードからも上級グレードであり、メタリックのツートンカラーやサンルーフ、アルミホイールといった辺りが目に付きます。しかし、だからと言って高級感が有る訳でも無く、やはり同時代のアコードの方があらゆる面で上質感が感じられました。まあ経年変化によるサビは、トヨタのほうがマシだったと思いますけど…。
しかしコチラでは、80年代のアメ車に比べ、80年代の日本車は本当に見なくなりました。アメ車に関しては、FR車を中心に一部のファンに支持されて居るものの、流石にこの手を趣味で乗る様な人は皆無でしょうから、その辺りも現存数の少なさとなって現れるのでしょう。
あとは現在まで残っている80年代のアメ車の多くが変化を好まない高齢者に乗られていた事、ソレに対して同時代の日本車の方が平均年齢が若かったこと・・・この辺りも現存数の少なさに関係していると思います。
しかしこの当時、カムリというのは間違っても主流の車種ではなく、そんなのも有るんだね…という程度の存在でした。
ソレが今や北米でトヨタを代表する車種にまでなり、しかもアメリカ製セダンを駆逐するまでになりましたが、この当時、一体誰がそんな将来の姿を予想したでしょうか?
スポンサーサイト