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59キャデラック・セダン・ド・ヴィル 50年代のアメリカ車

キャデラック
03 /08 2009

イメージ 1

写真は59年式、キャデラック、セダン・ド・ヴィルです。
第二次大戦後、戦前と同様の車を暫く作っていたアメリカ自動車業界ですが、戦後モデルの登場は、48年式キャデラックにて幕を開けたと言えるでしょう。

翌49年式フォードのフラッシュサイドボディー(フェンダーの出っ張りが無く、サイドがツライチの、現在に通じるデザイン)と共に、後の世界中の自動車デザインに大きな影響を与えました。

そのキャデラックの特徴は、50年代後半に隆盛を極めた、所謂テールフィンの原型とも言えるデザインを採用していることでした。

50年代のアメリカは、先進技術の投入にも貪欲であり、パワーステアリング、オートマチック・トランスミッション、パワーブレーキ、エアサスペンション、パワーウィンドー、パワーシート、トランジスターラジオ等など、現在にも通用する最新技術が、惜しみなく投入されていきました。

豊富なガソリンを背景に、それらの車は、正に富める国アメリカの象徴でもあり、世界中で最も品質の優れた、先進的な車として羨望の眼差しを集めていました。同世代のロールス・ロイスやメルセデス・ベンツでさえ少なからず影響を受けていることからも、その威力が容易に想像できるというものです。

ところが、同時にこの繁栄の時代にこそ、現在に続く負の遺産が蓄積され始めたのでした。
「アメリカにとって良いことはGMにとっても良い事、その逆も然り」という発言からも察することが出来る通り、覇者の驕りが見え始めたのです。

毎年形ばかりのモデルチェンジを繰り返し、野放図なサイズアップを繰り返し、先に挙げた先進技術は、いわゆる快適装備ばかりで、基本性能面での向上を怠り続けた結果、後のオイルショック、排ガス規制に上手く対応出来ず、同時に著しい品質低下をももたらして行ったのです。

さて、話を写真の59年型キャデラックに戻しましょう。この年式の特徴は何と言ってもジェット機の排気口を思わせる様なテールランプ、そして巨大なテールフィンです。どのメーカーも、59年型でテールフィンの大きさがピークに達し、翌60年には、各社申し合わせた様に控えめになり、60年代前半に、ほぼ消滅しました。
特に、この59年式キャデラックは、まるで昔のSFに出てくる宇宙船の様にも見えなくありません。そして私が子供の頃目にした、「未来の世界」のイラストに出てくる、空中を「走る」自動車は、ほぼこの車そのままの形でした。

朝鮮戦争の停戦、そしてベトナム戦争の泥沼に入り込む前、後に世界中を揺るがすことになる環境問題、オイルショックといった人類の負の遺産が深刻化する以前、つまり人類が何の疑いも無く、科学万能の未来の世界に明るい夢と希望を描いていた、そんな束の間の幸せな時代の象徴であったのかも知れません。

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コメント

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No title

59年式のキャデラック、今見てもいいデザインですね。巨大なボディーにど派手なテールフィン、ギラギラしたメッキで彩られたフロントグリルは、まさに陸上の軍艦と行った感じがあり、無駄の美学というものを感じますし、同時に世界中の車のデザインにアメ車が影響を与えていたことからも、アメ車が技術でもデザインでも最先端を行き、世界中の憧れの的になっていたことが分かります。世界の大衆車のエンジンが1L~500cc前後だった時代に、シボレーでさえV8のエンジン積んでたのですから・・・それ故に、今の技術力でもデザインでも最先端の座をドイツ車に奪われ、自己否定に走り後追いをしている姿に、哀愁を感じざるを得ません。

No title

chagatayidさん
この頃のキャデラックは、性能、品質、デザインどれを取っても最高でした。
こんな車を大衆車並みに量産できるアメリカは、間違いなく世界一の工業国でした。
しかしその最高も、タダの様なガソリン有っての話です。

ヨーロッパは人が大きいのに、土地が狭く資源が限られていて、しかもガソリンも高価です。結局は生物の進化と一緒で、環境の悪い所のモノ程技術的に高度な工夫が見られ、ソレがアメリカを抜き去りました。

後にオイルショックと排ガス規制で四苦八苦し、同時に品質を落としましたが、それ故に、それ以前のアメ車は魅力的に見えます。

americancars4ever

アメ車のブログとして開設して11年目、車以外にも様々な身の回りの話題を取り扱っています。